第101幕 グレリア様の申し子

 このリアラルト訓練学校での生活が始まって数日……最初は全くと言っていいほど話しかけられなかった俺だったが、一人が話しかけてきたらようやくぽつりぽつりと会話をしてくれる魔人が増えてきた。


 なんでもシエラと同室になったことに興味があったのだとか。

 それでミシェラのお気に入りということもあって、恐る恐る……といった具合だ。


 で、初めての会話が『女の子と同じ部屋ってどんな気分だ?』というものだ。

 ……正直、シエラと同室になったからってなんにも思わない。


 あいつは本当に私生活がだらしないからな。

 外着のままベッドにダイブすることはザラだし、どこかだらけている。


 俺だからっというのもあるだろうが、気を抜きすぎてるんだよなぁ……。

 もちろん、真面目なときはきちんとしていて、そればかりじゃないことはわかってるんだが……。


 ただでさえ人がいるときは猫被ってるが、それでもドジることが多いシエラだ。

 そんなのと一緒になったところで、なんとも思わない。


 だからはっきりと『あー、別に普通だぞ? あまり変わらない』と答えてしまい、周囲の男どもから妬ましい視線を向けられることにもなった。

 が、それが逆に良かったようで、大分最初の空気は薄くなったと言えるだろう。


 そして……今日も今日とて俺は始業時間少し前に教室に入り、クラスの連中と適当に挨拶を交わす。

 こういうことは最早無縁だと思っていたが、案外悪くはない。


「君」


 ……セイルたちには悪い気はするけどな。

 俺は情報収集のためとは言っても、再びこうして学校生活を謳歌している……と言える。

 対して彼らは半ば俺のせいで今も魔人との戦いに赴いているのだろう。


 だからこそ、人と魔人がどうして分かたれ、今のようになってしまったのか……出来る限りを掴まなければならないだろう。


「そこの君!」

「……ん?」


 なにか俺を呼ぶような声が聞こえた気がして思考の渦から意識をこちら側に戻すと……右斜め前方辺りに肩を怒らせて凄んでいる男がいた。


 くすんだ金色の短い髪は整えられ、怒りの灯る目は少し赤みを帯びた色合いをしている。

 背丈は俺よりやや上で、体つきはどこか優男を感じさせる。ちなみにかなり顔の出来はいい。

 典型的な女にモテてるタイプの男のようだ。


「全く、ようやく気付いたのですか……!」

「あんた誰だ? 俺になにか用か?」


 こんな男、俺のクラスにはいないはずなんだが……よくよく見ると、周囲の連中はどこか俺とこの男の様子をこわごわと見ているような気がする。

 まるでミシェラと話してるときのような雰囲気だ。


「はぁ……下賤な口の聞き方をしないでもらえるかな?」


 ため息混じりに小馬鹿にしたような笑みを向けてきている辺り、俺に喧嘩でも売ってきてるのだろうか?

『やれやれ』といった様子で見下ろしがちにこちらを見据え、少し――いや、かなり尊大な態度を取ってきた。


「何も知らない哀れな君に教えてあげよう。

 僕はルット・クインス。G2の1に所属している『申し子』の中でももっともグレリア様に近い男だよ。

 覚えておきたまえ」

「……」


 ふぁさっと髪を手でかきあげる仕草が大分イラッとするが、こいつがもっとも『グレリア様』――要は俺に近い男、ねぇ。

 お前みたいに上辺っつらだけ気にしてそうなのが俺に近いわけがないだろう。


 申し子っていうことは『グレリア様の申し子』ってやつだろう。

 この国に来るようになってからちょくちょく聞くようになった単語だ。


 田舎で強いと持て囃されて育った者のことを言ってるかと思ったんだが……どうやら違うようだな。


「それでは本題に入ろう。君、シエラ・アルトラくんを知っているよね?」

「ああ、一応同室だからな」


 ギリッと歯ぎしりをして睨みつけてくれてるが、一体それがどうしたというんだろうか?

 というか、なんでG級のこの男がA級のシエラの事を知ってるんだ?


「君……男と女が同室だなんて、許されると思っているのかい?」

「そんなもん知るか。こっちは学校側から勝手に決められたんだからさ」

「だとしても! 普通男なら断るべきではないのかな!? 君は! 紳士としての自覚がないのかね!?」


 そうキャンキャン怒鳴るなと言ってやりたい。

 お前は犬かなにかか? 目の前でここまでうるさいと話すのすら面倒になってくる。


「なんでお前にそこまで言われなきゃならないんだ。シエラとはなんの関係もないだろう?」

「この学校の秩序を守るために、見出しかねない君が許せない。そういう義憤が湧いて出るのは、紳士として当然の義務というものだ」

「そりゃあご立派なことで……」


 それでわざわざ下級生に文句をいいに来るとこがたかが知れてるな。

 その義憤で動くのであれば、まず教師の連中に訴えかけるほうが先だろうに。


「だからこそ、君には一刻も早く彼女と別室になってもらいたい。これは学校のためなのだよ」

「断る」


 紳士としての御高説は結構だが、なんで言うことを聞かなければならないのかがわからん。

 間髪入れずに拒否した俺がよほど気に入らなかったのか、額にうっすらと青筋が見えるようだ。


「もういちど――」

「断る」


 今度は言葉を紡ぎ終わる前に拒否してやった。

 同じことを何度も言わせるなよ。


「……どうやら言ってもわからないようだね。よろしい。ならば決闘を――」

「断る」

「……」


 おお、徐々に怒りの色で染まっていく。

 ついついノリで言ってしまった……が、いい加減このままではまずいだろう。

 一触即発のこの状況を打開するには、乗るしかないだろう。


「……わかった。決闘だな」

「そ、そうだ。日時は今日の放課後。訓練場で待っている。

 必ず……必ず! 来い! いいな!」


 俺の事を信用できないのか、指を突きつけながら命令口調で叫んで、そのまま自分の教室に帰っていった。

 また随分と面倒な事になったが、仕方ない。

 今日の昼、とりあえずシエラに報告しておこうか。


 少なくともあいつも無関係じゃないしな。

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