第148幕 見えざる魔法の罠

 俺たちはミルティナ女王との面会が終わった後、すぐには帰らずに二日程ゆっくりと首都アッテルヒアに滞在することにした。


 ただ単に女王に面会して、そのまま引き返すだけだなんてどうにも味気ないからだ。

 それに……今回の一件でシエラに少し聞きたいことが出来たからだ。


 いや、学校に帰ってから聞いても良いのだけど、下手をしたらずるずると時間だけが流れて聞けずじまいになりそうな予感しかしなかったからだ。


 今回、俺はジェスとの戦いには妙な違和感……まるで自分の思考が他の誰かに介入されてるような、そんな気分を味わった。

 今までそれを感じなかったのは、恐らくそれが自分にとって自然な流れだったのと……ある種、自分がそう感じているフシがあったからだろう。


 逆に今回、ジェスとの戦いではっきりとそれをわかったのは、あの時は感情に流されてはならないとはっきりわかっていたからだ。

 そのはずなのに、何か……他人の意思に流されるような感覚が伝わってきたのだ。


 いや、もしかしたら俺の勘違いかもしれない。

 よくよく考えれば、度々そういう風に感じてもそれで済ませてきたような気もするからだ。

 不自然なくらいに自然に意思が逸れていっている……そんな風に感じてしまったら、どうしても一つ、確かめなければいけないような気がしてきたのだ。


 だからこそ、今回とりあえず二泊することにしたというわけだ。

 お金の方はミルティナ女王に……というよりゼネルジア大臣よりそれなりの額をいただいた。

 なんでもカーターの剣を向こうで引き取りたいということで、その代わりに貰ったというわけだ。


 これ自体の金は、俺が全部貰うことにした。

 というか、これで分けようとしたらまた何か揉めそうな気がした。

 この金でなにか奢ってあげたほうがよっぽどマシだろう。


 というわけで、宿の方はそれなりにいい部屋に泊まることにした。


「わあ……大きな部屋……ベッドもふかふかー」


 シエラは部屋の中に入って早速ベッドの中にダイブして気持ちよさそうにしていた。

 この子は二人っきりになった途端これだからな。


 いや、むしろいつも通りで逆に安心する。

 もしかしたら自分は正常で、今抱いてる感情も全部気のせいなのかもしれない……そんな風にすら思わせてくれる。


「シエラ、あんまりだらだらするなよ? 誰が見てるかどうかわからないからな」

「わかってるってば。グレリ――グレファってばいつもそうだよね」

「ははっ、そういうお前は最初に会った時とは随分印象違うよな」


 ――そう、俺は戦いが始まる前に思い出したシエラと、今のシエラがどうにも噛み合わないからだった。

 多分、ジェスと戦わなければそれも流していたのかもしれない。


 些細な違和感。

 だけど一度気になってしまったら確かめざるを得なかった。


「私と初めて会った時?」

「そうそう、月の綺麗な夜に、ジパーニグのアストリカ学園で佇んでいたシエラを見た時は、随分と綺麗な女の子だと思ったものだ」


 我ながら恥ずかしい言葉を口にしているなと思っていたけど……肝心のシエラは微妙な表情で俺の事を見ていた。


「どうした?」

「グレファさ、それ別人じゃない? 私たち初めて出会ったのってジパーニグでも魔人の領域に近いマフカの町の近くだったじゃない。

 花畑で、月が綺麗っていうのは同じだけどね」


『忘れた?』っていうように小首を傾げてシエラは不思議そうな顔をしていたけど……俺の方は逆に確信に変わった。

 今、一瞬『そうだったっけ?』という感情が頭の中に押し寄せてきたのがわかった。


 だけど、ここまでの違和感を見逃すほど、俺は甘くはない。

 シエラの記憶に同意するような言葉が口をついて出そうになったのだけれど、それをなんとか飲み込んで冷静に物事を考える。


 ……思えば、俺はカーターとの戦いが終わった時、随分と弱気になっていた。

 それは丁度仲間たちが怯えているのが見えたからだ。


 初めてセイルたちに自分が魔人であること、グレリアであることを伝えたときだって、俺は仲間の顔を見て安堵していた。

 そう、俺は


 今ならはっきりとわかる。

 俺は……いや、恐らくセイルやエセルカも何かしらの方法で感情を操作されている。

 それがわかった瞬間、俺はすぐに魔方陣を展開した。


 シエラの方は驚いていたが、それを気にせずに構築する起動式マジックコードは『異質』『魔力』『祓い』『他』『体内』だ。

 これで自分の体内にある自身以外の魔力や、異質な力を祓う魔方陣の完成だ。


「急に魔方陣なんて構築して……本当にどうしたのよ?」

「いや、もしかしたら俺の方になにか変な魔法が使われてるんじゃないかと思ってな。

 もし、そんな状態だったのなら、いつまでもそのままにしておくのも不味いだろう?」

「あ、ああうん、そうね。

 だって、急に学園がどうのって言ってたし……」


 いきなり最初から魔方陣を作っていく俺の姿を見て、疑問を投げかけてきたシエラは、それでなんとか納得してくれた。

 ……もし、これで俺の考えに変化が訪れたなら、それは俺自身が何らかの精神的攻撃を受けているという証拠にほかならない。


 しかし……そんなのを仕掛けてくるような奴の心当たりがまるでないのが少し不気味だ。

 シエラの方にも同じように魔方陣を使おうと思ったのだけれど……彼女と俺は記憶に差異がある。


 それが何を意味するのかわからない以上、下手に手を出して余計なものまで出すのは……と躊躇ってしまったのだ。

 なんだかんだ言って、今のシエラのほうが付き合いやすいからな。

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