第33幕 はじめての交流
「あ、あの、会合に行く、というのはわかるんですけど……どこに行くんですか?」
馬車の割には全く揺れず、乗り心地もいい。
座る場所にはクッションが敷いてあり、その柔らかさが更にこの馬車の快適さを急上昇させている。
なんてことを確認しながら評価していると、なにか話そうと一生懸命なエセルカが、つまりながら今回の旅――勇者会合で目指す国について聞いていた。
「知らない」
「えぇー……ここ出る前に聞いただろ? 確かイギランスっていう国だったはずだ」
イギランスってのは確か大陸の東側に位置している。国の中央の方に大きな湖があり、海と湖が川で繋がっているそうで、入り口・出口になるに成り得る部分があるところから、運河として利用しているらしい。
ジパーニグからだいぶ離れていて、この馬車で勇者会合の行われる首都まで行くのにはおよそ十日ぐらいかかるのだとか。
「馬車ってのはもう少し速いもんじゃないのか?」
徒歩で行くのにおよそ十一日半程かかる。ということは一日半分早く着くとは言え、ちょっと遅いんじゃないだろうか?
普通の馬車だったら後二日ぐらいは早くなると思うんだが……という疑問に答えてくれたのはエセルカだった。
「えっと、鎧馬はね、頑丈に作られてる分、動きが遅くなるの。
その分馬と違って疲れないし、ご飯も食べない。体調に左右されないし、怪我もしない。
力も強いから移動するお部屋みたいな扱いが出来るんだよ。
だからこの馬車も大きいし、食料がいっぱい積めるんだよ」
「へー、エセルカちゃんって博識なんだね」
「あ、そ、その……はい……」
恐らく自分で調べたのだろう。
まるで俺に褒めて欲しくて自信ありげに披露したのだけれど、別方向から褒め言葉が飛んできて、思わず俺の服の裾をギュッと握りしめてきた。
相変わらず初対面の人には人見知りする子だ。
……と言っても、この司ってやつ。どうにも気に入らない。
エセルカにはその軽薄そうな笑みを深めて、エセルカに取り入ろうとでもしているかのようだ。
その点で言えばくずはの方が好感が持てる。口調があれなのは少しいただけないが、英雄召喚で無理やり呼び出されたという立場上、態度が硬化するのも仕方ないことだろう。
「それ、お城で教えてもらったじゃない。博識だねーなんて、馬鹿にしてるみたい」
「……ちょっと黙っててくれないか?」
大して面白くもなさそうに景色を見ながら、これまた不機嫌そうに話すくずはに対し、ムッとした様子でにらみつける司。
頼むから異世界から喚ばれた者同士で仲違いするのは止めて欲しいものだ。
これじゃあ知らない俺とセイルが原因みたいじゃないか。
「な、なぁグレリア」
「あん?」
「あのくずはって子、大丈夫なのか? なんか気丈に振る舞ってるっていうか」
セイルの方がいきなり小声で話しかけてくるもんだから、何を言うのかと思いきや、そんな心配をしてたのか。
というか、くずはが強がってるように見えるってことはセイルも少しは成長したのかもしれない。
「そう思うなら、お前もあの子を気にかけてやってくれ。俺の方は司の方を見張ってるからさ」
「ああ、エセルカが心配だもんな」
なんでそんなにニヤニヤと俺の方を見てるんだろうかね。
確かにエセルカも心配だが、それ以上に司ってやつが問題を起こさないようにしないといけないからな。
俺が見てやれる範囲だけでも気を配っておいたほうが良いだろう。
それに……くずはのことはセイルに任せた方が良い気がする。彼女には、セイルのようにまっすぐな奴の方が打ち解けやすいんじゃないだろうか? と考えた結論だ。
「おう、俺に任せてくれ!」
「……二人共何を話してるの?」
司にたじたじになっていたエセルカが話題を変えるかのように俺達の方を伺ってきた。
それをあからさまに面白くなさそうに鼻を鳴らして見る司に対し、より一層不信感を募らせる……が、彼も英雄召喚で強制的に喚ばれた身だ。
心が不安定になっているのかもしれない。そういう事を考えたらうかつに言葉には出せないのだけれど。
「せっかく今代の英雄――勇者と旅をすることになったんだ。
出来る限り学ばせてもらおうと思ってな。な!」
「あ……ああ! そうそう!
授業とかじゃわからないことが聞けそうだし、良い機会だと思ってな!」
俺が鋭く視線を投げかけると、セイルもそれを察知したかのように合わせてくれた。
流石俺の弟分のような男だ。ぽろっと本音を言わないでいてくれるのは助かる。
司は若干怪訝そうに俺達のことを見ていたが、納得はしてくれたようですぐに満足そうに頬を緩めていた。
大方、俺達は彼ら勇者を慕っている現地人の子供、と言ったところだろう。
そう思ってくれるならそれでいい。俺の方にも都合が良いからな。
護衛役で、馬のゴーレム――鎧馬に指示を出しているミシェリさんは彼らのことをどれだけ知っているのだろうか?
そんな事を考えながらふと窓の方に目を向けると、そろそろ日が沈み、もうすぐ夜がやってくる。
二人の勇者と共に過ごす、最初の夜が。
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