第083話 タイタの迷宮
タイタの迷宮は北壁の下層と同様に石回廊でできていた。
分岐は少ないが道幅は広く、直線が多い。
ここで出現する魔物はエルダーオークという比較的強い魔物が出るが、縄張り意識が強いらしく単体でしか出てこない。
そのため、比較的難易度が低いとされていたのだが、どうも様子がおかしい。
「ふぅ……これで全部だな」
「ええ、そのようね」
大きな灰色の狼の魔物、キャニウルフの群れだった。数にして15匹ほど。
この規模の群と戦闘したのはもう4回目だ。
セイナやケディが言うに、キャニウルフが下級冒険者向けのタイタの迷宮で出現した報告は無い。
しかもこんな群を成しているなら、下級冒険者だけでは危険だろう。
セイナには守りを固めてもらって、実質僕とカヨの二人で殲滅していた。
囲まれると危ないし、時間がおしいのもあってカヨが火の上級魔法で先制している。
半壊した群を矢で射り、残り数匹を僕が接近戦闘で倒す形だ。
キャニウルフは大きな狼だが、攻撃方法が体当たりと噛み付きしかない。数が少なければ回り込まれる心配も無く、僕にとって処理は簡単だった。
チンッと鍔鳴りさせてカヨは刀を納めた。
ただ彼女の動きは段々と鈍くなっている。流石に疲労が濃いように見えた。
「カヨ、少し休もう」
「私はまだ……」
「後ろの人達も辛そうだし、お前だって昨日もろくに寝てないんだろ? 大部屋で見たフィラカス達と戦闘になるかもしれない」
迷宮は半分を過ぎたあたりだが、幸いにもフィラカス達とはまだ遭遇していない。
このまま出会さないことを願うが、もしも出会った場合が問題だ。
消耗した状態での戦闘は負ける確率が高まる。
「肝心な場面で魔法が使えないなんて最悪の事態は避けたい。だから一旦休憩しよう」
「……わかった」
セイナが後ろからカヨの肩に毛布をかけて、水筒とパンを差し出した。
「ありがとう」
「カヨは少し寝たほうがいいと思いますよ。見張りは私の方でやっておきますから」
時間的にも夜更だろう。睡眠を取ってもいい時間だと思う。
「そうさせてもらうわ」と言ってカヨは渡された食べ物に口をつけ、すぐ通路の隅で毛布に包まり横になった。
やはり、かなり無理をしていたようだ。
……………………
セイナは小さな鍋でお湯を沸かし、パンと干し肉を入れた簡単なスープも作っていた。
ケディと助けた女性らは一瞬で平らげている。
衰弱している彼らには、温かくて柔らかい物がいいだろう。
僕もセイナにパンを渡されたが、一口だけ齧って自分の雑嚢に入れた。
しっかりと夕食を取れたので空腹感はあまりない。
それに……僕はまた、人殺しをした。
村の惨状、牢屋での行為を見れば殺されて当然の連中だと思う。
……いや、今はまだ深く考えずに『殺されて当然の連中』だと言い聞かせ、自分を正当化してるんだと思う。
その証拠にとてもじゃないが何が食べたい気分じゃない。振り返って感傷に浸る状況でもない。
今はまだ、それを考えるときじゃない…………
そんな僕を気遣ってか、セイナは優しく語りかけた。
「ジンも疲れているでしょう。横になりますか?」
「……いえ、まだ大丈夫です。迷宮を抜けてから休憩を取らせて下さい」
僕が魔法を使ったのは数時間前だ。それも簡単な足音を消す魔法を一回だけ。
変な興奮もあって眠気は全くなかった。
「カヨの隣、空いてますよ?」
「…………」
この微笑みは残念な方のセイナさんか。
「しかし彼女はとんでもない魔法使いだな。 詠唱速度も飛び抜けてる上に、あんな威力の上級魔法を連発出来る奴なんて見たことない」
食べ終えたケディは少し興奮気味だった。
助けた女性たちはグッタリしているが、彼は冒険者だけあって、かなりタフなようだ。
「後ろから撃たれる身としては、ゾッとしますが……」
「いやいや、命中精度も相当なものだった。あれなら背中を任せれるってもんだよ。俺も魔法に関しては才能がある方だと思って、魔物討伐者になったんだが……上には上がいるもんだな……」
「へぇ、ケディさんも魔法使いなんですね」
それからケディの魔法談義が始まったが、僕自身は本当に才能が無い事を伝えるとかなりガッカリしていた。
挙句、「そんなのでよく冒険者を志願したな」と同情までされた感じだ。
ーーカラ……カラ……
「ちょっと静かに」
僕はケディとの話を打ち切り、耳を澄ませた。
遠くから足音が聞こえる。数は一匹か二匹……少なくとも狼の群ではない。
「少数だと思いますが、奥から敵がきます」
「そうか、俺も少し手伝おう」
少し覚束ない脚でケディは立ち上がり、パンパンと顔を叩いて気合を入れていた。
セイナの予備を借りたのか、手には小型の杖を持っている。
僕の目からはとてもじゃないが戦える状態には見えない。
「ケディさん、無理ですよ」
「体力の方はまだまだだが、魔気は十分だ。後ろで攻撃と防御魔法を唱えるくらいは出来る」
カヨは先程から横になって寝入っている。
攻略の要になっている彼女は一番疲弊している。できるだけ起こしたくない。
それにケディの方が冒険者としては先輩だ。
少しくらいは先輩を信用してもいいだろう。
「……くれぐれも無理はしないでください」
「ああ、わかっている」
僕はセイナに守りを任せてケディを連れ、足音の方へ向かう。
足音は曲がり角の奥から聞こえてくる。
身を隠しながらその先の様子を伺うと、巨体が一つ……暗闇でハッキリとは見えないが……人型の影がこちらに向かって歩いてきている。
「あれはエルダーオークだな」
身を乗り出したケディが敵を確認した。
エルダーオークはオークよりも強く、魔法も扱える個体も存在する。
単体で行動することが多いため、先に発見して複数人で囲めば比較的楽に討伐できる。
ただ今回は囲むほど、こちらに頭数がない。
「どうする? 俺の魔法で先制するか?」
「いえ、なるべく静かに倒したいです。 カヨを起こしたく無いので」
「お前、それは難しいだろ……」
「そうですね……だからもし失敗したら、援護おねがいします」
言うだけ言って、僕は壁から身を乗り出して弓矢を構えた。
距離にして10mも無い。
壁に寄りかかり体を固定しながら、弦を引き絞り狙いを定める。疲れがあるはずなのに、頭は非常にクリアだった。
自分でも分かるほど集中できていた。
エルダーオークもすぐに気付いて僕と目があった。
その瞬間、矢を放つ。
ーーシュ!!
「グォ……!?」
魔物の叫びは聴き慣れた風切音でかき消された。
矢が刺さるのを見届ける前にもう一矢番える。
これはニールに言われた事だが、手を離れた矢を目で追う必要はない。
一矢目は狙い通り喉に、次の矢は腿に突き刺さっていた。
「ゴボッ……!?」
エルダーオークは喉を押さえながらも、こちらを睨み闘志を剥き出している。
右手には大きな斧を握りしめ、振りかぶりながらこちらに駆けてきた。
喉の矢が致命傷なのか、それとも手負いなのか、動きは少し鈍いように感じる。
ただやはり弓矢だけで倒しきるのは時間がかかってしまう。
僕も矢を再び番えながら、静かに歩いて距離を詰め……
「お、おい……」
少し慌てた調子のケディ。
刀抜かず、弓を構えながら接近する行為は不安を覚えるだろう。
斧の半歩外の間合いでエルダーオークの踏み込みの合わせ、矢を放った。
僕の狙いは斧を持ってる腕。
「グッ!」
魔物が呻きながら咄嗟に避ける。矢は腕を掠めただけだけ。
僕は弓をすぐに手放し刀に手をかける。
当たっても当たらなくても、コレで仕留めるつもりだった。
「ッフ!」
短く息を吐いて体を流しながら、自然に刀を振り抜く。
僕の加護……危険を知らせる予知は無かった。
首切丸の切っ先には赤い血の結晶が咲いている。
エルダーオークは首を押さえながら、その場にゆっくりと倒れた。
残心でもう一撃、背中から心臓に向けて突きを入れる。
魔物は程なくして白いモヤとなって消え、矢と青い魔石だけが床に転がった。
敵が矢を避けた一瞬の隙。
僕はその時間に割り込めるほど、素早く居合い抜きを出せるようになっていた。
この連携を本番で使うのは初めてだったけど、失敗するビジョンはなかった。
それくらい集中できていた。
「お前、ニールを師匠って言ってるがアイツより強いだろ?」
呆れ半分と言ったところでケディが話しかけてくる。
「師匠は師匠です。 弓や斥候としての腕はまだまだですよ」
「そうなのか? 俺にはあまり違いが分からないが……少なくとも戦ったら負けないだろ」
「斥候の優劣は戦う前の話ですから……」
ニールと親しい仲だけあってか、ケディは遠慮がない。経験の浅い僕としてはニールに教えられる事が多く、師弟という立場はまだまだ揺るがないと思うのだが……
僕は戦利品の魔石と、落ちている矢を確認した。
矢は折れてなく、再度射る事が出来るだろう。ただ、落ちている矢……つまり魔物に『刺さった矢』三本。
僕が放った矢は三本だが、当てた矢は二本。
奥には当たらなかった矢が転がっていた。
「どうした?」
「この矢、少し長いですね……僕の矢じゃない」
僕の弓は安物で小さい。矢もそれに合わせて短めの物を使うようにしている。
威力や射程、命中精度も落ちるのだが、軽くて携帯性が良い。
何よりもお財布に優しい。
……まあそれは置いといて、これはもっと大きな弓で射る為の矢だ。
「俺は見てないが帝国の連中はフィラカスを使って迷宮の魔石集めをやらせてたんだろ? そのフィラカス達と戦ったのかもな」
「可能性はありますね」
「フィラカスを手名付けるとか信じられないが、あんな巨人までこしらえてる連中か……何が出来ても不思議じゃない」
ケディは震える拳を握りしめ、歯がみしていた。
「俺もフィラカス相手ならやりようはある。 でも、あの巨人相手には何もできなかった」
あの巨人というかロボット相手には普通の魔法使いや剣士では、対抗する事が難しいだろう。
僕だってまともな策は思い浮かばなかった。
「帝国は戦争を仕掛けようとしているように見えます。僕らはそんな準備、できていないから……」
「”だから仕方ない”で済ませて死ぬのは御免だ。 俺は最後まで足掻くタイプだからな……奴らに一矢報いてやるさ」
そう言ってケディは引き返して行く。
絶望や諦めなどなく、反抗心の塊のようだ。
瀕死になるまで拷問を受けたのに、彼の心がまるで折れていなかった。
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