第309話 更に一歩

 ふう~やっと終わった。

 俺は仕事の後の一服と缶コーヒーを呑む。

 モンタージュ写真というか似顔絵になったが目撃者数名の証言を統合し何とか完成させた。俺にある絵心なんて素人の域を出ないがそこはそれ似顔絵ソフトの補正を駆使してプロ並みの絵を再現している。

 正直目撃者達もそんなに注目していたわけでも特徴のある人物でもなかったので、こういった場合写真より特徴がくっきりした似顔絵の方が効果的だろう。

 これで一段落は付いた。

 市民の皆さんには丁寧にお礼をいって帰って貰った。

 流石に理由も無く拘留するほど俺も怖い物知らずじゃない。せいぜい夜遅くまで拘留したクレームを聞き流す程度の根性しかない。

 さて夜の九時と俺もそろそろ帰らないと明日に響きそうだが、明日からの捜査をスムーズに始めるために状況をまとめ整理し方針を決めておかないとな。

 初動捜査は重要だし、まごつけば元辻以外の所轄の刑事にも舐められ出す。

 まずハッキリさせるべきは綿柴と出東の両者の関係だろうな。正直、弓流の超感覚計算が無かったら俺でも全く別件として扱っていただろう。

 普通ならどちらか一方の線から足を使い真実を手繰り寄せていって初めて両者が絡み合っていることが分かるというのに、まさに王道に背いた邪道の極みの捜査。

 こんなワープのように一足飛びしたことは凄いことなのだが、正直五里霧中の中に飛び込んだ気分だ。

 両者に関係ある。

 だから何?

 結論だけ得てもそれでどうすればいいのか全く分からない。

 探偵と依頼人から提供された綿柴のデータ、捜索願の調書と今回の事情聴取で得た出東のデータ。

 二つを見比べ共通項を上げていく。

 行方不明者

 男性

 サラリーマン

 妻がいる

 都内に住んでいる

と調書からざっと読み取れる共通項を上げていくが捜査に繋がるような発見はない。

 もう少し頑張ってみよう。

 失踪した日、違う。

 失踪した曜日、違う。

 失踪した日付が互いに何か関係あるのか、現状不明。

 失踪した時刻、そもそも不明。

 血液型、違う。

 同じ疾患を保っているとか、違う。

 同じ趣味とか、違う。

 勤めている会社、違う。

 調書の表面のデータから読み取れることは尽きた。ここからは探偵らしく推理を交えた深読みをしていく。

 勤めている互いの会社が関連会社とか、違う。

 勤めている互いの会社が同じ業種とか、違う。

過去に目を向けてみる。

 同じ幼稚園出身、違う。

 同じ小学校出身、違う。

 同じ中学出身、違う。

 同じ高校出身、違う。

 そもそも二人の出身県が違う。

 なら上京してきて同じ大学と思えば、違う。

過去にも関連無し。

 過去も仕事も趣味も関連は無いように見える。

 まあもっと詳しく調査すれば何か接点があるかも知れないが、現状のデータからでは二人に関連無しの結論が出る。

 だが俺は弓流を信頼している。

 弓流は男を誘惑し手玉に取るまさに雌狐と呼ぶに相応しい女で、気を抜いたらケツ毛まで毟り取られる。

 だがビジネスパートナーとしてなら信頼でき、その能力を俺は信頼している。

 無能凡人に過ぎない俺の武器といえば天才達の才能を愛し信じること、そうでなければ退魔官などやっていけない。

 俺は弓流を・・・、弓流の才能を信じる。

 二人とも行方不明者なので何か接点があるかと思ったが何も共通項が無いというなら、導き出される結論が一つある。

 両者とも通り魔的事件により行方不明になった。

 神隠しだか誘拐だか知らないが、たまたま犯人の目について選ばれた。

 この結論が意味するところは、一気に迫ったようで結局は二人の足取りを丹念に追っていく地味な捜査が必要となるということ。

 つまりこれから俺がするべき事は、安楽椅子探偵を気取ってないで何とか理由を捏造して事件化して二人の足取り捜査を警察にやらせること。

 ふう~俺は退魔官としてシナリオライターの講義も受ける必要があるようだ。

 せめて何か二人にもう少し興味を引く共通項があればシナリオが描きやすいんだが・・・。


「何だまだいたのか?」

 思考モードに入った俺だが濁声に意識を現実に戻せば、元辻がいた。

「そういう、あなたも残業ですか?」

「ふんっ抱えている仕事は一つじゃないんだよ」

 まあ一つの事件だけに専念することは社会人なら分かるがあまりない。複数の仕事を抱えて優先順位を付けて処理していくのが普通で刑事も同じ。抱えた事件をドラマのように旬な内に解決できればいいが、そうで無い場合旬な事件に関わりつつ旬を逃した事件も解決するまで抱えていくことになる。

 そういった意味では俺が捏造して大事件にするのは迷惑だろうな。

「だったら素直に俺に任せた方が楽なんじゃないんですか」

 その方が余計な仕事をしなくて済む。

「はっそんな今時の刑事じゃ無くて俺は昭和の刑事なんだよ」

 仕事大好き生き甲斐人間か。

「そうですか。ならその昭和の刑事の勘で俺を出し抜いてくれることを期待しますよ」

 俺も余計な仕事が終わって元辻も嫌いな俺と会わなくて済む、Win-Win。

 元辻に水を差されたこともあり、俺は帰り支度を始めた。

「くっく、帰るようだが。傘は持っているのか?」

「えっ」

「また降ってきたぞ」

 元辻はいじめっ子のような嬉しそうな顔で言う。

「ご親切忠告ありがとうございます。親切ついでに貸し出し用の傘でもあったら貸して貰えませんかね」

「悪いが署に余分な傘は無い」

 余分な傘!?

 俺が倒れ駆け寄ったとき出東の服には濡れた跡がなかった。俺が入ったときにカウンターはガラガラだったので出東が雨が降ってから店に入ってきたことは分かっている。つまり出東は傘を持っていたのであろう。

 なのに店にいた者達を署に連れて行った後に傘は残ってなかった。

 出東が入ってから店を出た者は一人だけなのも客達の調書から分かっている。

 つまり店を出て行った者が出東の傘を盗んでいったことになる。

 素晴らしい推理だがだから何何だ?

 なぜ、こんなくだらない推理を始めたんだ俺は?

 疲れているのかな。

 元辻の下らないチャチャから天啓を得たとばかりに始めた推理。これで終わらせれば、それまでの話し。それが普通なら俺は更に一歩踏み込む。

 そうでなければ非合理な魔と渡り合うことなど出来ない。

 盗まれた傘、傘から一つ連想が浮かび俺は綿柴と出東が失踪した日の天気を調べた。

 曇り後々雨。

 これが何を意味するのか今の俺には分からなかった。

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