第171幕 帰還した男女
ジパーニグからグランセストに戻って以降の旅は今まで以上に順風だと言えた。
彼らの領域外だからこそ、なにかやってくるとは思ったが、意外とそんな事はなかった。
俺の方は結構警戒しながら進んでいるのに対し、エセルカの方は初めて訪れた魔人たちの領域に興味津々なようで、しきりに色々と聞いてきたのには参ったな。
だが、暗い雰囲気のまま旅を続けるよりも、多少は明るく行った方が気持ちにも良い影響が与えられるというものだ。
案外こういうのも悪くなく、エセルカに食べ物をせがまれたり、女性と話すことになって暗い笑みを浮かべられたりしている間はヒュルマの国々が画策している事に対する悩みを忘れることが出来た。
……いや、本当はこんな事、考えても仕方のないことなのだ。
他の者に話して関わらせるにはあまりにも大きすぎる。
国一つでも十分手に余るというのに、ジパーニグではヘンリーとヘルガが俺を待ち伏せしていた。
それを他の国に何も伝えずに行えるわけがない。
そして、ジパーニグにはアリッカルのアスクード王がいた。
ということは俺が知る限り……ジパーニグ・アリッカル・シアロル・イギランスの四つの国が何かしらの協力関係にあるということ。
その理屈で考えるならば、間違いなくナッチャイスも関わっているはずだ。
つまり、この件に関わるということはヒュルマに存在する全ての国と対立する、ということに繋がる。
……違うな。
恐らく既に俺は彼らと敵対関係にあるだと思う。
だからこそ勇者たちが刺客のように次々と俺の前に立ち塞がってきているのだろう。
なんとかするには、最早ヒュルマの国――王たちとなんとかしなければ到底無理な問題だろう。
ただそれだけならば俺にも方法があるが……物事はそう上手く運ぶものではない。
確かに各国の王を倒せば俺を追う者もいなくなり、世界はある意味正しい姿に戻るのかもしれない。
だが、いきなり国のトップを失った民たちはどうなる? 混乱の極みに突入し、魔人側は好機と捉えて、一気に人側を侵略しに行くだろう。
たった一つ。
だが、それは壊せば取り返しのつかない大きな柱。
故に、悩まざるを得ないのだ。
俺一人だけでは民の全てをまとめ上げることなんて出来はしない。
そこまで優れた人間でないことぐらい、きちんと理解しているつもりだ。
こういう時、頼りになる――信頼出来る相手がいればいいのだが……。
正直なところ、ここまでの事を相談できる程の人物がさっぱり思い浮かばない。
消去法で挙げるならばミルティナ女王なのだが、彼女はグランセストを治める者。
つまりあまり話すべきではない魔人の側に属する国の女王というわけだ。
だからこそ、考えても仕方のないことであり……俺は未来に先送りするしかないというわけだ。
――
「へぇ……ここが副都ファロルリアねぇ」
「ああ、ようやく辿り着くことが出来たな」
長い旅路の果て、ようやく俺はエセルカを連れて活動の拠点と言える副都ファロルリアにたどり着くことが出来た。
なんだかんだ言って、一ヶ月くらいかかったな……。
そういえばこの副都の学校にやってきて半年以上過ぎたか……。
後半年もすれば俺も16になる。
そう考えると嫌に濃密な時間を過ごしたように思えた。
……いや、これからはもっと密な人生を送ることになりそうだがな。
未来の事を考えると頭が痛くなってくる。
「グレリアくん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
エセルカが心配そうに覗き込んでいるほど悩んでしまっていたようで、俺は彼女の頭にそっと手をおいて優しく撫でてやる。
ちょっと恥ずかしげに大人しく撫でられてるエセルカを見ると、少し心が癒やされるように感じる。
「……今なら小動物を愛でる人の気持ちがわかるな」
「なにか言った?」
俺の呟きがばっちり聞こえたのか、撫でていた手を掴んで不機嫌そうに頬を膨らませていた。
そういう姿がまた子どもっぽいというのだけれど、これ以上は言わないほうがいいだろう。
「お前は可愛いなって言ってんだよ」
「ちょっと違うような気がするんだけど……まあ、いいか」
どうやら正しい答えを選べたようで、エセルカは機嫌を直して頬を染めていた。
「そろそろ行くぞ」
「あ、待って。せっかくだから少し見て回りたいな!」
エセルカは周囲を興味深げに見ていて、うずうずとしているようで……やはり子どものようだ。
これで女性に関する出来事で毎回殺意に近い感情を後ろで纏わせるのだけはやめて欲しかったがな。
ま、いいか。
どうやら学校に行く前に副都ファロルリアを見て回った方が良いかもしれないな。
それに……よくよく考えたらエセルカを学校内に連れ込むのは学校が休みの時の方が、揉め事も少なくていいだろう。
「……よし、それじゃあ行こうか」
「うん!」
エセルカは俺の腕にまとわりつくように身体ごとしっかりと抱きついてきて、すっかり先程の不機嫌はなくなってしまったようで、副都を見物している時は終始笑顔のままだった。
そして宿屋に何度か泊まり、日を改めるように俺たちはリアラルト訓練学校へと向かい……再び、学校長と相対することになった。
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