第113幕 メンバー、初めての野営
試験が始まり、学校から外に出て大体五日ぐらいが過ぎただろうか。
旅の方は順調で、これならもうしばらく歩いていけば目的のヒッポグリフがいる草原までたどり着くだろう。
……そういう風に考えていたのだが、物事というのはつくづく上手くいかないものだ。そう感じる事になったのは、ある日の夕方。町に辿りつけず、野宿をする事になった時だった。
――
「今日はここで野宿しよう」
「……えー」
これ以上無理に進む必要ないと判断した俺は、一晩ここで明かす事にした。すると、ルルリナから小さいながらも不満そうな声が上がった。やはり育ちの問題か、どうもルルリナは野宿に対して抵抗があるようだ。学校のような場所で暮らすというのも考えようだな。
昔に比べて裕福にはなったのだろうが、こういう部分は負の面と言える。
「外で寝るなんて初めてだね! ちょっとわくわくするよ!」
「そうだな。外で一晩明かすなんて学校の中じゃ考えられなかったし……わくわくするな!」
ルルリナが文句を言っている一方で、ミシェラとレグルは嬉しそうにハイタッチしたり、楽しんでいるようだった。大方、キャンプとでも考えているんだろう。
そんな中、シャルランの方はどこか気まずそうな顔でおずおずと手をあげていた。一体どうしたというのだろうか?
「あの……お風呂とかは……」
「……入れないな」
何を言ってくるかと思ったらそんなことか……と若干うんざりしてしまった。やはり出来る限り町を通っていた事が原因なのだろう。訓練学校は野宿の仕方を少しは教えた方が良いと思う。
「後で魔法陣で水を出してやるから、それで布を濡らして身体を拭いてくれ」
「……仕方ありませんね」
まだ色々と文句を言っているルルリナは置いておいて、シャルランの方はそれでなんとか納得してくれたようだ。女の子としては匂いに気を遣っているのだろうが、こればかりは我慢してほしいものだ。俺だってそこまで万能ではない。
「それで、見張りはどういう風にするの? まさか全部グレファが引き受けるわけじゃないでしょ?」
こういう時、逆にシエラは建設的な考えをしてくれるからありがたい。二人で野宿していた事もあるし、実に慣れたものだ。
「見張りってなに?」
「寝ている時に野盗か魔物に襲われたら困るからな。みんなが身体を休める訳にもいかない。誰か起きている者が必要なんだよ」
「だったら師匠の分も俺がやりますよ! 任せてください!」
レグルがかなり張り切っているみたいだが、そういうのは気持ちだけにして欲しい。たった一人で見張りがやれる程、彼らは野宿を経験している訳ではないし、あまり無理されてこちらの負担になられても困るからだ。
「気持ちだけ受け取っておこう。シエラと俺は経験がある分、長く見張りをするが、他の四人には均等に割り振らせてもらうぞ」
ルルリナもシャルランも少し不満げな顔をしているようだったが、こればかりは嫌とは言わせない。これを機に少しは考えを改めさせてやるべきだからな。
「俺、眠ると中々起きれないんだけど、大丈夫かな?」
「ぼくもー」
……一部は別の心配をしているようだけれど、そこはひとまず無視しておこう。そんな事にまで頭を回してたらキリがない。
「で、食事の配分はどうする? あんまり美味しくなさそうだけど」
ようやく少し気持ちを切り替えられたのか、ルルリナは荷物として持ってきていた袋を開けて、保存食の一つであるドライフルーツと長持ちさせるためだけに硬く焼かれた黒パンを手に、うんざりするような顔でそれらを見比べていた。
こういう時は自分で工夫するものだが、仕方あるまい。初めての野宿なのだから、これくらいは許してやるか。
「そう文句言うな。後で俺が持ってるはちみつとナッツを分けてやるから」
「……モノで釣ろうって気? ちょっとだけとかじゃ許さないからね」
ばっちり釣られたルルリナは嬉しそうにしていた。
全く、現金な奴だ。
俺が初めて野宿をした時なんてこんなのむしろ生温いくらいなんだがな。あの頃はそんな文句を言う余裕もなかったし、とりあえず食べられれば何でも良かった。眠れるなら言う事もなかったな。それを考えたら今はかなりマシだと言えるだろう。
700年も過ぎたら色々変わるだろうが、改めて時代が変わったとしみじみと思った。野宿するのに飯や風呂の心配をする事が出来るんだからな。
「ひひょー、ふぉれ、かふぁいれふよ」
「ああ、はいはい。それは少しふやかして食べるんだよ。
ほら、こっちの干し肉の方がまだマシだからこっち食ってろ」
「ふぁい」
早速何も考えずにガチガチのパンを齧って声を上げてる馬鹿者には干し肉を押し付け、俺は水でふやかして不味さがより際立った黒パンをかじる。
味を誤魔化すためにはちみつやらラードやら……色々と試してみて、少しでもマシな味になるよう努力を試みて、ようやく最低限納得が出来る味にはなった。
……ここで村や町で食べる料理が恋しくなるのは、俺の方も少なからずこの時代に馴染んできた証なのかも知れない。
――こうして、俺たちの初めての野宿はゆっくりとふけていった。
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