第322話 正義の少女
「あら思っていたより早かったわね」
「レディーを待たせるわけにもいかないからな」
何とか落下せずに済んだ俺が屋上に這い上がると鎖府はジュースを飲んで寛いでいた。
主人に手を貸す気は無いようだ。
「それでどうするの?」
ロープを回収している俺に鎖府が話し掛けてくる。
「一応調べたけど下に降りれる入口はあそこの一箇所だけ。当然監視カメラがあったわ」
鎖府が指差す方向には内部への出入り口があり、鎖府が言うように出入り口の上には監視カメラが付いていた。手抜かりの無い相手だ、ドアの開閉も監視されていると思った方がいいだろう。
「あと屋上に設置してある監視カメラはあれだけだから、出入り口の前に行かなければ大丈夫よ」
「そうか」
登り切った俺に気遣い一つ無いが、やるべき仕事はちゃんとやっている。尾行して富山を突きとめた腕といい、旋律士以外の腕もかなりの高水準でまとまっていて、あの話が本当で無ければ専属の部下にスカウトしたいくらいだ。
「それで策はあるんでしょうね?」
「もちろんだ」
ここまでは偵察で予想していたことで、この俺が精神論で何とかなるなんて思っているわけが無い。
ロープを回収した俺はビルの屋上にある通気口に近付く。
「まさか映画のように通気口から侵入するつもり?
多分ファンを止めたらアラームが鳴るわよ」
屋上に出ている通気口、人一人くらい映画のように匍匐前進できそうな広さはあるが、出口には金網がしてありその奥ではファンが回っている。ここを通りたければ、金網を取り外しファンを止める必要がある。
時間を掛ければファンに付いているアラームを解除することもできるが、今回はそこまでする気はない。
そもそも通気口の中なんか埃だらけで、そんなところを匍匐前進して雑巾のように汚れたく無い。
俺はリュックから掌サイズで尻から有線が出ている蜘蛛型ロボットを出す。
「何それ?」
「高性能カメラ搭載の蜘蛛型ロボットだ。これでホテル内を偵察する」
これならファンの隙間から内部に侵入できるし、有線なので電波妨害も受けない。欠点は線が下までは届かないことだか、この中で何が行われているか知るには上層階を調べるだけで十分事足りるだろ。
「うわっきも。それで私の盗撮とかしてないでしょうね」
「するかっ」
盗撮するまでも無くお前は際どい格好で彷徨いているだろ。
俺は金網を外し蜘蛛型ロボットをホテル内部に侵入させる。有線で繋がった手元のタブレットには蜘蛛型ロボットに取り付けられたカメラの映像が映し出される。
「うぐぐぐっぐぐぐぐぐぐっぐぐぐっぐ」
ベットの上には少女が大の字に縛られていた。必死に手足に力を入れるが僅かに手足が動かせるのみで拘束は緩まない、自由が効かず目の前にはぐずぐずに脂肪が積み重なる醜い肉体を晒す中年。胸の奥から恐怖が湧き上がっても口には猿轡が嵌められ叫び声を上げる自由すら無い。
「ひさこちゃ~ん、いけない娘ですね~、まだJKなのに家出何かして~、なにかつらいことでもあったんでちゅか、オジサンが一晩たっぷり聞いてあげちゃうよ~。
それにはまずお互いに胸襟を開かないとね」
中年の汚らしい手が少女の上半身の服を丁寧に脱がしていく。
少女はその恐怖に目に涙を浮かべ必死に唯一動かせる首を振る。
反りの合わない父と喧嘩して家を飛び出した。
貯めた金を握り締め歩いた夜の街は輝いているように見えた。
輝くネオンに自由を手に入れた気になって浮かれていた。
ホストっぽい人にナンパされてお洒落なレストランで夕食を共にして、いい気分でワインを呑んでいた。
そして気付いたらベットに括り付けられていた。
思春期のちょっとした反抗、その代償の大きさは少女がこれから知るのであった。
パシンバシン。
太鼓を叩くように柔肌をリズミカルに乗馬鞭が打つ。
壁に背中を向けた状態で体の前半分をコンクリートで埋められた女性達。背中から尻までを晒して規則正しく並べられた状態は木琴を連想させる。
鞭に叩かれた痛みに反応があることから生きてはいるようで、埋め込まれて見えない顔には何かしらの処理がされているのだろう。
だが今は背中から尻へと続く美しいラインを晒すだけで悲鳴一つ漏れてこない。
ただ鞭が肌を叩く音だけが響く。
「これだっこれぞ至高の楽器だっ。
今宵こそ俺のオンステージ、芸術が完成する」
ロン毛で神経質そうな男は闇雲に鞭を振るっていたわけじゃ無い、一人一人の女性の肌の質や肉付きを見極め、叩いた時の音階を聞き取っていた。
そして女の柔肌を叩く音が音階を刻みリズムを持って美しい旋律への昇華されていく。
女肉で作られた楽器で奏でられる演奏、美しい旋律とは裏腹に叩かれた女性の肌は赤く染まっていき皮膚が裂け血に染まっていく凄惨な姿になっていく。
それでも男の一心不乱に楽器を叩き続ける。
「人間など所詮電気信号の塊にしか過ぎない」
「ひゃん」
ベットの上に一糸纏わぬ姿で大の字に寝る少女の皮膚に線と繋がった細い針が突き刺さる。
針を刺しているのは白衣を着た学者風の男。
「現に今逃げだそうとしても逃げ出せないだろ?
別に薬を使っているわけじゃ無い、私が解明した君の体のターミナルに刺さった針から流れる電気信号が君の肉体を支配しているだけのこと。
私は人体を極めたい、なのに表の世界じゃ実験すらままならない。
だがここでなら思うがままに出来る天国だ」
感情が無かったような男の顔に愉悦が浮かび、少女の顔に絶望が深く刻まれる。
「そう恐れることはない、私も無意味に実験体を潰すようなマネはしない。
良しこれで最後だ」
男は最後の針を少女に刺すと針からの線が集まる装置に向かう。
「ふっふ、新しく見付けたターミナルを試す。
これが成功すれば君は麻薬なんてままごとと思える天国に行けるぞ」
少女は目は必死に辞めてと訴えているが、そんなのを無視して男はスイッチを入れる。
その瞬間ホテルが震えるほどの絶叫が響き、少女は自ら背骨を折るほどの海老反りの絶頂を迎えた。
ある意味予想通り期待していた映像だった。
そしてにしても最初の男は教育評論家、こっちの中年も有名な音楽家、もう一人は本を出している鍼灸師か?
退魔官になってからは職業上有名人はチェックしているので間違いないだろう。
このホテルはお宝の山だな。こういった映像を集めて彼等を脅迫すれば、直ぐにでも一財産築けるだろう。もっと悪毒いけばこの男達が持つコネクションや権力を利用して利権に食い込み金なんか湧いて出る権力を握ることも出来る。
復讐心に駆られこの一日市ホテルを単純に潰してしまうのは・・・。
全身の鳥肌が一斉に際立ち冷や汗が噴き出した。
冬山に放り投げられたような寒気が襲い掛かり震え出す体を両手を押さえたくなるのを必死に止める。
明らかに背中の空気が変わった。
息が上手く出来ない。
修羅場を潜って研ぎ澄まされてきた本能が振り切れ、今すぐ振り返って銃弾を叩き込めと告げる。
本能がそう告げても理性がそれをしたら終わりだと結論する。
恐怖したことを知られたら終わる。
平常心を装え。
呼吸を整え、恐怖を切り捨て俺は振り返った。
般若の面。
あれが女の心象描写を的確に表した傑作だと分かる顔が合った。
くそが、警告され知っていたのに俺は地雷を踏んでしまった。もっと警戒して、さり気なくタブレットの画面を覗き込めないように背中で隠すとかするべきだった。
「これで黒になったわけだけどどうするの?」
「引き続き調査を進める」
空腹の虎を前にしたような気分、次の瞬間に俺が食い殺されていても可笑しくない。
「なんで?」
「・・・」
子供を虐待する母親が子供に聞くような態度、絶対支配者母親の機嫌を損ねないように必死に答えを探す子供になった気分だ。
「何で黙ってるの?
もう答えは出たでしょ、これ以上調査する必要なんてあるの?」
「会員名簿を手に入れる必要がある」
疑問という答えを示されても俺は勇気を振り絞って抵抗する。
「なんで?
そんなめんどくさいことしないで、今この場で皆殺しにいちゃえば良くない?」
鎖府は子犬のように可愛く小首を傾げるが目の感情が消えている。
残念ながら鎖府にはそれをするだけの力があり、躊躇いもない。
止めようとすれば俺なんか軽く引き千切られる。
旋律士だった鎖府 泉璃澄が闇に落ちた理由。
泉璃澄がいない空隙を付いて俺を訪ねてきた泉璃澄の妹 鎖府 ひのれに教えられていた。
姉は人の数倍正義感が強く、それ故に魔の退治に見た人の闇に壊れたと。以来姉は魔よりも人の悪を許せなくなり、その正義感のままに誅するようになったと。
あなたなら姉を引き戻せるかも知れないと期待を掛けられ、その願いを俺は何処か軽く人ごとのように受け止めていた。
これは警告をちゃんと受け止めなかった俺のミス。
これは祈りをちゃんと受け止めなかった俺の罪。
「あなたも証拠がいるとか大人の話をするのかしら?」
泉璃澄の目に感情が戻り出す、殺意と言う名の。
「ねえ何を黙っているの、それじゃ分からないわよ。
何か言いなさいよ」
反論を封じるような言い方で質問してくる、お前こそ強者の卑怯なやり方じゃ無いか。
だがこのまま黙っていてもジリ貧で碌な結果にならないだろう。
覚悟を決め次の言葉は俺の命を懸けて紡ぐ。
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