第2話

 1941年11月25日、大日本帝国北海道択捉島単冠ヒトカップ湾。

 昨日は、艦長は会議や面談や食事会やらで赤城には居らっしゃらなかった。仕方がないので待っていたら、すっかり辺りは暗くなり、結局寝てしまった。

 だが、今日は絶対いらっしゃる。なにせ、伊藤少尉がそう言うのだ。頼りないと思う人もいるだろう。だが、証拠が証明されなくとも信じてしまう程、伊藤少尉の情報は正しい。今まで、そうだった。

 私は、海軍の純白の制服を身につけ、白手袋をはめ、制帽を被った。

 身だしなみが整ったことを確認し、副長室の扉を開ける。




 しばらくして、艦橋に着いた。

 艦橋の窓から外を眺めているのは、長谷川はせがわ喜一きいち艦長である。


「艦長。山本五十六連合艦隊司令長官殿から、直筆の手紙を預かって参りました。」


 長谷川艦長が、ゆっくりと振り向く。


「内容は?」

「…読み上げても、よろしいのですか?」


私は、慎重に問いかけた。


「構わない。読んで聞かせてくれ。」

「分かりました。では……我々は、作戦実施ニ必要ナル部隊ヲ適時作戦海面ニ向ケ進発セシムべシ、との大海令の通達を以て、貴艦隊はハワイ島北へと進軍。中米英蘭国軍の挑戦を受けたる場合は、武力行使もやむを得んとす。直後、ハワイ諸島の真珠湾を貴艦隊が強襲する。今日こんにちの日本海域は荒れに荒れている。灰色の艦隊に注意せしむべし。作戦開始は、直前に報告す。新高山にいたかやまを登る日は近い………」


 読み終えた後、しばらくの沈黙があった。すると、長谷川艦長が口を開かれた。


「真珠湾攻撃……今、このときにやるのか…」

「艦長。この際なので、聞かせていただきます。灰色の艦隊とはなんですか?なぜ、今やるのを躊躇うのですか?」


 私は、勢いに任せて艦長に質疑をした。無礼であったことは、重々じゅうじゅう承知しょうちだ。だが、やはり“灰色の艦隊”とは意味が分からない。…写真で写せば、モノクロになるな。……いやいや、さすがにこの事じゃあるまい。

 私が質問しても、長谷川艦長は口を開かず、ずっと飛行甲板を眺めていた。

 私はうつむきながら、


「失礼します。」


と一礼をして、艦橋を後にした。




 私も、特にすることがないのでデッキに出て、飛行甲板に埋められた板を見ていた。よく見ると、新しい板が所々ところどころにある。そして、外は寒い。ここは、北の方だから当然なのだが。

 そうして、時間を無駄に過ごしていると遠くから甲高い音が響いてきた。私は、後部デッキの方に出ていたのでその正体はすぐに分かった。

 第一航空艦隊の戦闘機、爆撃機、攻撃機群だ。航空機は、かなり密集していて、まるで集団行動をする鳥のようだ。

 航空機は着艦のため、航空母艦の周りを回り始める。そして、隊長機が綺麗に飛行甲板に吸い込まれていくように着艦した。すると、隊長機の『零式れいしき艦上かんじょう戦闘機せんとうき』から下げられていたフックに速度を抑えるためのワイヤーが架かる。機首きしゅが少し前のめりになりながらも、急速に減速し赤城の飛行甲板に押さえつけられた。そこに、そでで待機していた整備士の三人が駆けていった。次が着艦するまでに、これを格納するか、邪魔にならない場所に移動しなくてはならない。右翼、左翼、水平尾翼に一人ずつ付き、押し始めた。操縦士は引き続き、航空機を動かすためラダーを踏んでいる。

 隊長機が少し移動したところで、二機目が着艦に入った。隊長機よりは、風にあおられて少しぐらついている。それは気にせず、問題が無いように着艦していく。

 私は、航空機が迫ってくるさまを全ての機が着艦するまで見ていた。

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