第292話 合流
下界はだいぶ空気が和らいできたが山の上はまだ堅い。春を待ち焦がれる木々の間を縫っていく小道を三人で歩いて行く。
ユリが言う通り天見を残しておけば時雨とのハイキングデートを満喫できたな。何気にユリは気を遣っていてくれたのか、ないない。
こんな暢気なことを考えていられるくらい、今の所敵との遭遇はない。精々枯れ葉を踏み分ける音にときどき小動物が逃げ去っていく音が被さるくらいだ。
「あとどのくらいですか?」
尋ねてくる天見は細身の体ながら鍛えているのか息一つ切れていない。自主的に先行して10メートルほど先にいる時雨は小鳥が羽ばたくように歩いて行くし、もしかしなくてもこの中で一番体力が無いのは俺かも知れないな。
「もう直ぐ着くはずだ」
勾配は大分緩くなってきている。別荘地がある中腹が近い証拠だ。
先行していた時雨が立ち止まり、片手で俺達を制した。
俺と天見は散開して近くの木の陰に隠れて前方の時雨を見守る。
やり過ごすか? それとも先制で倒すか?
それにしても流石黒田、僅かな隙も無かったということか。いや早計か、まだ別荘地の住人が散策をしている可能性もある。
だんだんと足音が俺でも聞こえるほど大きくなってきた。
黒田の監視だったら本体に連絡される前に処理したいところだな。時雨に任せるしか無いのがもどかしいが駆け寄って足音を響かせては本末転倒。時雨なら上手く処理すると信じるしか無い。
だんだんと時雨の緊張が高まっていくのが覗える。時雨はそっと小太刀を抜き放ち背中に構えて忍ばせる。
踏み分ける音が大きく響き、時雨から視認できる距離になった。
そして時雨から力が抜けるのが見て取れた。
「大丈夫だよ」
時雨が声を出して俺達に伝える。
一体誰だったんだと思いつつ時雨の所に駆け寄った。
「影狩か」
黒田を監視していたはずの影狩がいた。一時も目を離さず黒田の監視をしていて欲しいところだが迎えに来て貰わなければ別荘地のどこに黒田がいるのか分からない。別荘地を不用意に歩けば見付ける前に見付けられるのが関の山。
準備不足の人手不足だ、しょうがない。
「わざわざ迎えに来てやったんだぜ。もっと嬉しそうな顔してくれよ」
俺が今一な顔をしているのを見られたのか影狩が言う。
こんな顔指揮官として見せるべきでは無かったな、仕方ない。
「おおアミーゴ、グラッチェグラッチェ」
俺は笑顔を作ると影狩に外人顔負けのオーバーアクションでハグした。
「オーケーオーケー、俺に会えて嬉しいのは分かったぜ」
「よし、案内してくれ」
満足してくれたようなので俺は離れた。
「そっちのかわいこちゃんはしてくれないの」
「調子に乗るなよ。減棒にするぞ」
俺は時雨の前に立って脅す。
「こわっジョークだろうが本気で怒るなよ。人の女には手を出さないよ」
「ちょと、人の女って・・・」
「いいから案内しろ」
時雨が顔を真っ赤にして抗議し出すのを遮った。
「はいはい、こっちだぜ」
こうして無事合流出来た俺達は黒田の元に向かうのであった。
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