第97幕 狂人の乱入

「……こいつも試験官なのか?」

「違います。彼はこの学校の生徒で……」

「ミシェラ・エルットルだよ! よろしくね!」


 片手をあげて『おー!』とでも言うかのように楽しそうにしているその姿は、とてもの生徒という姿には見えない。

 ん……? 最強……だよな? 微妙に違うような気もするが……気のせいだろう。


「ああ、俺はグレ……ファ・エルデだ。よろしくな」

「ふーん……嘘だねっ」


 一瞬ドキリとしてしまった。

 ムッとした表情のミシェラがグイっと俺の顔の間近まで迫ってきたからだ。


 彼……ということは男で間違いないんだろうけど、柔らかそうで綺麗な肌。

 透き通るような蒼の瞳は喜びと楽しみに満ち溢れていて……とてもじゃないが男に見えない。


「ちょ、ちょっとグレリ……グリェ……グリェファ! なにしてんのよ」


 いきなりの展開に顔を少し赤くしながらわなわなと指を震わせながら俺に突きつけてるシエラの姿を見て、思わず『お前は何そんなに慌てて俺の名前を噛んでるんだ』と言ってやりたい気持ちに駆られたが、そこはぐっと飲み込む。


 今危うく本当の名前を言いかけてたからな。下手をしたらシエラからグレリアの本名が判明してしまうかもしれない。


「ねぇ、ねぇ! 聞いてる?」

「あ、ああ、聞いてる聞いてる」


 一発で嘘だと見抜かれて思わず動揺してしまったが、ひとまず呼吸を落ち着かせる。

 というかどう切り抜けようか……。


「ミシェラさん、今は編入試験の最中です。

 それに、今日は学校は休みだと思いますけれども?」

「え? 休みだからって来ちゃいけない理由はないでしょ?」


 きょとんとした表情で『なにか悪いことした?』という様子のミシェラに深いため息を漏らしている女性。

 予定にない乱入者だってことはわかったんだが……仕方ない。


「試験はどうするんだ?」

「それは――」

「はい! はいはーい! 僕がやるよー!」


 元気いっぱいにぴょんぴょん跳ね回りながらミシェラは俺から視線を外さない。

 ……最初は楽しそうにこちらを見ているもんだとばかり思ったが、訂正しなければならない。


 それはまるでを俺に向けていた。


「ミシェラさん、これは遊びではないんですよ? それに貴方はやりすぎてしまいます。

 先日もそうだったでしょう?」

「あれはー……あれは僕が悪いんじゃないもん。彼が僕の悪口言うから……ちょっと懲らしめてやろうと思って……」


 バツが悪そうに唇を尖らせて不満を言っているその姿は本当に子供のようだ。

 エセルカよりは多少背があるようだけど、その容姿がさらに子供っぽい印象を強めている。


「ちゃんと試験するから、ね?」

「ね、ではありません。もう一度言いますが、これは遊びではないんです」

「……」


 正直なところ、熱心に視線を向けられてる俺からしてみたらたまったものではないが、そんな見るからに落胆した様子でちらっちらっと俺の方を見られると……無下にするのも可哀想に思えてくる。


 だからだろうか、つい……つい俺は彼女たちに口をはさむ形で割り込んでしまった。


「……はぁ、俺だったら別に構わないぞ。あんたが相手でもミシェラが相手でも」

「本当!?」


 ビュンッと音がしそうな程の勢いで俺の方に向き直るミシェラの目は、爛々と輝かせていた。


「……余計なことを言わないでください! 貴方はこの子がどんなに危ないか理解出来ていないからそんなことが言えるのですよ!?」

「だからといって、ここで無下に断るわけにもいかないだろうが……」


 あんな顔で見られる俺の身にもなってくれよ。


 見捨てられた子供のような表情でじーっと見上げられてるんだぞ!?

 ここで『俺は関係ない』というような態度が取れるほど、流石に薄情ではない。


「……仕方ありません。いざとなったら私と……シエラさんで助けに入りますが、後悔しないようにしてくださいね?」

「……え、私も?」


 今まで蚊帳の外だったシエラが突如話を振られてしまったせいで、驚いた表情で俺・ミシェラ・女性と順々に見やっていた。


「ええ……私一人で止めてもいいのですが、時間がかかると被害も増えますからね」

「やった! やった!!」


 苦労人のような目をして女性は俺と……飛び跳ねながら喜んでいるミシェラを見ていた。


「はやく遊ぼう? 遊ぼうよ!」


 女性がそうしたようにミシェラも喜び勇みながら訓練場の中央に立って、俺が来るのを待っているようだった。ちなみに選んだ武器は剣と短剣の間くらいの長さと厚さのある武器だった。


 小さい彼の身体にはちょうどいいサイズで、剣として振り回す分にはなんら変わりない行動を取ることが出来るだろう。


 苦笑しながらも俺の方も適当に自分の身長に合わせた木剣を握りしめ、ミシェラに相対するように向かい合う。

 わくわくが止まらない! とでも言うかのように今にも飛び出しそうになるのをこらえてるミシェラに対し、なんとも言えない表情を向けながら俺と彼の間に立って、審判役として構える女性。


「それでは、行きますよ。模擬試験、開始!」


 ――その瞬間、今までの緩い空気が一気に霧散してしまった。

 そこにあったのは紛れもない戦いの雰囲気。


 ちりちりとした肌を焼くような熱を帯びた空気を感じながら、その原因がミシェラにあることを感じ取った。

 濃密な死の空気。刺すような鋭さ。それでいて喜びに満ちているかのような一切の殺気を感じない空気の中、元凶それはにんまりと笑っていた。

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