海上自衛隊の動向(一)

 2022年7月27日、アメリカ合衆国ハワイ諸島ハワイ島真珠湾。

 静かで薄暗い艦内。護衛艦隊本部からの通信を受け取った隊員が、艦長に報告をした。


「最上海将からです。〈おうりゅうは任務を偵察に変更。方法は問わない。即座に報告せよ。〉とのことです。」


 艦長の栗宮くりみや周平しゅうへいは、喋らずに頷いた。

 栗宮は少しの間の後に、日常会話より少し小さな声で言った。


「艦橋へ、潜航せよ。」

「潜航せよ。」


 隊員が、早口で栗宮の言葉を復唱する。そして、操舵士が栗宮に続ける。


「潜舵、解放する。」

「ベント、開け。」

「ベント、開け~」


操舵士の直後に、油圧手が他の隊員の言葉を復唱しながら、ベント弁のコックを回し始めた。

 おうりゅうは、真下に潜航を始めた。


「ベント全開。深さ18メートル。前後水平。」

「潜望鏡深度。潜航やめ。」


 操舵士が言った。


「外の状況を確認する。偵察任務という事で、隠密に行動をする………一番ひとばん、潜望鏡上げ~」


 栗宮がそう言うと、床から棒が飛び出ているところが動き、下から更に太い円筒状の物が出てきた。栗宮は、即座に取っ手を展開。覗き込みながら、勢いで一周を5秒程で回りきった。


「はい。ルックアラウンド終わり。一番、潜望鏡降ろせ。」

「…艦長。どうでした?」

「…真珠湾の…」


 栗宮は、口ごもった。だが、当然ながら部下に催促される。


「なんですか?教えて下さい。」

「ニューヨーク……真珠湾に停泊している艦艇…珊瑚海海戦の艦隊も…」

「ちょ、何言ってるんですか?」


 隊員が、また問い詰めようとすると右の方で、ガタン、と椅子の音をたてた隊員がいた。


「艦長。ソナー音、聴知。艦後方、約1,500ひとせんごひゃくメートル。」

「急速潜航。前進原速。潜航角度、50度。ベント全開……!」


栗宮はその隊員の言葉を聞くや否や、即座に判断して命令をした。


「せ、潜航角度、ご、じゅう度。」


 艦長の判断に操舵士が、驚いている。栗宮が指示した角度は、ほぼ沈没に近い。


「総員、潜航に備え。」

「急速潜航を行う。総員、潜航に備え~」


 おうりゅうは、艦内放送の後、前のめりをするように潜っていった。艦内は、どうにか転げ落ちないように、と隊員たちがなにかに掴まりこらえている。机は床にくっついているのだが、その上に誰かが置き忘れた紙とペンは無惨にも落ちていった。


「潜航やめ。舵、戻せ。」

「潜航やめ。」


 しばらくして、おうりゅうは潜航をやめた。

 すると、さすがに無茶な命令を出したからか副長が少し反抗した。


「なぜ、あんな無茶なことをするんです?!ここは、アメリカですよ?ソナーくらいで、逃げることはないじゃないですか!」

「静かにしろ。あくまでも戦闘中だ。それと、ここはアメリカだが上にいるのはここの常識を知らないと思う。信じてくれ。」


 栗宮の意味不明な発言で、さらに副長が続けた。


「はぁ?!今回だけは、我慢できません!何を言っているんですか?」


 栗宮は、興奮した副長を押さえようともせず、違う隊員に目を向けた。


「宇賀神。さっきのソナー音はどうだった?」


 突然、話をふられたことで聴音手の宇賀神は驚いてはいたが、すぐ報告を始めた。


「初めて聞くものでした。荒々しく、現代でもっとも多用されているようなソナー音ではありませんでした。」

「ど、どういうことだ?」


 宇賀神の言葉で、副長が声を震わせた。これは、怒りの震えではないだろう。


「そういうことだ。今は、私のいうことを聞け。」

「艦長。またもや、ソナー音。」

「分かった………特別とくべつ無音むおん潜航せんこう始め。」


栗宮は、躊躇ちゅうちょなく命令した。特別無音潜航は、司令部の隊員以外は全て就寝し、艦内を歩いたときに出る音等の生活雑音を海中に響かせないようにすることである。よって、艦内放送で全乗組員に伝えられる。


特無潜とくむせん始め~。」


続けて、栗宮がかなり小さな声で命令する。


「巡航速度維持。当海域から離脱。その後は機関停止。母艦を待つ。」

「巡航速度。前後水平。」


 すると、またもや、宇賀神が言った。


「恐らく、機雷発射音。我々が急速潜航したことに気付いていないと思われる。」

「了解。とりあえず、海域を離脱。一瞬浮上して、通信するぞ。」


 聴音手の言葉に、すぐ栗宮が反応した。


 最上の命令により、浦賀水道出口付近の臨時停泊域から出発した、海上自衛隊潜水艦隊第二潜水隊群の潜水艦せんすいかん救難艦きゅうなんかん『ちよだ』がおうりゅうと合流したのはこの一週間後の事だった。

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