第280話 鶴は羽ばたく
如月さんと時雨、美女と美少女二人の俺を見る視線は厳しい。その視線に晒され俺の頭は少しばかり冷えたのか少しばかり思考が回復する。
俺と関係深い二人が偶然ここにいたと思えるほど楽な人生送ってないと黒田の方を見れば、ニヤリと笑ってくる。
「言っただろ。メリット次第だと」
不祥事を起こした部下の始末を付けるなら代わりに部下の監督責任は不問にする、っといったところか?
派閥の長である五津府に累を及ぼすわけにはいかない弥生さんとしてはトカゲの尻尾切りは当然の帰結。黒田としても対抗派閥の弱みを見逃すことに成るが公安九十九課が独占する旋律士とコネが作れるチャンス、何より自分の身を守れるという訳か。
黒田に自分の身を守る力が無いとは思えない。俺なんかに力を割けない別の大仕事があるとか?
そういえば急いでどこかに行こうとしていたな。やり方次第では逆に優位に立てたかも知れないが如月さんもまんまと利用された訳か。
まあ恨む気は起きない。それが大人の社会であり情など無い利権のパズル。こんな事態に追い込まれた俺が悪いだけのことで、如月さんは必死に挽回しようと出来うる手を打っているだけ。まあ刺客に時雨を選ぶ当たりにちょいと意地悪を感じるけどな。
私怨は無い、だが挑まれれば互いの利を懸けて戦うのみ。
時雨に関しては如月さんに仕事として連れてこられたのだろうが、まああれだ多少なりとも恨まれている自覚はあるので致し方なし。
まあ何だな。恋人同士一度はあるという痴話喧嘩だと思えば、これも恋人同士のイベントと割り切れる。
「誤解があるようだけど黒田さん」
「ん」
「退魔官は魔を祓う任務においては全てが許される。
ポニーテールの女という魔の関与がある以上、その過程で例え警察官を殺害したとしても問題は無いわ。
つまり彼を現状逮捕する理由は無いわ」
如月さんの指摘にそういえばそういう建前があったなと思い出す。それにしても如月さんは随分と怖いことを言い切る。この発言で後々に足下を掬われなければいいけど、如月さんは当然そんなことを分かっていて俺を擁護してくれているのか?
もしそうなら黒田に利用されたフリをして逆に如月さんは黒田を利用して俺との接触を図っていた。そうで無ければ黒田が俺と如月さんをこうも不用意に会わせることは無かったであろう。
「魔の関与? ポニーテールの女が魔だという証拠を提示された記憶は無いな。少なくても私はその人物を見ていない。全てそこの男の言葉だけ、現状では妄想と言っても過言では無い。
つまりだ、まだ魔事件と認定されていない通常事件というわけだ」
魔だと認められれば退魔官の権限で全てがご破算に出来るが、迂闊だったが今回はまだ正式には認定されていなかったのを今知った。
それにしたってそんな言い逃れが出来るのか?
ジャンヌの聖歌で大野が正気に戻ったのを・・・、見てないか。映像を見せたわけでも報告書の提出もしていない。薬で直したんだろと言われてしまえばそれまでだ。馬鹿息子が助かるまでは俺を裏切れないと波柴を甘く見た脇の甘さを黒田に付け込まれた。
ちゃんと確認して言質なりを取っておくべきだったか。
まっもう官僚で無い俺には活かすことは無い教訓だけどな。
「それに比べて警邏中の警官への暴行、拳銃などの強奪。今だって警官を倒してここまで来ている。
これらは確たる証拠がある。果無一等退魔官を処分するには十分な理由だな。
剰えさその男は魔に墜ちていることは明白。
如月警視、公安九十九課として旋律士を率いて職務を果たしたまえ」
全くもって黒田の言うことはいちいちごもっともと筋が通っている。
俺が官僚のままだったら勝てなかったな。
「良く廻る口だ。勝てそうに無い。
その口地獄でも廻るか試したくなるぜ」
残念今の俺は悪の側の人間、筋が通ろうが通るまいがどうでもいい。
力が全てで押し通る。
「辞めなさい。今までのことは上司として私が退魔官特権ということで全て不問にして見せます。ですが今ここでその魔の力を黒田警視正に振るう正当性は認められません」
今の話を聞いてなお俺の味方でいてくれるというのか?
思った以上に情に厚い上司だったのか。
思った以上に俺に利用価値があるのか。
なら俺も少しは援護しなければ無能と認めるようなもの。
「此奴の正体を知っても同じ事が言えるかな?」
「それはどういう・・・」
「黒田警視正」
いいところで狙ったかの如く完全武装の警官隊がどかどかと乱入してきた。
ざっと十数名。
まあ、いい加減気付いても可笑しくは無いか。
「良く来た。発砲許可を出す。その男を絶対に逃がすな」
「「「はっ」」」
黒田は俺が何を言おうとしていたか察したのか降伏勧告をすること無く事実上の射殺命令を出した。
「悪いな如月さん、巻き込みたくない。さっさとここから逃げろ」
俺の魔は広範囲攻撃の殲滅にはいいが反面精密さには懸ける。ここで戦えば間違いなく如月さんを巻き込む。
それでも今の俺は遠慮しない、というか遠慮したら俺が蜂の巣になる。
所詮日本の警察、射殺への心理的抵抗は大きい。その隙を突かせて貰う。
「悪意、夢魘迷宮」
俺は銃を抜き放って構えた警官隊に向かって赤い霧を放った。
「うっうわーー」
忍び寄る赤い霧に銃を抜いた警官隊は恐慌状態に陥った。先程の二人と違って練度が低いぞ。
乱射されるとまずい、時雨に関しては心配する必要は無いとしても如月さんに当たる可能性がある。
引き金を引かれる前に墜とす。
俺は悪意の濃度を一気に上げようとする。
警官隊が地獄に墜ちるのが先か引き金が引かれるのが先か。
折角に悪に成ったというのに何でこんな事に気を回さなくてはなないんだ俺はっ。
歯軋りをしつつ間に合えと祈る俺の目に、全てを白く降り染める雪の中に羽ばたく鶴の幻想が過ぎった。
鶴の一声が聞こえた気がして現実に戻れば警官達は地獄に墜ちず、引き金も引かれることもなかった。
鶴が羽ばたき、警官隊の銃は切り落とされ赤い霧は切り裂かれた。
悪意すら穢れ無き白に染めて小太刀を構え凜と立つ時雨。
「いい加減ボクも我慢の限界だよ」
「時雨・・・」
ゴクンと生唾を飲んでしまった。
時雨が今まで見たこと無いほどに怒っているのが分かる。赤い霧を呑み込む嚇怒のオーラが見えるようだ。
これが魔に対する旋律士 時雨。初めて俺は敵として時雨と対峙する。
「君って人にはお仕置きが必要のようだね」
「ははっやってみろよ」
今の俺は常人だった今までの俺じゃ無い。今の俺なら時雨と対等の力がある。
「全力で来なよ。
全部ボクが受け止めてあげる」
「ならお言葉に甘えさせて貰う」
上等だよ。最初で最後全力で時雨とぶつかってやる。
手が届かないと思っていた惚れた女と同じ土俵に立てたんだ。例えそれで魔人として退治されたとしても悔いは無い。
俺は押さえ込んでいた悪意を一気に放出させるのであった。
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