第87幕 教えを請うもの

 しばらく……とは言っても鎧馬で駆けるよりは早くにダティオの町へと到着した。

 道中数回宿屋のお世話になったが、流石にエセルカが俺と同室であることに抵抗を感じたようで、そのときはシエラ・エセルカと俺で部屋を分けることになった。


 その事についてシエラは文句を言っていたようだが……こればっかりは仕方がないとしか言えないだろう。


 道中は出来るだけ危険を排除した旅をしてきたからか、なんの問題もなくダティオに辿り着くことが出来たが……問題はその後。

 町に入る少し前に魔方陣の展開を止めて歩いて他の人に魔人だと悟られずに戻ってきたまでは良かったのだが……実際セイルたちと部屋で合流すると、なぜかあいつは恐ろしく落ち込んでいるというか、考え込んでいるようだった。


「あ、戻ってきたの?」

「ただいまー」


 俺たちに真っ先に気づいたのはくずはで、エセルカが笑顔を浮かべながら両手を挙げてとことこと歩いていくのが見える。

 それをどこか幼い子供でも見るような暖かい目をシエラは向けていた。


「お帰りなさいまし、成果はどうでしたか?」


 イギランスの現状が気になるのか、他の奴らの様子など全く目もくれずにルーシーが駆け寄ってきた。

 それはいいんだが、そんなに近くに寄ってくるのは止めて欲しい。


「ああ、それも話したいと思うのだけれど……まずあいつはなんであんな風にへたれてるんだ?」


 今一番知りたい――ベッドの上で妙に悩んでいるセイルに何があったのかを聞くと、ルーシーは左手を頬に当てて右手でその肘を支えるような仕草を取って深いため息を一つ吐いた。


「ふぅ、それが……」


 聞いた話では魔方陣を使うナッチャイスの服装をした男に襲撃を受けたようだった。

 くずはとルーシーは周囲に散らばった雑魚を相手にして、セイルは肝心の男に相対したそうだが……そこでそいつとの力の差を思い知ったそうで、悔しくてどうしようかと考えているのだとか。


「よし、決めた! グレリア!」


 ようやく俺のことに気付いたセイルは、なにか強く決意を秘めた視線をこっちに向けていた。

 これは迂闊な返事は出来ないな……と思って、こっちも身構える。


「どうした?」

「俺に……俺に魔方陣の扱い方を教えてくれっ! 頼むっ!」


 あまりの勢いで頭を下げてきたセイルの発言に――一気に場が冷える。

 それはエセルカが俺に投げかけてきたそれと同じで違うものだった。


「ちょっと、あんた何言ってんのよ!」


 驚きの声を上げたのはくずはだった。

 周囲が戸惑いの様相を呈している中、一人だけなんとか言葉を口に出来たようで……あまりの驚きに信じられないものを見るかのような目でセイルを見ていた。


「グレリア……頼むっ!」

「ちょっとセイル!」

「だって……だって悔しいだろ!?」


 他にも人が居てこの狭い部屋の中……セイルは誰に聞こえても構わないと大声で叫んだ。

 それは心の奥底――魂を絞るような声で。


 あんまりにも必死なその懇願に……俺も同じくらいの気持ちで臨むことにした。


「セイル、お前はそれがどんな意味を持つかわかってるのか?

 下手をしたら家族も……くずはだって、巻き込むことになるんだぞ?」

「グレリア、俺は強くなりたい。

 他のなにものにも変えられないくらい、自分が守りたいって思った奴の為に。

 それにさ……もうおせぇって」


 セイルは一瞬自分の村の家族のことを思い出したのだろう。

 少し寂しいような笑みを浮かべている。

 その答えに、俺はゆっくりと首を振って否定した。まだ『遅くはない』と。


「少なくともお前やくずは……エセルカは向こうに戻れるはずだ。

 俺を信じてくれる、というお前たちの気持ちは嬉しかった。

 だけど今なら……まだあの学園に戻ることだって出来るはずだ」

「……クリムホルン王の独り言を初めて聞いたときから、俺はあの人に上手く言えねぇけど……なんか不安になった。

 王様が信用出来ないんだったら、俺にも、その周りにも、何が起こるかわからないだろ。

 だから、せめて……もし……もし、自分の本当に大切なものの為に戦うときが来たら……俺は誇りを持って強くなったと、戦えるんだと言い切れる自分でありたい」


 くずはの方にちらっと視線を逸らしたセイルだったけど、こいつのまっすぐな気持ちは確かに伝わってきた。

 あまりにもまっすぐで清い心に、俺にはただ頷くしか出来なかった。


「わかった。俺に出来る限りの事を教えてやる。それでいいな?」

「ああ、ああ! ありがとう、グレリ――いや、兄貴!」

「そこでなんで兄貴になるのよ……」

「いや、師匠っていうより兄貴の方がしっくり来るかと思って……」


 呆れているくずはに言い訳するように頭を軽く掻いてるセイルを見ながら……俺はふと考えてしまう。

 セイルは本当にわかっているのだろうか?


 相手がもし卑怯な――それこそセイルの家族を人質に取るような真似をしてきたら……その時にセイルは、きっと苦渋の決断を強いられることになるだろう。


 どちらを選んでも後悔する時が来るかも知れない。

 だったら、今俺に出来ることは――セイルに色々と教えてやること……それだけだろう。

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