第17幕 魔方陣の書
魔方陣とは邪神ファルトが生み出した恐るべき暗黒の法である。
魔素に満ちたこの世界で唯一魔力を使わず発動するものであり、魔方陣には邪神が祝福を与えた者にのみ使える陣であり、邪神の力を引き出す効果がある。
これを使用する者達は我々がアンヒュルと呼称する人によく似た種族であり、その実態は邪神の体から生み出された悪しき存在だとされている。
彼らはその全てが邪神の加護を受けており、繰り出される魔方陣からの異形の法は万物を歪め、正しきものすら醜く汚す。
我らのことをヒュルマと蔑称し、その邪神から授かりし力を持って破壊と略奪を繰り返し、この世全ての悪を体現した者たちである。
異世界からの英雄たちがいなければ、我々は彼らに蹂躙されるしかなかっただろう――。
――魔方陣と呼ばれる邪神の法より抜粋――
――
「……なんだ、これは?」
この本に書かれている嘘に、俺は信じられない顔でその本を見ていただろう。
王立図書館にあると言うことは、かなりの人間がこれを読んでいることだろう。
ならば、彼らにとってこの本に書かれていることが真実。
魔方陣とは邪神が作り出した魔法であり、これを使う者は邪神の化身ということだ。
「……あり得ない」
いつの間にか俺は、この本を握りしめ、走り出していた。
もし、これがこの世界の常識なんだとしたら……憤りすら覚える。
魔方陣が邪神の法? ふざけるな。
これは創造神が作り出した、彼の力を引き出す魔法だ。
ならばなぜこんな本が? もしかして、これが神が俺を転生させた理由なのか?
胸中の疑問・疑念を押さえ込み、俺は受付でこの本の貸出手続きを取り、セイルと合流する。
「おう、グレ――どうした? 複雑そうな顔して」
「……悪い。今はちょっと上手くまとめられそうにない。
帰ってから話すのでいいか?」
「あ、ああ……」
俺の表情に何か思うところがあったのか、セイルはそれ以上何も聞いてこなかった。
本当は今すぐにでもこれが――この本に書かれている事が真実のことなのか問いただしたい。
だが、ここでなんと言って口にすればいい?
いきなり知ることになった事実。それは俺が不安を感じていたものの正体。
だけど……それなら納得できることがあるのもまた事実。
なら、今は下手に色々聞くことより、冷静に頭を働かせるのが一番なはずだ。
感情のままに動くところを間違えると……それは必ず取り返しのつかないことになるのだから。
――
「それでどうした? 図書館でなにかあったのか?」
セイルは部屋に戻った瞬間、俺に向かって神妙な顔で問いただしてきた。
帰っている最中も俺はずっとだんまりを決め込み、考え込んでいたからだろう。
俺が悩んで出した結論。それはこの本が真実であるかどうか聞くことだった。
結局出たのは簡単な答えだったが、逆を言えばそれ以外は何も聞かない……そういう選択をしたとも言える。
図書館で借りてきた『魔方陣と呼ばれる邪神の法』の本をセイルに見せ、選ぶように言葉を紡いだ。
「セイル、この本のこと、なんだが……」
「ん? ああ、なんだ。それの事でそんな風に思いつめてたのかよ」
はっはっは、とからからと笑うセイルがまるで嘘だったと言っているかのように聞こえた。
だが……。
「それ、最近出版した本だろ? 授業でもどうせ教わるのに、マメだよな、お前も」
「授業で……?」
「ん? 当たり前だろ。アンヒュルと言えば、幾度となく英雄に撃破された魔人共の総称じゃねぇか。
最近の教本や
……その言葉で、俺は妙に納得してしまった。
わざわざ言葉を紡いで詠唱する魔法……魔素なんて本当にあるのかどうかすら怪しいものを使って発動させる魔法が発展した背景を垣間見た気がしたからだ。
「どうした? 俺、変なこと言っちまったか?」
「……いいや、前に北の村から来たこと話しただろ?
あそこはそんな事すら教えてくれなかったんだなと思ってな。
邪神なんて物騒なのがいるもんなのかってな……」
「んー、まあ仕方ないんじゃねぇか?
別に畑仕事なんかにゃ必要ない知識だからな。
村には本も置いてない場所があるし、な」
そうやって田舎出の俺に対してもなんの嫌味もなく接してくれる。そんなセイルだからこそ、今の話を素直に打ち明けることが出来たのかも知れない。
まだ色々悩むところはあるが、それでも彼の言葉が多少なりとも俺の疑問を解消してくれたのはまず間違いないだろう。
――
……そしてその日の夜、あれから色々と考えてしまったせいか、全く眠れなかった。
魔方陣のこと、邪神のこと……この世界のこと。
邪神ファルト――それは恐らく、俺の旧姓。英雄グレリア・ファルトのことを指すのだろう。創造神である彼に名前なんて自己を固定するものは無い。神と言えばこの世界を構築した彼一柱のみだからな。
後は人が勝手に作った架空の神か……今みたいに誰かの名前を使った偶像だ。今回は間違いなく後者だろう。
そう思えば少女が俺のことに関してグレリアの名前を使っていることに激怒していたことも頷ける。
『グレリア』というのも、ファルト神に何らかの関わりがあるキーワードだからだろう。
なんで邪神扱いされているのかはわからないが……俺はまだこの世界のこと、今の時代のことを知らなさすぎる。
……もっと、もっと広い世界を知る必要がある。今はまだ学園生活に甘んじている身であっても、な。
なんてことを考えたりしていた三日後、何故か俺とセイルは仲良く遊びに行っていたことになっており、その事に対して不服そうに文句を言ってきた一人の人物がいた――。
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