第38幕 新しい場所へ
暗殺者の最後の一人――実質ボスである男はどれくらい闇に潜んでいたのだろうか……。
ずっと待っていたのだけれど……襲いかかってくるどころか、なにかをしようという気が伝わってこない。
ただそこにいるだけ。それだけだ。
いつまでも襲ってこない男に焦れた俺は、少し苛立つように声を上げる。
「……どういうことだ? 襲いかかってくるのか? 来ないのか?」
警戒を強めていた俺は、少しずつ辺りの様子を探っていたが……やがて堪忍したのか、これが答えだとでも言うかのように徐々に彼の気配が遠ざかっていくような気がする。
それを感じた俺は、ため息を一つ吐いて自身の構えと緊張を解いた。
結局、暗殺者の一人を取り逃がす結果になってしまったけど、深追いして痛い目に遭っても馬鹿らしいからな。
だけど……仕方なかったとは言え、取り逃がしてしまったのは後々厄介なことになるだろうなと感じながら、俺は遠ざかっていく気配を見送ることになったのであった――。
――
その次の日。
宿の食堂で全員集合することになったときのことだ。
眠そうな顔をしながら司が俺達より遅くにやってきた時、少し違和感を感じた。
「おー、お前ら早いな……ふぁ」
「あんたが遅いのよ」
少し寝不足なのか、あくびをしながら俺達と合流する司は、どことなく不機嫌そうに見えた。
……彼本人は別にいつもと変わらない。相変わらず俺達には微妙に興味ない様子で、エセルカやミシェリさんには気安い。
やたらと軽い感じがするいつもの司だ。だけど今日だけは俺を見る視線が冷めているような……そんな気がしたのだ。
「グレリア? どうしたんだ?」
「いや、司の視線がなんだか冷たく感じてな」
「会ったときからだろ。あいつ、俺達に対して風当たりが強いじゃねぇか」
「……だな。そうだな」
結局俺はその違和感を気のせいだということにした。
セイルの言う通り、司が俺やセイルに向ける目はいつも冷めている。女性に対してはくずは以外には明るいというか、どこか生暖かいというか……妙に優しい視線を向けている。
特にいつもと変わらないその様子は、その小さな違和感を握りつぶすには十分な理由だろう。
――
その後、朝食を食べ終わった俺達は予定通り勇者会合の開催地であるイギランスに向けて出発することにした。
本来なら彼らに打ち明けたほうがいいのだろう。先日の夜、くずはを宿に戻した後、襲われたことを。
実際一人逃したわけだし、今後もあの暗殺者が襲いかかってくる可能性は充分ある。
というかむしろかなり高いと思う。
彼のようなプロは一度依頼された仕事はよほどの事情がない限り、キャンセルすることはないだろう。
引き際は心得ているみたいだったし、これから先も度々襲撃してくる予感がある。
ま、それならそれでいい。幸い彼らの依頼主は俺以外に興味が無いみたいだしな。
それ以上に【英雄召喚】で喚ばれた勇者たちに怪我でもされたら面倒なのか、俺が一人だけの時……もしくは他者に絶対に気付かれないようにと言い含めているのだろう。
なら狙われるとすれば、夜寝静まった時。野宿の場合は俺が見張り番をしている時のみくらいだ。
司やくずは、他の仲間が傷つかないのであれば、わざわざ不安にさせるようなことを言うべきではない。
むしろミシェリさんなんかは必要以上に警戒しそうで、旅路にも支障が出るだろう。
なら、俺にだけ留めておいたほうがいい。
セイルやエセルカには怒られるだろうが、正直彼はあの二人には荷が重い相手だ。
それでも、二人は下手に教えれば間違いなく俺の助けになろうとする。
それはそれで嬉しいんだけどな。
ならば俺一人で収まる問題であるなら、俺だけで対処すべきだろう。
幸い、あの暗殺者単体の戦闘能力なら余裕で戦うことが出来る。
というより、問題なのは彼の姿を消す能力だ。
かすかな気配のおかげで彼の位置は漠然と掴めるのだが、それ以上にこちらに本当にそこにいるかどうか確証を与えてくれないせいで非常に戦いにくい。
逆に言えばそこだけ気をつければ良いんだけどな。
どうせなんとでもなる相手だと結論を下した俺は、それから一人朝と昼はともかく、夜は周囲に気を配るように心がけるようにした。
……のだけど、その後の道中ではなんの変化もなかった。
強いて言えば司のエセルカへのアタックが増したことだろうか。
「エセルカちゃん、ほら飲み物」
「あ、ありがとう……司くん」
「どういたしまして」
なんてやり取りをしながら爽やかに笑うものだからこっちは見てて寒いものがある。
それはセイルも同じようで、次第に彼との距離が開くことになった。
エセルカ少し迷惑そうにしているのだけれど、まだ危害を加えるような事はしてないし、しばらくは彼女に任せるのがいい。これも人付き合いというものだ。
それにしても――
「相変わらず温度差の激しい男だな」
「どうせハーレムでも目指してるんでしょ。そんな器量ないくせに夢だけは大きいんだから……」
すっかり打ち解けたくずはは、すっかり俺やセイルと話すのに慣れたようだった。
相変わらず不機嫌そうな表情に見えるが、最初の頃から比べたら若干角が取れてきたし、話しやすくなってきたのは間違いない。
そんな風に楽しいのか楽しくないのかよくわからない旅路を進んだ俺達は、とうとうイギランスの首都であるドンウェルに着いたのだった――。
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