第37幕 夜闇に紛れる者

「ほら、お前らのお望み通りにしてやったぞ。そろそろ姿を現したらどうだ?」


 静寂のその後、一瞬訪れるのは驚きの混じった空気。

 それもそうだろう。彼らは極力気配を殺していた。恐らく、これがミシェリさんでも……いや彼女であればまだ察知出来たかも知れないだろう。


 しばらく様子を見ていたが、やがて俺がため息混じり呟く。


「右に二人、左斜め前に一人。そして俺の前方……そこの樽、看板の影に一人ずつ、計五人」

「「「「「…………っ!」」」」」


 俺が彼らの居場所を正確に言い当てると、より一層信じられないという雰囲気に包まれたが……そこまで知られていてはもはや何の言い逃れも出来ないと悟ったのだろう。

 むしろ清々しいくらいに殺気を振りまいて俺の視界にその身を晒す。


 その姿はまさに、夜闇に紛れ人を襲うに相応しい漆黒の風貌。ご丁寧に黒い布で顔中を隠し、見えるのは目だけといった有様だ。

 その目には不気味なものを見るかのような視線を湛えていたが、それを押し殺すかのようにより強く殺気を放ってくる。


 まるで……いいや、むしろ『俺、暗殺者』と言わんばかりの姿をしている。これほど自分をアピールしてくれては逆に白けてしまうというものだ。


「よく、わかったな」


 暗殺者の一人……この声は男だ。多少年季の入った声。しかしそれだけでもその男がその道で生きてきたことが伝わってくる。


「伊達に歳は食ってないからな」

「……小童が、ぬかしおる」


 へらへらとした笑い声が場を支配する。

 その中で唯一と言っていいだろう、俺の事を油断なくまっすぐ見据え、冴え渡る刃のような気配。

 最初に声をかけたこの男。彼だけは本当は確証がなかった。

 それだけ気配を隠す術に長けていて、まるで闇と同化でもしていたのかと思うほどだ。


 姿を見せてくれなかったらいるかどうかすらわからなかっただろう。

 俺は片手でクイクイっと暗殺者全員を挑発するように動かしてやり、見下すように笑ってやる。


「……かかってこいよ」

「やれ」


 俺のその一言。それで今までの妙に軽い空気は一気に霧散し……男の一言で彼以外が一斉にかかってきた。

 光を嫌うかのようにいくつもの黒い線が闇を移動するように走り、俺の元へと迫ってくる。


 俺の視界いっぱいに広がる闇衣は煌めく刃を握りしめて鋭い一閃を繰り出してきた。

 それに合わせ、俺は拳を合わせる。


 左頬をかすめるその切れる一撃には一瞥もくれず、そのまま右拳を襲いかかってくる奴の顔面に命中させ、思いっきり振り抜いてやる。

 相手の勢いと共にカウンターを決めてやると、そいつは一発で闇から引き剥がされ、今度は地面と同化する。


 息もつかさず襲いかかる二つの刃を交互にかわし、背後から襲いかかる男に対しては最初の男と同じ要領で向かってくる勢いをそのまま裏拳で返し、そのまま体を下へと沈め、右足を突き上げて男の顎を撃ち抜いてやった。


 これで三に――!?

 不意に感じた濃密な死の匂い。それを感じ取った俺は、振り向きながらその場を離れる。

 改めてそこを見ると、いつの間にかいたのは俺と言葉を交わした――暗殺者のボスとも言える男の姿。


「ふっ、気づくか。わしの気配に」


 心底面白そうに笑う奴の目には、狂気じみた喜びが浮かんでいた。

 そこには強者と出会えた感謝。自身の力を存分に発揮できるであろう者に出会えた嬉しさがにじみ出ているような気がした。


 そのまま何も言わずに姿を消すその男は、まるで最初からそこにはいなかったのようだ。

 正しくプロフェッショナルと言って差し支えないほどの気配の消し方。


 残った二人の雑魚が霞む程の強さだ。

 しかし彼はその二人がいる間は闇に潜んで中々姿を現さない。実に厄介な男だ。


 俺がそういう風に考え事をしている間にも雑魚と心の中で罵った二人が連携しながらこちらに攻勢をかけてくる。

 必ず俺の前後か左右に位置して攻撃を繰り出してくるが、これが中々厄介だ。


 なにせ彼らの攻撃には対処できるのだが、息がピッタリで避けた瞬間次の攻撃への対処を要求させられる。

 おまけに隙をついたら残った熟練者である男が息をするかのように死を振りまいてくるのだから困る。


 ……やはり、ここは魔法に頼るのが一番か。


「大地を揺るがせ我が魔力。他者の行動を阻害せよ【ランドシェイク】」


 再び攻撃を仕掛けてこようとした二人組がこちらに向かってきた瞬間、大地に干渉する魔法を使う。

 俺の周囲の大地が激しく揺れ、彼らの体勢を崩したその瞬間、一人ずつ確実に拳を打ち込んで仕留めていく。


 こっち側ははじめから揺れることを覚悟してるわけだし、攻勢に出るのも容易いというものだ。

 とは言え、こちらも崩れた体勢のまま。やはり一撃とはいかず続けざまに蹴りを放って完全に戦う意識を断っておく。


 最後に残った男との戦いの時に、取り巻きの連中が戦線復帰するという状況はなるべく避けたいから、極力周囲に気を配りながら念入りに。


「これで最後……残ったのはお前一人だぞ」

「……」


 二人を倒せば何かしらのリアクションがあるかと思っていたのだが、闇に紛れたまま、かすかな気配以外なにもしない。姿形も見えないというのは始末が悪いな。

 全く……これは、また長い戦いになりそうだ。

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