第56幕 争いの種をまく者・前編
俺達がカナラサの宿に泊まった次の日のこと。
のんびりと朝食を採っていると、いきなりカンカンカン、と大きな鐘の音が響き渡り、辺りを騒然とさせた。
「な、なんだなんだ!?」
あまりの出来事に思わず驚きながら周囲を見回してみると、町の人々が恐怖と不安に顔を染め、慌てるように逃げ出していくのがわかった。
「て、敵が攻めてきたぞ!」
「皆、落ち着いて避難するんだ! 急げ!」
「怖いよー!」
どうやらさっきの鐘の音は、敵――アンヒュルの襲来を告げるものだったらしい。
俺・くずは・エセルカの三人は互いに顔を見合わせ、頷いた後、宿から飛び出すように外に出て、町の人が逃げていく方向とは逆方向に走り出していく。
そうして俺達は初めて出会うことになる。
これから戦うことになる人類の敵……アンヒュルに。
――
カナラサの町の出入り口付近。
そこにいたのは俺達とあまり変わらない……だけどもいかにも強そうな気配をその見に宿した二人の男。
一人はいかにも文献で伝えられているような感じの気もするけど、もう一人はそういう邪悪な感じがしない。
禍々しいとかそんな気配は全然無くて、純粋に力を磨いているようにも感じるほどだ。
邪悪そうな男はずいぶんと軽薄そうな身なりで、へらへら笑っているのが特徴的だ。
薄緑色の髪に黄土色の目をしている。
もう一人の強そうなのは短髪に赤い髪に蒼い瞳。
背も俺よりずっと高く、体も筋肉質で随分と鍛えられているように感じる。
「おーおー、お出迎えかよ。
カカカ、ありがたいこった」
「おい、あまりはしゃぐなよ。
俺達の役割を忘れるな」
俺達が臨戦態勢を取ると、さらに高らかに笑う邪悪そうな男。
攻めてくる……と言っても二人か。
いや、たとえ二人でも楽観視出来ない。
アンヒュルは魔方陣と呼ばれる独自の魔法が使えることが出来ると聞く。
それは邪神の加護であり恩恵で、邪悪な力なのだとも。
どんな強力な力かわからない以上、油断は禁物だ。
「エセルカ、無理するなよ」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
俺がエセルカだけに優しい言葉を投げかけたのが気に入らなかったのか。
くずははこんな状況にもかかわらず、むすっと頬を膨らませていた。
「そう、エセルカは心配で、あたしの方はなんともないんだ」
「そういうわけじゃないっての。
ただ、お前の心配はいつもしてっから、たまにはエセルカの方にも気を回してやろうって思っただけだ」
何をこんな時に変なことでむくれてるんだ……と思わず言ってやりたい気持ちをグッと堪える。
ここで何かを言ってしまえば余計あいつは機嫌が悪くなってしまう。
そんな事は一緒に生活していくうちによくわかったさ。
「おいおい、なんだ? 盛ってんのか?」
俺とくずはのやり取りが面白いのか、本当に愉快そうに笑っている男。
「お前みたいなのが目の前にいるのに、盛るわけねーだろうが」
「カカカ、わからんぞ?」
なにがどうわからんのだと問い詰めてやりたいが、馬鹿にこれ以上付き合ってはいられない。
もう一人の男もそんな感じらしく、全く反応もしないで俺達の方を見つめている。
「あいつ……」
「……これ以上のるなよ? いつ攻撃仕掛けてくるかわからないんだからな」
「わかってるわよ」
さっきのやり取りはなんのその。
くずはの方も意識が切り替わったのだろう、やる気に満ちている目をしている。
今回、俺が一対一、くずは・エセルカは二組で一人の相手をするべきだろう。
理由は簡単だ。
くずはにとって、俺達やクラスメイトの連中以外との戦いはこれが久しぶりだからだ。
一年前はヘルガとかいうシアロルの勇者にぼこぼこにされた。
今回、また目の前のアンヒュルに何も出来ずに敗北してしまえば、恐らくまた立ち直るのに時間がかかってしまうだろう。
出来れば、くずはに勝ってもらって、自分は強くなったんだと実感して欲しいんだ。
本当は俺がくずはと組んで戦うのが一番いいんだろうが、これが初めて人(の姿をした奴)を殺すことになるかもしれないという不安をいだいているエセルカを一人で戦わせるわけにはいかない。
だったら俺が一人で戦うしかないってこった。
「俺はあっちの冷静な方と戦う。
くずは達はそっちの軽そうなのを頼む」
「うん」
「……わかった」
戦う相手を見定め、ジリジリと距離を離していくと、その邪悪な笑みをより一層深めて、軽そうな男はうちの女性陣二人を見定めるように視線を這わせていた。
「なるほどなるほど、別れて戦うのかぁ。
だけどそれは得策じゃあないなぁ」
何がおかしいのかよくわからないが『カカカ、カカカ』と笑うその姿は、不気味に見える。
だが、ここは二人を信じて任せるしかない。
俺だって、目の前の男を相手に、周囲を気にしてる余裕があるとは思えなかったからだ。
「あんたの相手は俺が務めるけど……不満はあるか?」
「何が来ようと関係ない。目的を果たすまでだ」
ゆっくりと自分の獲物である斧を引き抜く男に応戦するように金属で作られた手甲を身に纏う。
本当は素手で戦ってみたいのだけれど、武器相手では流石に分が悪いからな。
避けることを前提に戦ってられるほどの武芸者じゃない以上、遠慮なく防具ぐらい使わせてもらわないとな。
「それじゃあ……いくぜ!」
俺の大きな声と共に、三人全員が一斉に相手に向かって飛び出していく。
悠然と構えるアンヒュル二人を相手に、苛烈な戦いの幕が今開くことになった。
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