第138幕 失くした者が求める物
俺はそっとその日記を閉じて、愕然としていた。
内容もそうなのだが、ジパルニアという国名にもだ。
それは今のジパーニグの元になった国の名前で、確か400年前くらいにアンヒュルの攻撃により壊滅しかけ、建て直され現在に至ったと聞いている。
「なんで、こんなものが……?」
「ジパーニグに打ち捨てられた町の廃墟があるだろう?
これはそこで見つけたと僕は聞いている」
廃墟……そういえば学園にいた時におしえてもらった。
栄え、衰えた象徴としてそのままになっている『ヒロサカ』と呼ばれる町の廃墟があるって。
「だけど、この本の中に登場するエルズ・ヴィスヴェアがアンヒュルかもしれないだろ?」
「そうかも知れない。だが、わざわざ記憶を消す必要があるのか?
仮にアンヒュル――魔人が記憶を消したのならば、何かしらの法則性があってもいい。
国を乗っ取る為、侵略しやすくする為……それならもっと効果的な場所があるだろう?」
ラグナスは俺の質問を当然の反応だと納得しながらも、だからこそ有り得ないと半ば断言してしまう。
「確かに……支配するつもりだったら、最初から記憶を奪う必要なんてない。
人の国に伝わるアンヒュルの姿が本当だったら、恐怖で人々を支配した方が早いだろうし、記憶を奪うのなんて後からゆっくり出来ると思う」
それに同意するかのようにくずはもラグナスの意見に頷くような姿勢を見せている。
……二人の言葉は納得出来る。
根拠、という言い方をすると乏しいけれど、現状知り得ている情報で推測出来る中で一番わかるものだと思う。
それでもまだ疑問は残る。
「それならなんでこの――エルズは記憶を消していたんだ? それだってわからないだろ?」
「その通りだ。だけど……これと似た事を書かれている本が別の場所からも見つかってるんだ。
ヒュルマの国々……そして、グランセストからも」
顔を伏せるラグナスの目は、どこか悲痛なものを感じる。
それはそうかも知れない。
ラグナスは本当なら兄貴の子孫で、世が世ならグランセストの王子だったはずだ。
だから、心配なのかも知れない。
「……わかった。ジパーニグを含め、色んな国で人々の記憶を消していっている奴らがいた、ということは確かで……それがアンヒュルじゃ……ない、かも……」
「セイル?」
俺が妙に歯切りの悪く言葉を切ったことに疑問を感じたくずはは、体調でも悪くなったと勘違いさせたようで……心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
だけど俺は、ラグナスの見せてくれた日記と、『アンヒュル』がやっているのかどうかわからない……ということに、一つ思い出したことがあった。
――『異邦の者は力を手に入れ、世界を簒奪する』
それは俺が夢を見ていた時に少年が言っていた言葉だ。
もしかして……その
わからない。
だけど、これがその一欠片のようにも思えた。
「い、いや……とりあえずラグナスの言いたいことはわかった。
要は俺たちの世界は何者かによって記憶を奪われた奴らばかりになって……そこから新しく今の歴史が作られた――そう言いたいんだろう?」
「その通りだ。僕は既存の歴史をある程度流用しつつ、今の世界の歴史を作った存在がいると思っている。
だから今の文明は妙に中途半端に発展を遂げてる。
シアロルの技術力に対して、ナッチャイス・ジパーニグはかなり劣っているのがその証拠だ」
確かに、アサルトライフルなんかジパーニグにでは全く見かけなかった。
カーターが自慢気にしていたのに対し、ヘルガはさも当然という顔でいたところから、アリッカルとシアロルにも格差があるんだろう。
だけどそれはある意味仕方ない側面もある。
シアロルは軍事国家で、武器の開発に余念がなかったからこそ、そこまでの技術力を手にすることが出来たはずだ。
「それはわかった。
で、ラグナスはどうしたい? ……なにが、したい?」
俺が一番聞きたいことはそんな世界事情なんかじゃなくて、人々が記憶を失い、過去を忘れたせいで出来上がった……らしい、今の時代に、ラグナスはなにがしたいか、だ。
前置きばかりが長くなっているけど、そこのところははっきりとさせておきたい。
さっきまでは仲良くなれそうな……と思っていたけど、もし、それが異邦の者の力なんだとしたら……。
俺はしっかり自分で考え、行動しないといけない。
エセルカの事を考えると胸が締め付けられる想いがするけど……それでも今は冷静に考えないといけないんだ。
「……僕はね、別に今の歴史が悪いって言ってるわけじゃない。
だけど、この日記に出てくるエルズという男……単独ではない、と考えている。
国の歴史を変える程の行為を一人で出来るわけがない」
俺が持っている本に目を落とし、決意した男の顔をしているラグナスは、俺とくずはに目を向ける。
「記憶を消したということは、彼らがこの世界に深く潜り込むのに必要な行為だったから……だろうと思う
それなら、今も世界の全てが見える位置に彼らは存在するだろう。
何が目的なのかはわからないけど……彼らは必ず世界に害を与える存在になる。
それなら僕は……グレリア・ファルトの血を受け継ぐ者として、それらと戦わなければならないと思っている」
ラグナスの眼差しはどこまでもまっすぐで、煙に巻くとかそういうのは一切ない……純粋な意思がそこには見えた。
一瞬でも彼が疑わしいと思った自分が恥ずかしくもなったが、少なくとも、策略や謀略で世界を収めようと考えるような人物には……俺には思えなかった。
それだけでもわかったなら収穫だと思う。
「そっか……。
わかった。俺はお前の事を信用するよ。
少なくとも、嘘を言ってるようには見えないからな」
「ありがとう……」
俺とラグナスは握手を交わし、互いを信用する事を改めて決めたのだった――。
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