第112幕 昇級討伐試験・開始

 討伐試験のメンバーが決まってから五日後。とうとう試験の日が訪れた。


 試験は今から約一ヶ月――三十日だ。その間に指定された魔物を討伐し、その証を持ち帰ること……それが今回の試験内容だ。

 つまり、指定された魔物を探すための行動も、試験の内容に含まれている……ということだ。


 これは試験開始直後に伝えられた内容で、何事も事前に公表されるものではないということを教える為のものでもあるらしい。


 パーティー集めに夢中になり、事前に伝えられた魔物の生態を調べるのを怠った奴らは自然とここで慌てる羽目になる……ということだ。

 それでも俺たちを除いた一般生徒の試験は、今から調べればなんとか間に合う程度の魔物を指定されていることだろう。


 だが俺たちに指定されたヒッポグリフは魔力の多い草原を好む性質がある。

 これは下半身が馬であることが原因なのだと言われている。

 自分の力を十全に発揮できる場所を、彼らは知っているのだろう。


 そして彼らの生息地として判明している場所は――ここからおよそ七日ほど歩いた場所にある。

 魔人の国の地図と人の国の地図をあわせて考えると……ちょうどシアロル・アリッカルの境寄りの草原がヒッポグリフの住処だと思われる。


 ある程度離れてはいるが、人と出会う可能性は0ではない……そんな距離だ。

 ちなみに馬を使うことは許されていない。

 討伐が主の試験だとはいえ、なんでも好きにしていい……というわけではないのだとか。


 過去、他の兵士たちに金を渡して突破しようとした不逞の輩がいたからか、そこらへんは厳しく設定されている。


 そして……身体強化の魔方陣を駆使して一気に駆け抜けるなんてことも出来ない。

 G級である俺とミシェラ。それとA級ではあるけどシエラならそれが出来るが……レグルはあまり魔力が多いわけではないらしく、身体強化の魔方陣を移動のためだけに長時間発動させたこともない。


 ……というかミシェラもそれはしたことがないと言っていたな。

 シエラは俺が無理やりさせたようなものだから経験があると苦々しい思い出を語ってくれるように渋い顔をしていたな。


 そして残りのB級の二人なんだが……下手に余計な魔力を使って戦闘に支障が出たり、平常時の警戒が散漫になっては困る――そういう理由で普通に歩いて目的地に向かうことになった。


 恐らく他のチームも全員同じだろう。

 経験を積ませる……というのにも色々ある、というわけだ。


「はぁ……ばっと行ってばっと戦えるものだと思ってたんだけなぁ……」


 試験開始と共にずっと歩き続け……じっとりと汗が滲み始めた頃について出たレグルの不満。

 だが、その気持ちも最もだろう。三十日ほど期間があるとはいえ、道程にその半分を使う事になるのだから。

 ばっと行って……というのは難しいだろうが、七日というの長く感じる。


「文句言わない。さっさと行きたいなら早く歩く」

「わかってるって」


 ぶつくさ文句を言っていたレグルをルルリナが諌め、彼の方は渋々納得するような顔をしながら返事をしている。


「グレファ、道は最短で行くつもり?」

「いや……俺はそれでも構わないけれど、他のみんなが持たないだろう。

 ここは少し慎重に行動して、出来るだけ村や町での休息を挟もう。

 最悪、行きに十五日。帰りに十五日でもギリギリ間に合うんだからな」


 今回は人の国の時に行った野営とは訳が違う。あの堅牢と言っても良いような馬車は存在しないし、毛布だって持ってきてはいない。

 一応布っぽいのはあるが、厚みがあったらそれだけかさばる。


 野営するのならば保存食や携帯食などが多めに必要になるし、それだけ荷物を持っていかなければならない。

 普段は学校の温かい食事に柔らかいベッドで生活をしているミシェラやルルリナたちが、最短での野営を強行し続けて精神も体力も持つわけがない。


 ベストな状態で試験をこなすためには、体調管理も重要な要素の一つだ。


「だったら楽しい旅になりそうだね! おにいちゃん!」

「ふふっ、そうですね」


 ミシェラは随分と楽観的なことを言ってるが、むしろその方が良いのかも知れない。

 変に気負われたり、緊張しているよりは自然体でいてくれたほうがいい。

 ……が、シャルランまで同調するとは思わなかった。


 楽しい旅になるのかどうかはわからないが、少なくとも五人にはなにか経験になるようなことになってほしいものだ。

 それが良いものであれ、悪いものであれ……活かすも殺すも己次第、ということなのだから。


「楽しい旅、か。ミシェラ、あまり気を抜きすぎるなよ」

「はーい」


 元気よく右手を上げて返事をしているけど、本当にわかってるんだろうか?


「出来るだけ周囲を見ながら先に進むんだぞ。

 町や学校の中と違って、ただ歩くだけ、なんてことしてたら襲われた時対処出来ないからな」

「襲われる、か……」


 ルルリナから少しかたい声が出てきたが、彼女たちの大半はそういうこととは無縁だったろうから仕方のないことでもあるだろう。

 初めての遠出に初めての野営。何もかもが初めての中でどこまでやれるか……それは俺やシエラがしっかりとサポートしてやらなければならないところだろう。


 この試験において俺たちはチームであり、欠けてはならない仲間なのだから。

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