第76幕 信頼を得るということ

「よくもわたくしをこんな目に……」


 じろりとシエラを睨んでいるのは、隣の空き部屋に無造作に放り投げられており、顔面を床に強かに打ち付けられたことに関して怒っているルーシーだった。


 シエラはどことなく気まずそうに視線を宙に浮かせているが、これはまあ仕方ないだろう。

 他の三人からはどこか哀れむような視線を向けられているしな。


「え、えっと、ごめんなさい」

「本当にもう……いくらわたくしが勇者で、あなた方の敵だからといって、あんまりじゃありませんこと!?」


 ぶつぶつ文句を言ってる二人をどこか微笑ましく思いながら、俺はルーシーの機嫌が直るまで待つことにしていると……やはりくずはが今のやり取りについて疑問を口にしてきた。


「今、あの子勇者って言ってなかった?」

「ルーシー・オルティス。イギランスの勇者……だと思う」

「……え? 嘘でしょ?」


 ぽかんとした様子で俺とルーシーを交互に見るくずはだったが、今この時点で俺が嘘や冗談を言うわけがないだろう。


「恐らく、だがな。

 前にこいつはイギランスの兵士と一緒に魔人の国――グランセストの田舎村に侵略してきたからな」

「よくそんなやつをここまで連れてきたな……」


 むしろ感心するかのような口調でセイルはまじまじとルーシーを眺めていた。

 そんな様子に気づいたのか、気を落ち着かせたルーシーがこちら側にも気を向けてきた。


「それでそちらの方たちはどなたですの?」

「ああ、こいつらは……」


 セイル・エセルカ・くずはの順で自己紹介させていき、それぞれがルーシーと交流しているうちにそっとシエラの方を見ると、うんざりするかのような顔をしていた。


「はぁ……疲れた……」


 なんてぼそっと呟いているのだから、恐らく懲りていないのだろう。



 ――



 一通り自己紹介を終えたルーシー達は、仲が良くなってしまったようだ。


「それではくずはさんもわたくしと同じ勇者なのですね!」

「私はジパーニグの、だけどね。

 ルーシーはどこの国の勇者なの?」

「わたくしはイギランスの勇者ですわ!」


 エヘンとほとんどない胸を張って上体を反らして自慢げに話しているルーシーの横までやってきた俺は、今なら答えてくれるかもしれないという淡い期待を込めて話しかけてみた。


「で、そんなイギランスの勇者はなんで勇者会合に出てなかったんだ?」

「それは……ってあなたに言う必要はありませんわ!」

「まあまあ、そう言うなって。俺もくずはと一緒に勇者会合の場にいたんだ。

 カーター、ソフィア、武龍ウーロン、ヘルガと色んな国の勇者を見てきたが、お前はあの時その場にいなかったじゃないか」


 ルーシーが嘘を言うなというような目を俺に向けてきているが、こんな時に嘘を吐く訳がないだろう、と思わずため息が漏れてしまう。


「グレリアの言うことは本当よ。

 あのときの勇者会合は色々と記憶に残る出来事だったしね」

「……そんな方がなぜアンヒュ――魔人の国なんかに」


 シエラも懲りないが、ルーシーも同じようだな。

 最初の時のようにシエラは嫌な顔をしているが、今はそれを口にするべきではないと思ってくれたのか、何も言わないでいてくれて少し安心した。


 その後はまたルーシーに勇者会合後の成り行きを説明することになった。

 帰り道に見知らぬ黒ローブと狼の魔物に襲われたこと、そしてそのままセイルたちとは別れて、グランセストに流れ着いたこと。


 ……流石に速力の魔方陣で風になっていたことは言わなかったけどな。

 本当はそんな理由でグランセストに辿り着いたなんて知られるのはあまりにも情けないし、恥ずかしいからな。


「そう、そんなことがありましたの……」


 なにか考え込むように右手を顎に当てて、左手を右肘に当てるようにしていた。

 なんだかそうしていると様に……前も似たようなことを思っていたな。


「それで、あなたたちはこの方を信用しておりますの?

 魔方陣を操り、下手をすれば魔王にもなれそうなほどの力を持ってるこの人を」


 セイルたちに向き直ったルーシーは相当大真面目に俺を横目に見ながらそんな質問をしてきた。

 ……ルーシーを迎えに行く前に同じやり取りをしていたせいで、繰り返しになってしまったが、それでもセイルたちはまともに答えてくれた。


「そんなもん、当たり前だろ」

「グレリアくんはわたしたちの大切な……その……仲間ですから!」

「彼には少なからず世話になったあんたならわかるでしょ?

 そんな魔王だなんて大それたものになるような奴じゃないってこと」


 エセルカだけは妙にもじもじしながら口ごもっていたけど、いたって当然というかのような顔でそんな俺が恥ずかしくなるようなことを言ってくれていた。


「……わかりましたわ。そこまで慕われているあなたは、悪い方ではないのでしょう。

 ならばわたくしも、あなたのことを信用しましょう」


 それだけ言ったルーシーはすっきりとした……晴々とした顔をこっちに向けていた。

 三人のおかげで信頼を勝ち取ったようだし、これで俺の質問には答えてくれそうだ。

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