第188幕 薄暗い場所での密談
「随分と手の混んだ招待、ありがとうございます」
「はっ、開口一番皮肉るか。
だがまあいい。此度の急な会談、持ちかけたのはわしだからな。
その無礼を許そう」
堂々と笑いながら、彼女は視線を目の前の椅子へと向ける。
そのまま俺に顎で『座れ』と指示してきた風に見えたから、遠慮がちに座ると、彼女は両腕を組んで満足そうに笑っていた。
「よろしい。
まずは感謝の意を表そう。
わしの唐突な申し出、受け入れてくれて感謝する」
「女王の言葉に逆らえる者など、いるはずもないでしょう。
むしろ、私ごときにお声をかけてくだ――」
「よい」
ミルティナ女王が首を左右に振りながら遮ったことにより、最後まで言葉を告げることを拒絶されてしまった。
彼女のその苦痛に満ちた表情は以前に見せた、謁見の間にいた幼くもあり、老獪でもあるような彼女の印象とは重ならない。
「その世辞は、もはや嫌というほど聞き飽きた。
所詮、この世はままならぬものよ。
例えどのような地位にあろうと、な」
「女王……?」
どこか疲れたかのような視線を彷徨わせ、深い……深いため息を放つ。
普通に使われているのよりもずっと重い歴史を感じさせるようなそれは、ミルティナ女王の苦悩が伝わってくるようにも思えた。
「まず、そなたに聞きたいことがある。
よいか? 心して答えよ」
味わっている辛苦を振り払うように、ミルティナ女王は先程までとは一変し、真剣味の帯びた表情をしている。
そこにいるのは女王としての姿・衣を纏った女。
俺の方も気を引き締めて彼女の言葉を待つ。
「まず、ラグズエルと呼ばれている者に聞き覚えは?」
「いいえ、特には」
聞いた事自体はある。
だが、その男の事を俺は情報以上の事は一切知らないし、会ったことすらない。
故にこの言葉……特段として嘘は言っていない。
だけど、この女王からその名前が出た……ということは、何らかの関わりを持っているということ。
記憶を操る男に何故……? その問はこの、ミルティナ女王が敵の仲間であるという可能性を高めてしまう。
警戒心を強める俺を見ても、一切動じず、むしろ俺の事を遠慮なく観察するような視線すら向けている。
「ふむ……ならば、セイルという者については?」
「女王、これは――」
「質問に、答えよ」
こちらを呼び出した意図を告げない女王に、声を荒げようとした俺を、再び女王は強い口調でそれを制してくる。
ここで嘘をついてもいいが……恐らく、この様子ではなにかしらの嘘を見抜く訓練でも積んでいるのだろう。
今、これ以上なにかをごまかすのは得策ではない。
それはわかってはいるのだが……。
「ふむ、答えたくない……か。
わしはな、自らが騎士団に誘いをかけたそなたならば、本音を話したいと思っている。
勇者を倒し、更にはヒュルマの国で何かをしでかしてきたのだろう。
あちらの国の……アリッカル、と言ったか? そこの兵士たちが騒がしく首都を賑やかせておったからな。
大方、国王の寝所にでも忍び込みでもしたのだろう」
やはりあちらの方にスパイを潜り込ませているのだろう。
俺の大まかな動向はこちらの方にも伝わっていたようだ。
いや、城に潜入する時以外、特段隠してもいなかったから当然の結果なのかもしれないが。
「そしてその割にはヒュルマの民草は騒がしさとは無縁の生活を送っておった。
推測するに、被害の規模は小さく、彼らからはどこか遠くの出来事にでも感じておったからだろう。
人というものは、大体が自身やその近辺に災厄が降り掛かった時、はっきりと出来事を身近に感じることが出来る。
人的被害も出ず、たかだか城に潜りこまれた程度であれば、そう大きく騒ぐものも少ない。
憶測の混じった噂が飛び交う程度であろう」
得られた情報からの推測は、大体合っている。
というか、外側から手に入れた情報だけでよくもそういう答えが導き出せたもんだ。
だけど、ここまで知っているのであれば、俺の方の行動はある程度把握しているだろう。
セイルと戦ったラグズエルの件もそうだが、この女王……どこまで知っているのか……。
底しれぬ女王の深淵を垣間見た気がしたけど、それも敵側と通じていたから為せることなのか……?
「わしはな、そなたが信ずるに値するか……わしの騎士に相応しき人物か、改めて問いたいのだよ」
足を組み、机に肩肘を付きながら、俺の事を見定めるミルティナ女王の目の奥には底しれぬ闇が広がっているような気がした。
ここで下手な事を言ったら、不味いことになるだけじゃない。
一歩間違えたら真実から遠ざかるような気さえする。
俺は――
「故に、もう一度問おう。
良いか? 覚悟して答えよ。
セイルという者を知っているな?」
「……ええ、彼は私の戦友と呼んでも差し支えない者です。
今は諸事情で離れてはおりますが」
「ふむ……ではあの者――シエラの事はどこまで知っておる?」
「シエラ……ですか?」
ジパーニグの学園で出会ったこと。
その後、グランセストの田舎町で出会い、以降は行動を共にしていた。
どこか昔の娘に似た思い起こされる行動や言動を偶にしてくる少女。
それくらいしか俺は知らない。
「……その様子では、特に何も知らぬようだな。
良いだろう。ならばそなたの疑問に答えながら、わしもそなたを見定めさせてもらおう」
ニンマリと笑う女王の目は、まっすぐとこちらを捉え、何かを告白するかのように……ただ静かに微笑んでいた。
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