第187幕 夕暮れの邂逅

 ジェズからメッセージを受け取って三日後の夕方。

 俺は『グラムレーヴァ』のレプリカが存在している場所――通称『英雄剣の祠』へと足を向けていた。


 若干疲れたような顔をしているかもしれないが、そこのところは許してもらおう。


 その理由は唯一つ。

 エセルカは三日分の俺をチャージするんだと、いつも以上にべったりとしてきたからだ。


 食事の時も何度も互いに食べさせあったりしたし、夜は俺に抱きついて眠る。

 流石に風呂まで一緒に入る事はシエラと一緒に全力で阻止したがな。


 アッテルヒアをデートと称して歩き回ったりもしたし、それでようやくエセルカもこの日の夕方に一人での外出を認めてくれたというわけだ。

 普段だったら多少別々に行動することになっても、そんなに遠くに行くわけじゃないから問題なかったが……。


 流石に宿から離れて祠に行くことには不満をぶちまけていたからな。

 だけど仕方がないだろう。


 今の彼女は何よりも記憶に残ることを願っている。

 親しい人……特に好きな人の思い出に残りたい。

 そんな必死さが伝わってくるからこそ、あまり邪険には出来ない。


 親からも忘れられ、情愛を受けることのなくなった彼女自身も、なんらかの手を加えられてこの有り様だからな。

 余計に渇望するのだろう。

 他者との触れ合い、愛情を。


 そんないろんな意味で飢えたエセルカも納得して、今俺は一人で祠を訪れている。

 初めてここに来たのは、確かシエラと二人旅していた時だろうか……。


 あの時はかなり混んでいたが、今日もそれなりに信者のように祈っている者もいる。

 こんな夕暮れまで熱心な事だとどこか感心するように周囲を見回す。


 相変わらず『グラムレーヴァ』の偽物がそこには安置されており、変わらぬ鈍さを称えている。


「……グレファさん」


 不意に一人の男が――というよりも、灰色のローブで顔を隠したアルディがぎりぎり聞こえるような声で俺に話しかけてきた。


「随分とまあ、念入りだな。

 ……それで、俺はどこに行けばいい?」


 まさかここに女王が現れて、その場で話し合いを……なんてことになるとは思えない。

 それだったらこんな回りくどいことをせずに、直接会った方が早いからな。


「あそこの者に合言葉を。

 まずは――」


 肝心の合言葉を聞き漏らさないよう、ぼそぼそと喋っているアルディの声に集中する。

 やがて彼が話し終わると同時に俺は行動を起こす。


 一度外に出て、持ってきた硬貨を小分けにし、あるものを入れる。

 そのまま再び中に入って、偽物の近くにいる司祭風の男に話しかけた。


「すまない。

 この剣の逸話を聞きたいのだが、時間はあるだろうか?」

「ええ、もちろんですよ。

 どういうお話がよろしいですかね……」

「持ち主である『永遠の英雄』について、お聞きしたい」


 その瞬間、司祭風の男は目を見開いたかと思うと、俺を見る視線が鋭く変化する。

 それは何かを見定めるもの。


「なるほど……よろしい。

 ただ、この祠にも維持費、というものがかかりまして……」

「これでいいか?」


 俺は事前に小分けしておいた硬貨の袋を渡すと、男は中身を確認する。

 あれには一枚……見えるようにヒュルマの国の硬貨を入れてある。


 男がそれを確かめると軽く笑って、懐へと収めた。


「確かに。

 それではこちらへどうぞ。

 貴方の望むお話を、致しましょう」

「ありがたい。これで『妹』に良い土産話が出来る」


 そのまま男と共に祠から更に奥……その先へと向かう。

 道中は真っ暗で、男の灯した松明による僅かな灯りだけが頼りなく揺れている。


 魔方陣によるものではなく、極々自然なもの。

 地面を照らすのにすら不十分なそれを標としてただただ黙々と二人で歩いていく。


「申し訳ないですが、足元に注意しながら付いてきてください」


 男は俺にそれこそ逐一色々と話しかけてきているが、それに全く耳を貸すこと無く、俺はただただ彼の後ろを付いて行くだけに終始している。

 合言葉、行動……そして最後に、彼の言葉に一切の沈黙を保つこと。


 これこそが女王に会うために必要な手段だった。

 しばらくの間、彼の話を聞きながら歩いていると……やがて男は足を止める。


「少々お待ち下さい」


 男は壁に向かって魔方陣を展開し、それに呼応して、壁はゆっくりと動く。

 右に動いたそれの奥には、新しい道が拓かれた。


「これから先は、貴方一人で先に進んでください。

 我らが女王はそこでお待ちです」


 ……なるほど、この男も騎士というわけか。

 城に関連する者だとは思っていたが、まさかこの男も騎士団の一員だったとは思ってもみなかった。

 俺は魔方陣を展開し、そこから灯りを作って、ただひたすら歩く。


 相変わらず暗闇が広がっているけど、どこまで続くのだろうか?

 そんな風に考えていると、やがて行き止まりに当たった。

 魔石によって明かりが灯されていて、絶えず供給されているそれは無機質な光をたたえている。


 目の前の壁には魔方陣が描かれていて、それと同じ魔方陣を展開すればいいのだろう。

 ここまで来て罠である可能性なんて考える必要はない。


 迷わず魔方陣を展開し、発動すると……先程と同じように壁が動き出すと、急に明るい場所に出る。

 そこは周囲が明かりで囲まれ、中央に机が置かれている部屋。

 机にはランプが置かれていて、椅子が二つ用意されていた。


「遅かったな。

 待ちくたびれてしまったぞ」


 そして……そんな場所に彼女はいた。

 相変わらず薄暗いこの部屋とは似つかわしくない雰囲気と服装。

 地下室のような有様の場所にいることすら考えられない少女のような風貌――ミルティナ女王がどっしりとした雰囲気で椅子に腰掛けて俺を待ち構えていた。

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