第150幕 英雄は目指すな

「本当に、随分探したんだぜ」


 どこか疲れたような笑みを浮かべているセイルはここに来るまでどれほど苦労してきたか伝わってくるほどだった。

 結構身奇麗な感じがしても、内面はかなりぼろぼろなのだろう。


 だが、俺はそれを労るようなことはしなかった。

 セイルも自分の選んだ道が困難なことくらいわかっているはずだと思ったからだ。


「お前たちとは連絡も取ってなかったからな。

 ……くずはは一緒じゃないのか?」

「ああ。くずはは今俺たちがお世話になってる人のところで剣の稽古をしてるよ。

 それより、エセルカの事は聞かないんだな」


 言っていて心に傷を負ったかのような顔をするのだから、ある程度何があったか読めたというものだろう。

 やはり、ソフィアの言う通り、エセルカだけは囚われた……そういうことだろう。


「ここに……というかヒッポグリフのいる平原に現れたソフィアに聞いたよ。アリッカルに『保護』されてるってな。

 その前にカーターもやってきて、随分暴れまわってくれたけどな」


 俺が微妙に乾いた笑顔を浮かべると、我慢の限界だと言うかのように、セイルの顔は涙を堪えている。


「兄貴……ごめん。俺、あんたに任せられたはずなのに、全然駄目だった。

 くずはもエセルカも守れなくて……」

「……セイル」


 俺はそっと、俯いてるセイルに向けて魔方陣を展開してやった。

 それは俺が、ある意味自分を取り戻したと言えるだろう精神異常を回復する魔方陣だった。


 最初は戸惑うような顔を見せていたけど、少し気分が楽になったようで、落ち込んだその表情は大分マシになっていた。


「……ありがとう、兄貴」

「これもお前の兄貴の仕事だ。そうだろう?」


 ちょっと格好つけたような言い回しだったが、セイルの方もさっきの疲れた顔から、若干いつもの彼に戻ってきていた。


「エセルカは……多分アリッカルにいるんじゃないかと思う。

 俺たち、いきなりカーターにアリッカルの首都に連行するって襲われて……反撃したらお尋ね者みたいなことになってしまったからな」

「またカーターか……」


 あいつはつくづく余計なことしかしないが、首都に連行するって事は……まず間違いなくあそこの国王が絡んできていることだろう。

 恐らく……ジパーニグの国王も、だ。


 そうでなければ、この救援を要請した国に喧嘩を売るような行為の説明がつかない。


 最初からアリッカルの首都に呼び、何かしようとしていたのだろう。

 ただ、カーターが暴走気味だったからこんな結果になったのだろうけど……。


「なんだか、俺ってば全然ダメダメだな。

 ……勇者に――英雄になりたいって思ってても空回りしてばっかりだ」


 セイルは乾いた笑いを浮かべながら明後日の方向に視線を向けて落ち込んでいた。

 ……こういう時、どんな言葉を投げかけたら良いのだろうか?


 そんな事を考えていたら、俺は自然と口が開いてしまっていた。


「セイル、英雄ってのはなろうとしてなるもんじゃない。

 誰かの想いや願いで呼ばれた者たちのことを指すんだ」

「兄貴……?」


 セイルは突然何を言い出すんだ? と言うかのように疑問げに呟いたが、それに構わず俺は一つ、話をすることにした。


「困難を成し遂げ、苦難を乗り越えただけの奴に自身を『英雄』だと呼ぶ資格はない。

 英雄ってのは目指すものじゃないんだ」

「でも、魔人にとってグレリア・ファルトは英雄なんだろ?

 だったら……」


 セイルの言葉に、ゆっくりと首を振ってそれを否定する。


 英雄になろう。勇者を目指そう。

 そんな定義の曖昧なものに憧れた者の末路は悲惨だ。

 セイルには……そうなって欲しくはなかった。


「救った誰かに慕われたから、俺は『英雄』になったんだ。

 みんながそう呼ばなければ、俺は今でもただの『グレリア・ファルト』だったよ」


 俺が目指していたのは、英雄なんてものじゃない。

 ただ、弱いからと諦めたくなかった。


 誰かの夢になりたかった。

 弱いからと諦めている人々に、努力すれば強くなることが出来るんだと示し続ける為に、俺は戦い続けていただけだ。


 ただ、それをし続けていたらいつの間にか魔物の王を倒した。

 誰かを助けた分だけ、確かに俺は困難を乗り越え続けた。


 その姿を見たみんなが、俺を『英雄』だと呼んでくれるようになった。

 本当に、それだけだったんだ。


「兄貴は、本当に強いな……」

「馬鹿、強いんじゃない。ただ、弱いと認めたくないだけだ。

 諦めなかった……本当にそれだけだ」

「そっか……なら、俺も諦める訳にはいかないよな」


 セイルは、なにか吹っ切れたように笑っていた。

 これなら多分もう大丈夫だろう。

 後は自分がどれだけ折れないかの戦いだろう。


 ……願うのならば、セイルが新しい時代の中心となってくれれば、それがいい。

 俺は所詮、古い時代の人間だからな。


「兄貴、エセルカの事なんだけれど……」

「心配するな。俺に任せろ」


 本当は動かずに様子を見るのが一番なのだろう。

 人と魔人の両方を敵に回す可能性だって未だに残っている。

 だけどここで動かなかったら、俺は自分の生き方に反することになってしまうだろう。


 ……改めて、あの時の俺は後ろ向きに誘導されていたのだと思う。

 先のことを考えすぎて結局動けないのならば、それは見捨てるのと同じだっていうのにな。

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