第268話 速攻戦

 流石タワーマンションのエレベーター、いい加速だ。ぐんぐん表示階が上がっていく。

 途中で止められると思っていたが、速攻が功を奏して洗脳された素人集団では未だ対応が出来てないようだ。

 このまま20階まで一気に行けるな。

「瞑夜準備はいいか」

 もうすぐ20階になるところで俺は確認をしておく。

「任せろ」

 瞑夜はその手に握る鞘に収まる刀を上げて力強く答える。

 絶対に負けない自信に溢れているが、心配しているのはそこじゃ無いんだよな。

「住人は操られているだけだ極力殺すなよ」

 殺すなと厳命できないところが今の俺の立場である。

 それでも努力は必要である。

 悪いのは巻き込んだ乃払膜であり放っておいてもここの住人はいずれ使い捨てにされると分かっていてもタワーマンションの住人皆殺しは目覚めが悪いし、そんな汚名を被っては裏でも表でも生きにくくなる。

「何か勘違いしてないか、私は殺人狂じゃない、剣に狂っただけだ」

 よく分からんな。剣に狂ったのなら、やはり斬り殺すしか道は無いのでは無いか?

 まあ、怖いから深くは聞くまい。世の中ほどほどが大事だ。

「そうか。くせるもいいよな」

「うん。無意味に殺しては救世は出来ない」

 ほんとこの娘は一生道に迷っていて欲しい。

「いい返事だ。

 付いたぞ」

 チーンと20階に付くと同時にエレベータのドアが左右に開かれていき、僅かに空いた隙間を猫の如く潜り抜け瞑夜が外に飛び出していく。

 そしてドアが開き切り見渡せるフロアには武器を持った男達が数人倒れていた。血は流れてないから峰打ちか手刀だったのか。

 まあ死んでは無いからOK、多少の骨折は許せ。

「所詮素人だな」

 瞑夜は何処か欲求不満そうに言う。

「元々この階を守っていた奴らだろ。ぐずぐずしていると下からドンドン増援が来る。

 急ぐぞ」

 このタワービルは中央に大黒柱の如く下から上まで貫く共用の中央部があり、エレベーターは中央部内部に設置されている。そして各部屋はエレベーターを囲むようにぐるっと配置されているオーソドックスな造り。

 今降りてきたエレベーターの裏手の中央部には階段があり、非常階段の意味合いもあり富裕層用のフロアにも通じている。

 ただ階段から各フロアに比較的自由に行き来できる20階までと違い、21~25階には防犯用の鋼鉄の扉が道を塞いでいる。この扉は電子ロックがされていて、パスワードを打ち込むかインターホンで呼んで中から住人に開けて貰う必要がある。

 だが知っていれば対策もしてくる。進むのに憂いは無い。

 急いで裏手に回り込むと防火扉が閉められていたが、開けて中央部に入ると幸い階段には誰もいなかった。

 何処まで俺に先手を許してくれるんだ、上手くいきすぎてゾクゾクと寒気がする。

「急いで上に行くぞ」

「「「急いで上に行くんだ」」」

 俺の声に被るように下から声が木霊してくる。下にいた連中がやっと強襲に対応してきたようで増援として上がってくるつもりのようだ。

 どうする? このまま上に行けば最悪挟み撃ちにある。

 何か階段を塞げるような物があればいいが、都合良くあるわけも無い。なら上に行くのを諦めて防火扉を閉めてしまいこの階に籠城する手もある。P.Tへの援護を考えればそれもありな気もするが、どうにも追い詰められたようで気分は良くない。

 でもこれしか手は無いか、うまくすれば部屋のベランダから外に脱出することも可能だろう。

「ここは私が抑えてやろう」

 思案する俺に瞑夜が珍しく自ら提案してきた。

「いいのか?」

 階段という狭い通路で上を取る。これだけの地の利を得られれば瞑夜なら相手が1000人いようが十分抑えられる。

「お嬢にこんな事をさせるわけにはいかないし。お前じゃ抑えられないだろ」

「ごもっとも」

 此奴もなかなか合理的判断が出来るじゃ無いか。てっきりくせると離れるなんてありえないお前が死ぬ気で防げとか無茶ぶりを言うかと思っていたが。

「何か失礼なことを考えてないか?」

「いや、女神に感謝の祈りを捧げていただけだ」

「ふん、信用してやったんだ。くれぐれもお嬢を頼むぞ」

「任せておけ」

 俺如きが超人くせるを守る必要があるのか甚だ疑問だが一応頼まれよう。

「そうと決まれば急ごう」

 俺とくせるが階段を上がろうとしたときだった、世界が赫く染まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る