第32話 50階層の主

 マオたちが50階層に到達すると、豪華な扉がお出迎えしてくれた。


「ダンジョンに、似つかわしくないくらいの豪華さね」


「最後だからじゃないか?」


「いったい、どんなのがボスなんでしょうね?」


「ドラゴンでないことを祈るばかりだな」


「それは言わないでよ!」


 ボス部屋の扉に手をかけ開けていくと、部屋の中は暗闇に包まれており全貌が見えない。


 仕方なく、そのまま扉を開けつつ進んでいくと、いきなり空中に火が灯る。


(ボウッ)


(ボッ……ボッ……ボッ……)


 両サイドに灯ったその火は、見る見るうちに伝播していき、奥へと続いていく。


「見事な演出だな」


「綺麗ですねぇ」


「強そうな雰囲気が、ものすごくするんだけど」


 火が灯ったことによって明るくなり、ようやく部屋の全貌が把握出来た。


 広さとしては、ドラゴンがボスだった40階層とさほど変わらず、広々とした空間であった。


「ここのボスも大きいのでしょうか?」


「どうだろうな? 肝心のボスがいないんじゃ、わからないな」


 マオたちが部屋の中央付近に近づくと、その先に魔法陣が浮かび上がる。


「召喚用の魔法陣だな。多少術式が違うから、ダンジョン仕様か」


「ボスが召喚されるわね」


 魔法陣がひときわ強く輝きを放つと、中央から炎の塊が浮かび上がってきた。


 やがてそれは形を成していき、人型になると、おもむろに口をひらく。


「ようこそ、生に限りあるものたちよ。我が名はイフリート。汝らの挑戦を受けて立とう」


 ボスの名乗りを聞いて、真っ先に反応したのはクリスだった。


「ちょっ!? 何でこんな所で大精霊が出てくるのよ! おかしいでしょ!」


「そうか?」


「そうなんですか?」


 マオとマールは、特に慌てた様子もなく聞き返す。


「何でそんなに落ち着いているのよ! 相手は大精霊よ! 大・精・霊!」


「そう言われてもな。ボスとして出てきたんだから、そういうもんかという認識なんだが」


「そうですね。自然界で出会えていたら驚きますけど、ダンジョンですし、さっきはドラゴンも出てきましたし」


 ひとり興奮するクリスとは違い、淡々としている2人を見ると、何か納得のいかない感じがして、頬を膨らましてむくれるのであった。


「挑戦者たちよ。さぁ、かかってくるがよい」


 こちらはこちらで、業務をこなしているだけの淡白さがあり、クリスはなんとも言えない気分になるのである。


「さて、どういう感じでいく? また2人でやれるところまでやってみるか?」


「そうですね」


「私が召喚したウルフ隊を前衛として、マールは遊撃をお願い。私は後衛で戦況の把握に務めるわ。マオは状況により危なくなったら手伝って」


「わかりました。一番槍はいただきますね」


「俺は後方に控えているとしよう」


 作戦が決まるとマールが勢いよく駆け出し、クリスは召喚魔法を発動する。


 召喚陣からは次々とウルフが現れ、イフリートへと飛びかかっていく。その中にはオルトロスも例に漏れず召喚されていた。


「ベルフ起きて。大物との戦闘が始まったわよ」


『……ん? 大物……? あぁ、イフリートね。マスターが戦わないなら、大物かもね』


「やっぱりマオだと楽勝なのね」


『そりゃそうだよ。フェルシスもいるんだし、負ける要素が全くない上に、苦戦すらしないだろうね』


「あのクソムカつく剣ね。思い出したら腹たってきたわ」


『ハハッ! 一悶着あったみたいだね。フェルシスは、クリスとは絶対に合わないタイプだからね。マスターに絶対の忠誠を誓うくらいの熱烈な信奉者だし。でも、実力は本物だよ』


「それはわかってるわよ。マグマを凍らせるくらいだし」


 呑気に武器と会話をしていながらも、クリスが戦況を確認していると、ウルフ隊の連携は問題ないのだが、決定力不足で有効打が中々出ていない。


 それはマールにも言えたことで、攻撃は当てていても、大したダメージには至っていなかった。


「このままじゃ、ジリ貧ね」


『オルトロスをもっと喚んだら? 今のままじゃ、決定力不足でしょ? 減った魔力は僕が回復してるんだしさ』


「オルトロスを喚んでも、ただの攻撃じゃ意味がないわ。属性のついた攻撃じゃないと……イフリートに対して有効な」


『それならマスターに頼むしかないね。属性付与してくれるんじゃない?』


「それしかないわね。出来れば自分たちの力だけで、なんとかしたかったのだけれど……」


 そう言うや否や、クリスは、マオに向かって駆けていくと声をかける。


「マオ、頼みがあるんだけど」


「何だ? このままだとジリ貧だし、戦闘の加勢か?」


「違うわ。私たちに属性を付与して欲しいのよ。私じゃそれは出来ないし、ベルフがマオなら出来るって言ったから」


「あぁ、出来るぞ。属性は何にする? イフリート相手なら水か氷しか選択肢はないが」


「水でお願いするわ」


「そうか」


 マオが右手をかざすと魔法陣が浮かび上がり、高速回転しだす。


「《エンチャント・ウォーター》」


 魔方陣から光が放たれ、クリスとウルフ隊たちは淡く青い光に包み込まれた。


「終わったぞ」


 この時にマオとクリスは、かけ忘れている者がいることに気づいてなかった。


「ありがとう。続きをしてくるわ」


「待て。その前に使い魔を増やせ。あの数と強さなら、属性付与をしたところで、どっちみちジリ貧だ。時間稼ぎにしかならん」


「でも、まともに戦闘できるような使い魔は、ダークウルフとオルトロスくらいしかまだ契約してないわよ。その中でも強いのがオルトロスだし」


「それなら新たに増やすしかないな。これからのことを考えると、属性を持ったやつが望ましいが、戦闘中だし時間が足りんだろう。よってオルトロスより、上位のものを召喚しよう」


 未だ戦闘が行われている中、マオはクリスに新たな使い魔と契約することを勧めてきた。


 遠巻きにはマールの射撃や、属性付与によって先程より奮戦しているウルフ隊たちが見えてはいるが、如何せんまだ火力が足りていなかった。


「いったい何と契約させるつもり? オルトロスより上位なんて私に契約できるの?」


「できるさ。俺もいることだしな。それじゃあ、そこに召喚魔法陣を出してくれ」


 クリスは訝しりながらも、言われた通りに魔方陣を地面に創り出した。


「よし、やるぞ」


 マオはそう言うと、手のひらを地面にかざし、召喚魔法陣を創り出して、クリスの魔方陣と重ね合わせた。


「これでクリスの魔法陣に、上位の召喚が可能になった」


「ほんとマオって規格外よね。普通、他人の魔方陣に、自分の魔方陣を重ねるなんて出来ないのよ。いったい何を喚び出そうとしているのよ」


「まぁ、見てからのお楽しみだ」


 重なり合った二つの魔法陣が回転し出すと、ひときわ大きな輝きを解き放ち、視界が光で埋め尽くされる。


 輝きが収まると、そこにはオルトロスよりも、遥かに強い上位個体が佇んでいた。


「なっ――!」


 そこに佇んでいたのは、オルトロスとは違い、頭が三つある正しく上位個体であるケルベロスだった。


「我を呼び出したのはお前か?」


 クリスを睥睨しているケルベロスが言い放つが、クリスはケルベロスが召喚されたことも驚きだが、それよりもケルベロス自身が喋ったことの方が何よりも驚いた。


「聞こえておらぬのか? 娘よ」


 再度の呼びかけに、ハッとしたクリスは慌てて答える。


「そうよ。そこの人の力を借りて、召喚したらあなたが現れたのよ」


 その言葉にケルベロスがマオへ視線をやると、そこには落ち着いた雰囲気で佇んでいるマオがいた。


「……それで、我の力でも使いたいのか?」


「そうでなきゃ呼んだりなんかしないわ。力を貸してほしいのよ」


「ふむ。力を貸すのは吝かではないが、返すあてはあるのか?」


「……へ?」


「お主は力を貸してほしいのだろう? 貸すんだから返さなくては道理が通らぬ。違うか?」


「……言い直すわ。私の使い魔になりなさい。私と主従の契約を」


 ケルベロスに、当たり前の道理を説かれ言葉に詰まったが、クリスは、言い直すことで理解ができるだろうと、なんか腑に落ちないまま答えるのであった。


「我は強者にしか従わぬぞ。自分より弱いやつに、指図はされたくないのでな」


「それはわかってるわ。ダークウルフやオルトロスの時もそうだったし。だけど、今は戦闘中で、あなたと力比べしている暇はないの」


「それなら契約は出来ぬな。他を当たるがよい」


 クリスの言葉を突っぱねるケルベロスに、何かいい方法はないか思案しているところに、黙って見守っていたマオから助け船が出た。


「時間なら俺が作ろう。その間に、ケルベロスと契約してしまえ」


「どうするの?」


「時間の進みが違う別の空間を作り出すから、そこで戦ってこい」


「そんなことできるの?」


「まぁ、なんとかなるだろ」


 そう言ってマオは、空間からひとつの剣を取り出し手にする。


 その刀身は、少し青く透き通った感じで、淡い輝きを放っていた。


 マオは、おもむろにその剣を地面に突き刺すと、数歩後方へ下がり声をかける。


「仕事の時間だ、クロース」


 剣がその声に応えるかのように、光りに包み込まれたあと、やがて収束し輝きが収まると、1人の人物が跪いていた。


「お久しゅうございます。……陛下」


 その姿は刀身と同じく、透き通るような青い髪をしており、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる女性でありながらも、一目見ただけでただならぬ人物である雰囲気を醸し出していた。


「久しぶりだな。中々喚ぶ機会がなくてすまない。最近は前ほど戦争にまみれてなくてな、戦う機会が少ないんだ」


「もったいなきお言葉。世の治世が安定しているのも、陛下の力の賜物かと」


 2人(?)で会話をしていると、横からすごい剣幕でクリスが言いよってきた。


「ちょっと、マオ! 何で人がいきなり現れるのよ! どういうことよ! 剣はどこに行ったの!」


 目の前で起きた事実に理解が追いつかず、混乱をきたしているクリスが、捲し立てながらマオを質問攻めにする。


「剣なら目の前にいるだろ?」


 マオのなんとも言えない言葉足らずな説明では、クリスも納得ができず憤りを感じるのだが、今はそれよりも優先すべきことがあったので、無理矢理自分を納得させた。


「それで、どうするの? マオのことだから、非常識なことをするんでしょ?」


「非常識なことなどしたことがないぞ。俺は至って常識人だ」


 クリスの言葉に、心外だとばかりにマオは言い返すが、クリスは相手にもせず話の続きを促す。


「はいはい、わかってるわ。で、何が始まるわけ?」


「少し待ってろ。クロースよ、悪いが俺の作りだす亜空間をいじって、時間の進みを歪めてくれ」


 そう言ってマオは、なんてことなしに亜空間を創り出した。見た感じ何も無いところに、ただ扉が置いてあるだけである。


「御意に」


 今度はクロースが魔力を高め、扉へ向かって放出していく。魔力の密度が高まり、可視化できるほどの質と量で扉を覆っていく。


「ほう……」


 その光景にケルベロスは、感嘆とも取れるような呟きを漏らした。


「完了にてございます」


 作業が終わると、クロースは再び跪いて報告をする。その一連の所作は、隙が一切なく洗練されたものだった。


「ご苦労だったな。クリスにケルベロスよ、その扉の向こうで存分に力試しをしてくるがいい。その中では、この場所との時間軸がずれており、どれだけ戦ってもこちらでは大した時間が経過していないので、気にせずに戦えるだろう。……まぁ、限度はあるが」


「はぁ……やっぱりどう考えても非常識よね……」


「感じ取れる気配から、只者ではないと思っていたが、よもやここまでとは」


 それぞれが感想をこぼすが、マオからしてみれば普通のことなので、自分が非常識であるとかは、全く思ってもいなかった。


「早く中で戦ってこい。マールが待ちわびているぞ」


 未だイフリートと戦闘を続けているマールは、先程からこちらの様子が気になるのか、チラチラと盗み見てはイフリートへの牽制を続けている。


「わかったわ。色々と聞きたいところだけど、マール1人にいつまでも負担をかけるわけにはいかないから、先にケルベロスとの契約を終わらせるわ」


「ほほぉ、戦う前から我に勝つ気でいるのか。中々に豪胆な娘よの」


「そもそも貴方、その大きさで扉をくぐれるの?」


「なに、心配はいらぬ。大きさを変えるくらい朝飯前だ」


 そう言うとケルベロスの身体は、見る見るうちに縮んでいき、最終的にはダークウルフと、さほど変わらない大きさにまでなった。


「器用なものね。オルトロスは出来ないっぽいけど」


「我くらいになると、色々と出来るようになるのだ。オルトロスとは格が違うのだよ」


「じゃ、行きましょうか」


「そうだな。存分に楽しませてくれよ」


 クリスとケルベロスは扉をくぐり、マオの創った亜空間へと足を踏み入れた。二人が通ったあとは、扉が自然と閉まりもとの状態へと戻る。


「さて、こっちはこっちで、時間稼ぎでもしておくか」


 マオがクリスの抜けた穴をカバーするため、戦いに参加しようとするが、クロースがそれを止める。


「陛下、もし宜しければ、陛下の代わりに私がその任に就きたいと思うのですが」


「ん? クロースがやるのか? それは別に構わないが、倒したりするなよ? イフリートはあの2人の獲物で、実践に基づく戦闘訓練で底上げ中だからな。いざとなったら手を出すつもりだが、それ以外は基本的に後方支援だ」


「了解致しました。では、状況を把握しつつ後方支援に徹します。それで宜しいでしょうか?」


「あぁ、構わない。では、頼んだぞ」


「御意に」


 クロースは再度マオに一礼すると、マールが戦っているイフリートの戦場へと向かっていった。


「さて、することがなくなったな。クロースがいるなら、間違ってもマールがやられることはないし。クリスの所へ行っても、気が散って邪魔になりそうだしな。……暇だ」


 マオは、これからの時間潰しに何をするかで、大いに頭を悩ませるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る