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ファイが目線をこちらに向ける。頷いてやると弾かれたように走り出した。姿勢は低く、なるべく速く。いい感じだ。
自分もすぐ走り出し、ファイの後ろをついていく。
獲物はすでに罠で左前足を折っているが油断はならない。こういうときの本能が最も怖いものだとずいぶん教えられた。ファイにもそう教えている。
ファイが投石器を構えた。いい距離だ。
石が飛んでいくと同時に全力で走り出す。
狙い通り。無事だった右前足を捉え、粉砕した。
直後、獲物の首にいつもの棍棒を叩きつける。終わりだ。
「血抜きして持って帰るぞ」
この日の獲物はしばらくぶりに村全員に行き渡る量だった。俺とファイの二人でギリギリ持ち帰れる大きさのものが5つもある。これでまた村人たちは俺らに文句を言えなくなる。
「ネイピア、これでいい?」
「ああ、そんな感じでいいよ。言った通りだ」
そう返すと屈託なく笑ったファイの腕には、鳥の羽のようなものが生えていた。
ファイを見つけ拾ったのは丁度季節2回り分前で、俺は変わらず今の村で獲物を狩っていた。と思う。
なんせテキトーに村人の作物をわけてもらいながら生活して村全員が食い詰めたときだけ狩りに出る、の繰り返しだけの生活だ。そんな昔のことなんか覚えちゃいない。
ファイは村外れの洞窟に一人で倒れていた。腕から羽が生えていたし、他所の村から捨てられたんだろう。俺には何もおかしなものは生えちゃいないが俺も今の村からつまはじきにされる寸前だ。親近感が湧いた。よし、の一言でファイをうちまで連れ帰った。
拾ったあとのことはよく覚えてる。ファイはあまりにも素直だったし、あまりにも物覚えが良すぎた。
俺が苦労して開発した投石器の使い方もものの数回で完璧にした。血抜きや解体、保存処理ももうすぐ教えることがなくなる。次は何だろうな、一緒に罠でも考えるかな。
家までたどり着き、収穫を村人らに配るために解体していると早速来やがった。もう日も落ちるってのに。
「ネイピアさん、ごめんねぇ」
「まだバラし途中だよ、明日じゃだめか?」
「育ち盛りがいるから」
無言で切り分けたひと家族分を投げる
「これだけかい?」
「そんだけだよ」
「そうかい」
奥に転がってる未解体の一つを見ながら言われてもそれは俺らの分だ。おまけに半分くらいは罠やら道具に使う。あいつらには3日分、俺らのは7日分ってとこか。俺らが狩ったんだからこれくらいは当然よ。
翌朝、ファイには獲物の巣の周りや縄張りを見回りに行かせた。当然村人の知らないルートで、誰も起きていない時間に、だ。
俺は俺でやることがある。死にかけてる村人どもに配って歩かにゃならん。
大抵は礼もない。いつもは俺がタカる側だからなんとも思わない。俺も言ってない。
「おい。持ってきたぞ」
「すまんな。置いといてくれや。うちで最後か?」
「ああ」
「座れ。ちょいと話がある」
酋長だけは別だ。俺を置いといてくれているし、ファイの件も取りなしてくれてる。ただ、たまに厄介事を持ってくる。
「ネイピアよ、お前さん羽つきはどうしてる?」
「どうもこうも生きてるよ。狩りも手伝わせてる」
「そうかい。で、話なんだがね」
結論から言えば間違いなく厄介事だった。
羽つき、体の何処かに羽が生えた連中の話は微かに伝わっている。
曰く、「神代の生き残り」、「食べたら不死になる」、「あらゆる病を治す力を持つ」とかなんとか。これ以外にも本当かどうかわからん事ばかりだ。
それを神様の巫女さんが探してるとお達しがあったらしい。だから羽が生えてる人間は面倒ごとになる前に刈っておくか渡すか隠すかしておけと。
「ファイを拾ってからお前もずいぶん変わった。ここで二人が離れるのは誰にとってもよくない」
「ご忠告ありがとさん」
「説教ついでにいつもの薬草だ。持っていけ」
立ち上がりざまに投げつけられた束を掴んでそのまま立ち去る。そろそろファイも戻ってくるだろう。
「戻ってるか?」
「おかえりなさいまし。勝手に上がり込んでるよ。この辺でおかしな男の子を見てない?例えば」
何故だ。この隠れ家には誰も上がらせた事はない。そもそも場所も俺とファイにしかわからないはずだ。
「何故ここがわかった、という顔をしているが私にわからないことはない。この場で君がファイについて何も語らない事も含めて」
なんだこいつは
「なんだこいつは」
俺の考えていることがわかる?
「君の考えていることがわかるわけではない。全てを知れる立場にいるだけだ。今回は挨拶だけさ。またね」
投石機を構えると、既にそいつの影はなかった。
「妙な人に会ったよ」
直後、ファイが帰ってきて語りだした。
「なんだか見たことない白い服を着ていて、顔は隠れてた。羽つき?を探してるから見つけたら教えて、だって。多分僕のことだよね?」
「そうだな……」
「巫女だって言ってた」
「薬草だ。明日の準備するぞ」
素直に返事をして束を解き、手際よく処理していく。
神さまの巫女ね。
神さまってのが酋長らのまとめ役らしい。巫女ってのはその神さまに使えてるらしい。俺らが知ってるのはそのくらいで、酋長も話さないし関わりたくなさそうにしてる。
「終わったよ」
考えごとをしてるうちにファイが作業を終わらせていた。
「巫女さん、なんの用だろうなあ」
「知らん人についていくなよ」
「わかってる」
酋長には悪いがとっとと村を出て別の村にでもいくべきかもしれない。姿をかくした方がいい気がしてきた。
翌朝。
獲物どもの縄張りを二人で見回りに行く。ファイは身軽なので木の上から、俺は下から。
手振りで足跡の場所がいつもとほとんど変わらない事を伝えると、ファイは食事の跡が違う場所にあることを伝えてきた。縄張りが変わっている?
しばらく調べたが、やはり違う種類が入り込んできていて獲物の縄張りが変化しているようだ。
「ネイピア、これはどういうこと?」
「ああ……」
答えようとした矢先、自分たちの居場所がいつも調べる範囲を超えていることに気付いた。何故なら――
「ごきげんよう。ファイ、ネイピア」
目の前に、洞の中で火が燃えているが一切外側に漏れ出ていない大木が現れたからだ。
雷に撃たれた直後のようなその木は、近寄りがたいほどの火が内側にあるというのに全く外から熱を感じず、巫女はその木を哀れむように手を触れ、俺達に話しかける。
「神様があなた方をお呼びです」
「あなた方?俺もかよ」
「どうせついて来るつもりだろうに。投石器は隠していても闘志は隠しきれていない」
ファイは木の上で警戒を解かない。いい子だ。
「反論は無さそうなので行きますよ」
そう言った瞬間、意識が落ちた。
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