第237話 技術者談義

「それを聞いてなんとする?」

「そこまで話したんだ最後まで語れよ」

 別にここで技術漏洩しようが、此奴と同じ魔を持たない者にとっては真似しようのない技術。そんな物を技術と呼んでいいのか抵抗はあるがな。

「成膜と同じだ。まずは材料の精錬を行う」

 それが分かっているからちょいと水を向けてやればしゃべるしゃべる。

「ほう」

「肉体と精神は別と考える輩が多いが、それは間違っている。

 感情は物体に宿る」

「二元論を真っ向否定か」

「そうだ。

 感情は物質無くして存在し得ない」

 まあ、未だかつて精神だけの存在を確認できない以上、間違っていない。どんなに崇高な精神を持った偉大な人物も脳がいかれれば精神は死ぬ。

 でもな精神を同行すると言っている此奴が言うと違和感があるな。

「長年使用した愛用の道具でもいいが、やはり感情は肉体にこそ宿る」

 そこで愛用の道具と言ってくれた方がどんなに丸く収まったか。

「まずは素っ裸に剥く。イヤリングやピアスなどをしていたらここで外して、正真正銘生まれたままの姿肉体だけにする。

 これだけでもかなり純度が上がるが、ここで満足しては技術者じゃ無い」

 まあ、この程度は予想の範囲。

「浣腸を行い腸内のあら洗浄を行った後、肛門よりホースを挿入し胃や腸の徹底した洗浄を行う。

 ここは時間を兼ねて丁寧にだ。焦れて水圧を強くしたりすると腸内を傷付けてしまう」

 腸内部の洗浄と聞けば、もうオチは分かっている。

 装備品の点検を行おう。

「次は特殊な水を使うサウナルームに吊して蒸して、体中の不純物を排出させる。ここから更にデリケートだぞ。不純物を出してもまた不純物を取り入れたら元の木阿弥だ。補給は体の主要部に差した特殊な点滴に切り替える。

 この工程に一週間は掛ける」

 ほう、一週間は生かしておいて貰えることが分かった。あまり焦る必要はない、じっくり構えるのも手の一つか。

「そんなことをすれば精神が壊れないか?」

 常人ならまず発狂する。正直拷問に近い。

「流石に鋭い、実に君はいい生徒だ。

 その通りメンタルケアは特に難しい。精錬しようとしても暴れたりする、かといって下手にクスリ漬けにして精神を壊しては意味が無い。

 暴れないように骨を外して体の健を切断するなどの下拵えをしてみたり、催眠術を使って眠っていて貰ったり。技術が拙い頃は魚の活き締めを参考にして捕らえて直ぐさま作業に取りかかってみたりもした。兎に角肉体の純度と精神の鮮度の両立は難しかった。

 尤もその試行錯誤も技術者の楽しみの一つとも言えるがな」

 ほんとな。これが普通の技術者談義だったらどんなに良かったか。多分だが俺以外だったらこんな話しに付き合えない、途中で決裂している。

「だが分かってみれば簡単だった」

「焦らすなよ」

「我が生み出したこのフィルターを使えば簡単よ。

 優しく大人しくしてなさいというだけで言い。

 まあ初期の拙い技術で生み出したフィルターでは上手くいかないことも多々あったが、徐々にフィルターの性能が上がるにつれて簡単になっていったわ」

 生み出した技術で更に上の技術が生み出されることはよくあること。そうやって世の中の技術は発展していった。

「今ではかなりの純度と鮮度の両立が出来るようになった。

 今思い返せば、勿体ない処理をしたレアものが結構合ったな」

 乃払膜は懐かしい青春の1ページでも思い返すように言う、乃払膜から後ろ暗い気持ちは微塵も感じない。

 セウのような美少女を捕まえてもAVにあるようなその肉体を弄んだことなどないのだろう、根本からの技術者であり狂人。

 惜しむらくは、その興味が普通の技術に向かなかったこと。その狂気を持ってすればノーベル賞でも狙えたかも知れないだろうに。

「洗浄が終われば後は簡単だ。

 その人物がそのレアな精神を発揮するに到った過去の記憶を催眠術で抉り出し昂ぶっているときに腑分けすればいい。

 大抵は目や心臓にその者の精神が最も宿っているが、だからといって他の部位を捨てたりはしないぞ。純度が落ちても使い道はある」

 エンジニアが捨てていた材料の活用法を見出したかのように誇って言う。

「現に先程のフードは剥いだ皮を鞣して繋ぎ合わせて作った物。やはり人の感情は肉の上にこそ良く付着するからな」

 乃払膜の感情を防ぐなら壁などの無機物より有機物の方が有効と言うことか?

「あとは光学の成膜と同じだ。材料を高温で蒸発させてガラス上に膜を付けていくように、その者が持つ感情が一番色濃く宿る部位に我が魔を照射して情発させて膜を積層していくだけのこと」

 此奴の体の上にはそんなものが幾重にも積層されているのか。一瞬でもそんなものを時雨やジャンヌに付着させようと考えた自分がおぞましい。

「そうか」

「そうだ。

 それでここまで聞いたお前の結論は?」


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