第5幕 再会
どうやらかなり不評を買ってしまったようで、合図もなしにいきなり試験官が俺に向かって左肩口から斬りかかってきたんだが、それを地面に頭をぶつけるような勢いで思いっきりしゃがみ、そのまま水面蹴り繰り出してやった。
剣を振り下ろした状態で完全に隙だらけのその足に、地面を這う足蹴りは避けることが出来なかったようで、そのまま足元を刈り取られて無防備に倒れてしまった。
「なっ……!」
驚きの声をあげてる試験官の首筋を刈り取るように踵落としを繰り出してやり――ぎりぎり寸止めで終わらせる。
「これで終了……でいいか?」
「あ、ああ……」
俺の足を呆然と舐めるように見ていた試験官は、その呆然としていた意識がはっきりとしてきたようで、ゆっくりと頷いていた。
「……! つ、次! エセルカ・リッテルヒア!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
おお、どうやら俺の次が彼女だったようだ。
ちょうどすれ違いになった形だからで、その八の字に曲がった眉と相変わらずじとっとした目が俺のことを見つめていた。
「エセルカ、次頑張れよ」
「う、うん……ありがとう」
照れるように笑う彼女は、幾ばく緊張がほぐれたようで、若干表情が柔らかくなってきた。
……相変わらず眉と目は変わらないんだが、こればっかりは生まれ持ったものだから仕方がないだろう。
そんな彼女が使う武器は細剣――と呼ぶには少々太めだが、普通の剣よりは細い……そんな武器で、一応斬りつけることが出来るように両刃のものを使用していた。
エセルカがリングに上ったことで平常心を取り直したのか、コホン、と一つ咳をして剣を構えていた。
彼女の方も緊張した面持ちで細剣を構えて――「始め!」の合図とともに駆け出していった。
おお、随分と思い切りの良い動きだ。
しゅっしゅっと小気味のいいリズムと共に繰り出される刺突は、試験官の動きを翻弄していった。
あの小さな体格からそのすばしっこい動きは小動物のそれを思わせるようだ。
試験官の斬撃をかわすその姿も、少し余裕があるように見えるし、少なくとも貴族達の道楽剣術よりはずっと良い。
ただやはり体格差があるからか、鍔迫り合いになって力で押されるとすぐによろけてしまっていた。
彼女は根本的にそういうことをするのには向いていない。かわしながら攻撃を加えるスタイルに磨きがかかればきっと今以上に戦えるようになるだろう。
俺よりも幼く見えるのに、こんな動きが出来るやつがいるなんてな……。
「これで――」
試験官の剣と刃を合わせた瞬間、すぐさま刃を横倒しにして細剣が滑らせていく。
そのままの勢いで首筋に剣を突きつけ……これで試合終了といったところだ。
「――お、終わりです、ね」
「あ、ああ――」
妙に締まらない決め台詞で終わったが、内容的には悪くない戦いだった。
――
「はい、これで実技は全員終わりです。結果は三日後、学園の入り口に張り出しているので、各々確認するように」
それだけ言うと、試験官達は早々に引き上げていった。
なんというか、えらく事務的な男たちだな。
しかも貴族たちも試験官たちが引き上げてすぐ、ほとんどが帰っていってしまった。
身内――というより上流階級だけで固まっている辺り彼ららしい。大方、帰ったら食事やらなんやらで華をでも咲かせてるんだろう。
全く、どの時代も貴族ってのは良いご身分だよ。
ちなみにあの中には前に会ったアルフォンス・吉田もいたんだが、俺のことはどうやら忘れているようだったな。
こっちはその妙ちくりんな名前のせいで覚えてしまったというのに。
だがまあ、いくらかそれも薄まったかも知れない。貴族じゃない奴らとそうじゃない奴らが名前で見分けが可能になっていたしな。
スズキやらサイトウやらと特徴的すぎるだろう。
「あ、あの……」
「うん?」
貴族たちが自分たちで固まって帰っていくのをぼーっと見送っていると、後ろから不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこにいた小動物が困ったような顔をして嬉しそうに微笑んでいた。
「おう、エセルカか。さっきの試合、良かったぞ」
「あ、ありがとう……! その、グレリアくんもすごかった、よ!」
相変わらず何が恥ずかしいのか、微妙にどもりながら話している彼女は、思いっきり頭を下げていた。
「そうか? こっちは素手だったからな。やれることはなんだってやるさ」
「だ、だって、試験官の人は武器持ってたのに、グレリアくん、すごく余裕そうだったし……」
単に実技があるって知ったのが今日だったから、武器の用意なんか出来なかったってのが本音なんだがな。
「エセルカだって細剣で試験官を翻弄してたじゃないか」
「え、えへへ……」
それなのにどうして今はこんな感じなんだろうか? もう少し自信を持っていいっていうか……。
「え、ど、どうしたの……?」
笑っていたエセルカをじっと見つめていたせいか、また変に不安そうにしてしまっている。
八の字の眉もより一層深くなっていって、オロオロとしやがって……仕方のないやつだ。
「俺たちも帰るぞ、エセルカ」
「え、グ、グレリアくん……?」
ポン、とエセルカの頭に手を載せ、軽く撫でてやると、不安が取れたようで表情が安らいでいくのがわかる。
むしろ顔をまた赤くして……色々と忙しいやつだ。
そのまま手を離して、ひらひらと手を振ったまま、俺も泊まってる宿屋への帰路につくことにしたのだった。
「あ、ま、待ってよ! グレリアくん!」
――ついでにちょこちょこついて回る小動物と一緒に、な。
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