第120幕 何も得られなかった帰り道

 ソフィアって勇者が逃げてしまった後、俺たちはヒッポグリフを討伐した証拠の嘴と……勇者を討伐した証として持っていた大剣と多分利き手だって思える手を斬って持ってかえることになった。


 そんでその帰り道の三日目の夜。

 俺たちは討伐チームは重たい空気に包まれていた。


 ルルリナは不信感を師匠にぶつけ、シャルランはそれを心配そうに見つめている。

 行きとあまり変わらないのはシエラとミシェラの二人くらいなもんだ。


 俺だって少しは考えることがあって、こうして話す数少なく、野宿の準備をしているんだから。


 行きはあんなにも楽しく、面白かったはずなのに……帰り道はどうしてこんなに空気が重いんだろうか?


 ……いや、わかってる。

 この空気を作ったのは俺たちだ。


 あの時……師匠が勇者たちと戦っていた時、俺は見ていることしか出来なかった。

 あの、ありかる? のカーターってのが襲いかかってきた時、俺やシエラも加勢しようとしたんだけど……ものすごく身体が重くて、地面にめり込んでしまって身動きが取れなかった。


 師匠は俺たちと同じくらい……いや、あのカーターの驚きようからすると、それ以上の重さを身体に与えられていたはずなのに、それをものともしないで戦っていた。


 心が凍えそうなほど冷たい目をして、燃え盛る炎のように身体を動かして……正直、怖いと思った。


 魔人は身体強化の魔方陣を使って自分の身体を何倍にも強化して戦うことが出来る。

 それに対抗することが出来るのは、勇者と呼ばれているヒュルマだけだって学校で教わってたからまだカーターってのが魔方陣を使えるのには納得することが出来た。


 だけど……師匠のあの魔方陣の使い方はなんだ……?

 二桁以上の魔方陣を重ねることが出来るなんて、見たことも聞いたこともない。

 あんな綿密な構築……とても俺たちじゃ真似できない。


 おまけに複数の魔方陣を別々に同時に展開して……なんの躊躇いもなく俺たちと同じ姿をしたヒュルマを消し飛ばすほどの攻撃をしたこと。


 助けようと思っても満足にそれも出来なくて……足手まといになった上に殺されかけてしまった……。

 わかってる。俺たちが手を出したから師匠が助けてくれたって。


 だけど……それでも怖かったんだ。

 尋常じゃない程の威力の魔法に、冷徹な目……心の底が冷えるかと思った。

 訓練場では一度もあんな表情はしたことなかった。


 あれが誰かを殺す時の目、なんだろうか?

 初めて感じた……あれが殺意ってやつだったのか……?


 それにその後は吹き荒れる暴風雨のような拳打の嵐。

 勇者で最強だと自負してたカーターは防戦一方で……最期は滅多打ちにされて心臓を抉るように撃ち抜かれて死んでしまった。


 その荒れ狂う様に俺たちは震えが止まらなくて……思い出したら今でもまともに歩けるかどうかわからないくらいだ。

 必死に強がって……それでも隠しきれなかった。どうしようもないくらい怖かったんだ。


 だけど、それが師匠を傷つけた。

 師匠は俺たちを守る為に一番いい方法を取ってくれたのに、俺やルルリナは、一番返しちゃいけない方法をやってしまった。


 わかってたはずなのに。

 あのソフィアって勇者と相対してたときも、俺たちに被害が及ばないように攻撃を誘導しながら少しずつ離れてて……その後はただでさえ残像すら見えない速さだったのが、雷の矢の魔方陣を発動させた瞬間に移動して拳打を浴びせてた。


 師匠は、あの当ったら死ぬような攻撃を冷静に見ながら避け続けて、魔方陣と拳打……たった二回の攻撃だけでソフィアって勇者を退けたんだ。


 いや、本当はあの人だって倒せてたはずなんだ。

 それをソフィアが俺たちを道連れにしようとしたから見逃すことにしたんだ。

 俺たちは……師匠にとって、足手まとい以外のなんでもなかった。


 情けない。これ以上情けないことはない。

 今も師匠は俺たちに気を使って若干距離を取ってくれている。


 こういう男なんだ。師匠は。

 あの冷たい目に、圧倒的な暴力を自在に扱える力があっても、決してそれに訴えかけるような真似はしない。


 敵意をもっていたとしても、勇者たちのように本気で殺しに行かない限り、生命を奪うようなやり方はほとんどしない。

 それは本当に最後の手段か……誰かを傷つけられた時だけなんだ。


 カーターの時の激昂だって、俺たちを殺さない為にしてくれたのに……。

 ただ殺意が怖かった。あの力が怖かった。

 それがどうしようもなく格好良くて……同時に絶対に届かないってわかってしまった。


 だって、俺だったら助けた相手にこんな風に怖がられたら……多分怒る。

 守ってやったのに。助けてやったのに……って。

 その力をせっかく守ったやつに振りかざすかもしれない。


 だから……師匠は本当にすげぇよ。

 悲しい目をするだけで非難するような目は決して向けない。

 それがなおさら俺の胸に突き刺さって……痛かった。


 俺はこの人の弟子に相応しくない。

 でも……だけど、師匠と呼ばせて欲しいって今でも思ってる。


 師匠の姿は俺が目指してた英雄そのもので……敵に厳しく味方には優しい、慈しみを持ったその姿は、本当にグレリア様だったらいい……そう思うほどだったから。


 一時の恐怖に怯えた情けない俺だけど、届かないってわかってても……それでも一度目指した男の姿だから。


 今はまだ無理だけれど、少しでも近づけたなら……師匠に言おう。

 あんたは全然怖くない。俺たちを守ってくれた最高の英雄だって。

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