第55幕 先を駆ける者
それから俺達は馬車で進む旅路を警戒しながら進んでいった。
時折魔物に襲われることはあったが、その程度、今の俺達には物の数にも入らなかった。
他には……うん、出来るだけ町に寄るようにしていたということぐらいか。
ただ戦うだけや進むだけではどうしても精神が保たない。
前の旅の時はイギランスに行くという目的もあったし、別に戦いを続ける必要もなかった。
だけど今回は違う。
アンヒュルの魔王と呼ばれている者を倒すまで戦い続けなければならないかもしれない。
だったら、エセルカもくずはも、心を落ち着ける必要がある。
肝心な時に力が出せなくなるような事は避けるべきだったからだ。
そうして、町を行き来しながら旅を続けていくうちに、やがて俺達は第一目標であるカナラサに到着した。
――
「ここがカナラサ……」
「昔の田舎町って感じね」
昔の……という言葉にはあまりしっくりはしなかったが、田舎町というのには納得出来た。
首都であるウキョウや、それに次いで大きい町であるルエンジャと比べると、どうしても見劣りするだろう。
畑が広がり、土や家畜の匂いがする。
俺もどちらかというと田舎の出だからか、久しく触れてなかったその匂いに、懐かしさを感じるほどだ。
逆にエセルカは都会の出だからか不思議そうな表情を浮かべている。
「ここに司くんがいるんだよね?」
「ほんっと、なんでこんなところにいるんだろう?」
二人共疑問を浮かべているようだったが、そこは俺も思った。
こんな田舎、司はあまり気に入りそうになさそうだからだ。
だが、王様がわざわざ嘘を言うとは考えにくい。
ここを目指して行ったことは間違いないだろう。
「いなかったとしても、なにかいた痕跡みたいなのは残ってるだろ」
「……その通りね。正直、いなくても別に構わないんだけど」
えぇー……と嫌そうな顔で舌をだしているくずはには悪いが、そんな嫌そうな顔をしてやるなとも思う。
俺もあいつのことは確かに好きじゃないが、それでもアンヒュルとの戦いには貴重な戦力の一人だ。
出来れば合流して戦力アップを図りたい。
というわけで俺達は一度宿に泊まる為に手続きをして、この町を治める町長を尋ねることにした。
闇雲にあちらこちらと探すよりも、知っていそうな人に聞くのが一番というわけだ。
町の人に聞きながら町長の家まで辿り着くと、彼からは快く迎え入れてもらえた。
椅子に腰掛け、お茶までもらって……お客様といった感じのもてなしを受ける。
「すみません、気を遣わせてしまって……」
「いいえぇ、勇者がこの町にいる……それだけでどれほど勇気づけられるか」
少々年老いたしわの多いおじいさんである町長さんは、より一層しわが深まるほど笑顔を浮かべてくれている。
だけど、そこには決して嬉しい、というものだけじゃない。
苦労や疲れの混じった……どこか無理のある笑顔だった。
「あたしたち、ここに司――時雨司っていう勇者が来たと思うんだけど……」
「ああ、あの御方ですか……司様ならここから更に先へ、アンヒュルたちの住む中央を目指していかれましたよ。
確か……五日前の出来事だったはずです」
どうやら少し遅かったみたいだ。
くずはが見るからに安心したかのような表情を浮かべているけれど、流石に町長さんの前でそんな態度を取るのは止めてほしい。
嫌なのはわかるが、事情を知らない人からしたら勇者達が不仲っていうのも不安を煽っちまうからな。
「それなら私達も追いつくために早く言ったほうが良いのかな?」
「……そうね。あまり乗り気はしないけど」
「くずは」
「わかってるわよ。言ってみただけじゃない」
少し嫌そうな顔をしているのをなだめるように一言呼びかけると、ため息まじりに左右に首を振るくずは。
……本当に先が思いやられるなぁ。
「あの……」
俺達がそんなやり取りをかわしていると、少々申し訳無さそうな顔をしている町長さんが、おずおずと声をかけてきて、こっちを見ていた。
「どうした?」
「言いにくいのですが、最近こちらではアンヒュルの侵略を受けていまして……」
なるほど、だからそんな顔をしていたわけか。
確かに今俺達の間に割って入るには、この穏やかそうな町長さんの場合覚悟がいるもんなんだろうな。
「アンヒュル……」
エセルカは少し顔を暗くして、地面を見るように俯いた。
そりゃそうだ。アンヒュルは人の姿をした邪神の化身。
要は人間と同じ。俺達はくずはも含めて人間を一度も殺したことはない。
殺気を向けることも、剣を向けたこともあるが、本気で戦ったことはなかった。
だからこそ、これから自分は本当に人の姿をしたものを殺めることが出来るのか?
そういう不安が町長さんの言葉で襲ってきたのだろう。
それでも、俺達は戦わなければならない。
急に押し寄せてきた不安も苦しみも飲み込んで進まなきゃ、未来にはたどり着けないんだ。
「くずは」
「あんたの考えてることくらいわかってるわよ。
好きにしたらいいわ」
俺が何を言いたいのかくずははちゃんと汲み取ってくれているようだった。
ま、司に会いたくないというのもあるんだろうけどな。
「わかった。
それならアンヒュルは俺達が倒す。
困っている人を見過ごすわけにはいかないからな」
「ありがとうございます!」
司を追いかけて合流するのも大切だ。
だけど、目の前に助けを求める手があるのに、それを振り払って先に進むのは間違いだと俺は思っている。
別に全部を救えるとは思っていない。
それでも、救えるだけの力があって、手をつかもうとしないなんてことは俺には出来ない。
だから……俺は、誰かを守るために戦う。
それはきっと、グレリアがここにいたらしただろうから。
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