第121幕 帰り着いた先にある苦痛

 ヒッポグリフの平原での激戦の後……俺たちは残りの時間を全て使ってゆっくりと帰ることにした。

 ……もちろん、本当はさっさと帰りたい。


 レグルはどこか申し訳無さそうに俺の方を見てくるし、ルルリナは今は話すらしたくない……というような拒絶の視線を投げかけてくる。

 更にシャルランは色々と聞きたそうにはしていたが、どう聞いたら良いのかわからない……そういう心境がはっきりと伝わるような態度で普通に話してくる始末。


 こんな状況でミシェラは笑顔のまま、俺と遊ぼうとしているものだから逆にそれが辛い。

 シエラの方は何でもないように振る舞ってくれてるだけありがたかったけどな。


 ただ、そんな帰り道で休まるものなんか何一つあるわけがない。

 それでも行きよりもゆっくりと進むことにしたのは、ここで急いでもむしろ余計な体力を消費するだけなのが落ちだ。


 そんな心身ともに不調の状態では、魔物が襲いかかってきた瞬間に瓦解しかねない。

 ……俺と一緒では休まる気もないだろうが、それでも十分に警戒しながら進むに越したことはないということだ。


 帰り道まで俺だけが戦ってしまっては、本当にヒッポグリフの平原までわざわざ来た意味がなくなってしまう。


 そういう意味もあって、俺たちが帰り着いたのは試験最後の日……その前日になった。



 ――



「やっと、帰ってこれたわね」


 うんざりするような疲れをその目に宿し、どこか感慨深げに呟いているが、まだ帰ってこれただけだ。


「シエラ、きちんと報告するまでが討伐だぞ」

「何よ、そのどっかの遠足みたいな感じは……」


 こうやって軽口を叩いてはいるが、内心穏やかではない。

 なにしろこっちは勇者二人と本気でやりあったということを含めて報告しなければならないだろうからだ。


 シエラ……とミシェラの二人だけだったらどうとでも誤魔化せそうな気もしたが、レグルたちがいる以上、下手に色々小細工かけても全く意味がない。


 どんな言い訳してもルルリナとシャルランは聞かれたことを正直に答えるだろう。


「おにいちゃん、ほら、行こうよ」

「わかったから、手を引っ張るなって」


 きゃっきゃっとはしゃぎながら俺の手を引っ張って学校の方への道を駆けていく。

 ここまで帰り着いたのがよほど嬉しいのだろうけど……少しはこっちの身にもなってほしいもんだ。


 まあ、これでこの気まずい空気から解放されるのだから、それでもいいか……行くも戻るも苦痛なら、前に進むしかない。そう、思う。



 ――



「お帰りなさーい」


 どこか穏やかな声が妙に耳に心地よいアウラン先生が学校の入口で待機していた。

 他にも生徒がいないところ見るとどうやら俺たちが最後のようだ。


 それはそうか。

 ヒッポグリフの平原まで行った俺たちとは違い、他の生徒たちは結構近場で……遠くても町二つ越えた先辺り……十日もかからないだろう。


 三十日という設定はむしろ俺たちに合わせたというところだろう。


「ただいまー!」


 手をぶんぶん振って喜びを表現するのはもちろん一人しかおらず、後は各々が複雑な胸中を抱えながらアウラン先生の元まで歩いていく。


 それが向こうにも伝わったのか、どうにも真剣味の帯びた目を向けてきていた。


「……なにかあった?」

「それは……」

「ヒッポグリフ討伐に行きましたけど、そこにいたのはヒュルマたちの勇者でした」


 ぶっきらぼうに……だがアウラン先生を睨まないように視線を外してルルリナは予想していた通りの報告をした。

 勇者がいた……それを聞いた瞬間、アウラン先生の表情は驚きに満ちていたが、すぐにそこで不思議そうな様子で俺たちの姿を確認していた。


「勇者に会った……割りにはみんな無事でいるみたいだけど……」

「そりゃあ、全部グレファ一人でなんとかしましたから」

「グレファ……くんが……?」


 信じられないといった顔でアウラン先生は俺に顔を向けてきた……んだが、そんな食い入るように見られても困る。


「はい。あたしたち全員で見てたから間違いないです。

 ……そうでしょ?」

「……ああ、そうだな」


 みんなに同意を求めながら視線を送るルルリナが最後に見やったのは……やっぱり俺だった。

 ここで全員が頷いて返事をしているのに、俺一人だけが違う、というのも明らかにおかしい話だし、ため息が出そうになりながらもなんとか同意する。


 それでも信じられない様子のアウラン先生の前にとことことやってきたミシェラは、今まで持っていたヒッポグリフの嘴の他にもカーターの死体から拝借した大剣を地面にゆっくりと置いていた。


 ……ちなみに、指の方は俺が持っている。

 他の奴らはもちろん持ちたくないだろうし、ミシェラにもたせたら、間違いなく今この場で戦利品を見せつけるように並べていただろう。


「これは……」


 ヒッポグリフの嘴はともかく、カーターの剣は市場に出回ってる大剣よりずっと質が良いからな。

 それでも信じられない可能性があったから指も持ってきたが……アウラン先生に限っては要らない心配だったようだ。


「……グレファくん、詳しい話、聞かせてもらえるわね?」

「ええ、ちゃんと何が起こったのか、説明します」

「……だったら全員、ちょっと先生と一緒についてきてもらうからね」


 それだけ言うと、アウラン先生は俺たちの先頭に立ち、率いるように歩き出した。

 どこに連れて行く気かは知らないが、こうなったらどこへでも行ってやる。


 もう、逃げ場はどこにもないのだから。

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