第194幕 一歩前進した勇者

 俺はミルティナ女王との会談を終え、やってきたルートをそのまま通って戻ると陽が昇りかけていて……朝を迎えていた。


「……ああ、本当に長い間向こうにいたんだな」


 夜の間に会話を終えて宿に戻る――それが一番の理想だったのだが、ついつい話が進んで……こんな時間になってしまった。

 ひとまず学校に戻り、学業に励む。

 そして卒業し次第、騎士団に入団することになるだろう。


 ミルティナ女王はそれまでの間、ラグズエルがいない隙をついて城の内部を完全に掌握することにしたそうだ。

 そのままグランセストの主要な都市の機能を全て抑え、ラグズエルからの脱却を図る……。


 もっとも、これは俺が協力に許諾しなくても実行されたことらしいが。

 学校長にこの事を全て伝えるように言われたところから、あの人もミルティナ女王の信頼している騎士団の一人なのだろう。

 ……あの人は騎士というよりも後ろで書類整理してる姿が似合うと思うのは、きっとそういう姿しか見てこなかったからだろうな。


 それにしても、あの女王はもっと漠然的な事を考えて俺を仲間に引き入れようとしているのかと思った。

 国の全てを抑えるということは、人の国と完全に敵対するということだ。

 それも、今までのごっこ遊びのような生温いものじゃない。


 本当の戦争が始まる。

 今のままでは確実にこちらの不利だ。

 人の国にぐるりと囲まれているという最悪な条件の中、俺たちは可能な限り最善を尽くして動かなければならない。


 なら……今はまだ水面下で動き、出来る限り敵に悟られないようにするべきだろう。

 本格的に動くのは約二年後……俺が騎士団に加わった頃となりそうだ。


 それまでにはくずはも元に戻っていることだろう。

 ならば、彼女たちも俺が中心となって鍛え上げるべきだ。


 なんにせよ、今はまだ先が長い。

 まずは目の前のことから少しずつこなしていくべきだろう。


 そんな結論に至ったところで、俺は宿の部屋をそーっと開ける。


「おかえりなさい! グレファくん」

「……ただいま、エセルカ」


 案の定、部屋の中には俺の帰りを待っていた少女が一人。

 帰ってきた途端にべったりと寄り添ってくる姿は、飼い主によく懐いた犬を彷彿とさせる。

 ……どうやら、俺の中で彼女は小動物から進化を遂げていたみたいだ。


「……他の女の匂いがする」

「そりゃあ、相手は女王だからな」

「随分遅かったよね? 何話してたの?」

「騎士団に入るように再び促された。

 後は……魔人と人の現状とかだな」

「ふーん……」


 じろじろと俺を見たり、匂いを嗅いだりしているエセルカは、もっと聞きたそうな顔をしていたが……ひとまず俺が嘘を言っていない事がわかると抱きついてきていた。

 エセルカは基本俺の事以外、ほとんど興味を持たないから助かったことだと言えるだろう。


「まあいいや、グレファくんは私が最期をプレゼントしてあげるんだから。

 いなくなっちゃやだよ?」

「はいはい」


 頭を優しく撫でながら周囲を見回す。

 どうやらくずはとシエラは一緒に寝ているようで、二人共お互いを軽く抱き合いながら眠っていた。

 こう見ると、義理の姉妹が仲睦まじくしているように見える。


「ずっと起きてたのか?」

「ううん、グレファくんが帰ってくる気がして急いで身支度したんだよ!」


 花が咲くように笑うのは良いが日を増す毎に俺に対する執着が強まってるのは……多分気の所為だろう。

 それより、まだ時間がある。

 俺の方も少しは寝るとしよう。


「俺は少し休むが、エセルカはどうする?」

「んー……じゃあ一緒に寝る!」


 まあ、決まりきった問いかけだったか。

 俺がベッドの方に行くと、そのまま当然のように同じベッドに入り込んで丸まってしまう。

 片やくずはとシエラ。

 片や俺とエセルカの二人で一つずつのベッドを使っている現状を考えると……わざわざ大きな部屋を取らなくても良かったかもしれない。


 なんて、少々せこいことを考えながら、俺はそっと意識を安らかな闇の中へと沈めていった。



 ――



 本格的に朝を迎え、くずはたちが起き出した頃……俺の方も目を覚ました。

 短く浅い眠りで、明らかに睡眠不足だが、行動に支障はない。


「おはよう」

「グレファくん、おはよー」

「ああ、みんなおはよう」

「……おは、よう」


 シエラとエセルカは笑顔で俺に挨拶をしてきたが、くずはの方は……かなり申し訳無さそうな情けない顔で下を向いて、なんとか挨拶を交わしていた。


「くずは……」

「あー……その、色々と迷惑、掛けたわね」

「くずはは自分が学校に来たことは覚えてるそうだけど、グレファが魔方陣を使って以降の記憶は曖昧で、あまり覚えてないそうよ」


 くずはが言うには、夢を見ているような感覚なのだったそうだ。

 断片的には覚えているが、自分が何をしていたのかはそこまで……なのだそうだ。


「グレリア……セイルは……」

「あいつは行ってしまったよ。

 自分の為に、お前を守る為に」

「そう……やっぱり行ってしまったのね」


 悲しそうに目を伏せているくずはは、どこか不安そうに、どうしたらいいのかわからないといった感じで声を上げる。


「グレリア、私……」

「今は何も喋らなくていい。

 きちんと受け止めて……これからどうすれば考えればいいさ」


 決して涙を見せることない彼女はやはりセイルを心の糧にしていたからか、しばらくは弱々しい姿を見せていたが、やがてそれを振り払うように頭を左右に振り、顔を上げたくずはの目には、強い覚悟の意思が宿っていた。


「私、もっと強くなる。

 今度こそ、彼の足手まといにならないように」


 くずはも正気に戻り、新しい覚悟をその身に宿した。

 少なくとも、それだけでここに来た意味はあっただろう。

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