第270話 俺は今笑っている
鋼鉄の扉が吹き飛んでいく方向の真逆には、気取って立つ音先がいた。
21階のフロアに他は邪魔とばかりに一人いる。
音先は下にいる素人とは違う、強襲に浮き足立つこと無く冷静に対処し、タワーマンショに設置されている監視カメラで上に向かおうとする者達を察知すると最高のタイミングで奇襲を仕掛けた。
鋼鉄の扉に爆弾を仕掛けるので無く、鋼鉄の扉が爆散する音を再現することで鋼鉄の扉を爆発させた。現象より先に音が発生すると思い込んだ末に発現した魔。擬音で再現すればそれが実際に再現される。
こんなの防ぎようも察知のしようも無い初見殺しの嵌め技もいいところ。暗殺で敵無しの能力。初対面の時に天見を狙ってくれたのは本当に僥倖だった。
「元仲間でも容赦はしない。乃払膜様の邪魔はさせない」
すっかり乃払膜の虜となりつつもどこか芝居懸かった台詞を吐くその足下に手榴弾が転がってくる。
「なっ」
咄嗟に後ろに飛んでブオオオオオオオオオオオオオオオオオッと暴風が吹き荒れる擬音を出し手榴弾が炸裂し襲い掛かる爆風と相殺する。
魔も凄いが咄嗟の対応力も半端じゃない。先程の奇襲もあの赤を感じなかったら躱せなかった。そして分かった、この赤は悪意の赤。人間の持つ罪の色。どうりでくせると瞑夜がやばいほどに赤く感じるはずだ。
俺にはこんな世界に改変した人に一人心当たりがあり、是非ともその真意を聞きたい。その真意について語り合い、必ずやその真意を識りたい。
沸き立つようなこんな気持ち久方ぶりだ。
情動に従えば大きなしっぺ返しが来ると分かっていても抑えられない。
俺は今笑っている。
その為にもこの程度の奴に手こずってはいられない。奇襲は失敗と落ち込む間はなく、相手に息つく間を与えまいと俺はサブマシンガンをぶっ放しつつ音先に突撃していく。
「ぐっ」
この連続攻撃にも音先はカンカンカンと銃弾が堅い鋼鉄の盾に弾かれる擬音を発して対応する。サブマシンガンの鉛玉が見えない盾に当たったかのように弾かれていく。それでも俺は足を止めずに突撃して、音先をその場に釘付けにする。
突撃する俺に攻撃しようと別の擬音を出せばその瞬間に蜂の巣、音先は銃弾を弾く擬音を止められない。だが音先に焦りは無い。物理的に鉛玉を弾いているわけじゃ無い近距離で弾が放たれ威力が増そうとも俺が焦れて他の攻撃に切り替えようとしても関係ない。音先は冷静にサブマシンガンの弾幕が切れる瞬間を狙い澄ましている。弾幕が切れた瞬間、俺の首が飛ぶ音でも体が潰れる音でも出せば勝負は決まる。
俺はそんな意図などお構いなく突撃していく。朧川区の怪しい店で買った割にはものがいい、流石マスターの紹介だ。弾はジャムる事無く射出されていく。これなら弾が尽きるまでは撃ち続けられる。
俺も怯まず前に出るが、音先も怯まず受けて立つ。
声を出し続けるのが辛くなってきたか音先は喉に手を当て声を絞り出す。
こうなればサブマシンガンの弾が尽きるのが先が音先の息が切れるのが先か。
その勝負が付く前に間合いに入った俺は引き金を引きつつ音先に鉄板入りブーツキックを放つ。銃弾を弾く見えない盾だが俺の蹴りは何の障害も無くすり抜けて音先の腹にめり込む。
「うげっ」
「流石のお前も銃弾を弾く音と蹴りを受け止める二種類の音を同時には出せなかったようだな」
「っ」
音先が何か声を発する前に更に踏み込んだ俺の左スマッシュが音先の脇腹に決まる。
もし音先に殻の半分ほどの格闘能力でもあれば俺の蹴りは受け止められ今頃逆の立場になっていたかもしれない。
いつでも勝負は一手違いでひっくり返る。
だが今回は一手先行で勝負を決める。
「うぐっ」
左手を引くと同時に腰を回しての右フックが側頭部に炸裂。
擬音を出せば物理現象が追随する魔は凄いが逆に声を出せなければ何も出来ない。
「ぐはっ」
そこからは無我夢中。右左右左右左のラッシュラッシュラッシュ、音先に対応する暇を与えない。俺のこの嵌め技が通用するのは一度だけ、仕切り直されたら後が無い。必死さが違う気迫が乗った拳が潰れる寸前、音先はクラゲのようにくにゃっと床に崩れ落ちた。
此奴の敗因は俺に一度魔を見られたこと。
知っていれば対策する。
当たり前のことを当たり前に実行する俺の勝ちだ。
床に倒れる音先にサブマシンガンの銃口を向けた。弾はまだ残っているが思い直して引き金は引かなかった。
「一応今は仲間だからな、瞑夜に感謝するんだな」
俺は義理堅く、それが身を守る盾でもある。
こんな所に音先が一人居た意味、まさか俺達の強襲に備えてずっと待っていたということはないだろう。素直に考えれば音先は乃払膜にこのフロアの守護を命じられたのだろう。つまりこの階には守るべきものがあり、石皮音が監禁されている可能性は高い。好奇心より目的を優先するならこの階の調査をするべきなのだろうな。
ここで仕事を終わらせれば上にいるおっかない連中の相手をすることなくここを脱出出来てざまあみろとホテルに帰って酒を一杯ぐいっとベットでぐっすりなんだが。
俺は階段の方に振り返る。
「うわっ」
振り返ったら音も気配も無くくせるが立っていた。怖すぎる、思わず悲鳴を上げてしまったじゃないか。
「おにーちゃん意外とやるのね。手伝う間が無かったわ」
くせるは一応俺が苦戦するようなら手伝ってくれる気だったのか。良かったな音先、俺が苦戦するほど強かったら今頃涅槃に旅立っていたぞ。
「そうか、俺もやるときはやるだろ。それよりこの階に石皮音がいる可能性が高いぞ」
一応今後の為にも俺の有能性をアピールしておこう。
「それが何?」
くせるは可愛く小首を傾げ、折角の俺のアピールも不発に終わった。
くせるに石皮音を助けて組織内での地位を上げようなどという俗世に興味無しか。瞑夜が苦労するわけだが、そういう俺も仕事より好奇心を優先させた。
俺もつくづく馬鹿な男だ。
「なんでもない。行こう」
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