第218話 ロマンポルノのような

 ピンポーン

 アパートの呼び鈴を大原が鳴らす。

 ピンポーン

 もう一度呼び鈴を鳴らす。

 ドアの向こうに微かに人が動いている気配がする。覗き窓で此方を伺っているのだろう。

 覗き窓の正面にはタイトにスーツを纏った大原。その凜々しい顔と服装はある程度の信頼感を相手に与える。

 ガチャッ

「どちらさまですか」

 ドアチェーンが掛けられたドアが少し開いて小動物のように警戒する少女が尋ねてくる。

 きちんとしたように見えても宗教訪問販売と呼びもしないのに来るのは大抵碌なもんじゃ無い。この少女の対応は実に正しい。

「すいません、警察の方から来ました大原といいます。

 少しお話ししてもいいでしょうか?」

「けっ警察が何の用ですか?」

 少女は怯えるように言う。普通の人間にとって警察なんてこんなものだろう。

「×月○日に貴方が何をしていたか伺いたいのです」

「その日って」

 何か思い当たるのか少女の顔が曇る。

「どうしましたか?」

「その日は何もありません。大学も講義が無かったですし、一日部屋にいました」

 講義がその日に無かったのは裏が取れている。多分部屋の掃除でもして、うきうきの気分だったんだろうな。

「誰かそれを証明出来る人は居ますか?」

「いません」

 ここまでの対応は実に教科書通り、市民の協力を要請する警察の鏡のように終始穏やかな対応に徹している。

 もしかして素人に見えないと言われたことを気にして笑顔の訓練をしていたのかも知れない。冗談で無くこういうことを真面目にやるのが大原の侮れないところ。

「しかし変ですね。貴方はその日合コンに出席したことになっているのですが。

 嘘をつくと為になりませんよ」

「えっ」

 落差激しい大原の鋭さに顔が真っ青になった少女の名は浜部 真木、合コンでポニーテールの女に入れ替えられた少女だ。楽しみにしていた合コンに参加出来なくて不幸だったのか、あんな合コンに参加しなくて幸せだったのか。合コンに出席した他のメンバーには既に話を聞いたところ、合コンは料理も良かったし送ってくれるしで楽しかったと概ね好評のようだった。波柴達も次に繋げるために合コン自体は楽しんで貰えるように気を遣っていたようだ。

 意外だろうが、俺達はポニーテールの女を誘き出す合コンまで横綱相撲で何もしないでどんと待ち構えているということは無く、地道にまるで警察の様に聞き込みを行っている。

 可能性は低いが、この女がポニーテールの女と共謀していた可能性だってある。波柴に対する働いているアリバイ作りでやっているわけじゃ無い。

「なんで警察が合コンの事なんて。

 貴方本当に警察ですか?」

 締められようとするドア、大原がさっと足を滑らせ、ドアの影から飛び出した俺がドアの縁を掴む。

 俺が真正面から行っては居留守を使われる可能性が高いことが数々の訪問の経験から分かったので、俺はドア影に隠れて対応を大原に任せていた。

「えっちょっと」

 浜部は必死に抵抗するが普通の少女では俺と大原の二人掛かりに敵わない。俺は片手でドアを抑えつつ片手でチェーンを外してしまう。

 こうなれば浜部に地の利は全くなくなってしまう、あっさりとドアは全開で開けられ俺と大原は玄関に飛び込む。

「けっ警察を呼びますよ」

 玄関先で腰を付いしまった浜部が怯えた顔で此方を見上げてくるのを見ると押し込み強盗をしている気分になる。

 普通の警察だったらまずい対応だったか、いや公務執行妨害と言えば許される範囲のはずだ。あまり水戸黄門の印籠たる退魔官特権に頼ってばかりいると歪みが生まれる。蓄積された歪みによってどんな揺り戻しが俺に襲い掛かってくるか、あまり想像したくない。

「だから正真正銘警察だ。

 ほれ」

 俺は表の身分として支給されている警察手帳を見せる。

「本当に警察!?」

「何なら後日確認するがいい」

 俺は大原と違って本当に警察だ。まだ疑っているようなので駄目押しをしておいた。ここまですれば信じるだろ。

「それでは今度は正直に話して貰えますね」

 俺は優しくでも怒るでも無く冷たく事務的に言い放つ。

「なっなんで合コンのことなんか」

「波柴さんのご子息がその合コンで何者かに襲われて意識不明の重体なんですよ。

 その日合コンが何事も無く終わって、波柴さんのご子息は紳士的に女性を家まで車で送っていったそうなんです。そして、貴方以外のメンバーを無事送ったところまでは確認出来ているのです。最後に貴方を家に送って何者かに襲われた。

 波柴さんのご子息に送られたときに何があったのか教えてくれませんか?」

「わっ私は関係ありません」

 浜部は必死に抗弁する。

「それを決めるのは此方の仕事なんですよ。貴方は正直に全てを話せばいい」

「そもそも私合コンに出席していません」

「我々警察を舐めて貰っては困ります。合コンは一人の欠席も無く人数が揃っていたことは確認しているのですよ。

 ちゃんと出席していた他のメンバーに確認を取っていますので間違いありません」

 嘘は一言も言ってない。

「つまり貴方は出席していることになる」

 以上の前提から導き出せる推論の一つを俺は言っているに過ぎない。

 俺は何一つ虚偽は言ってないというのに背後に立つ大原の良くも口が回るという視線が冷たい。まあ、それはそれで自分に向けられたと勘違いした浜部への威嚇になっているからいいのだが。

「私その日出掛けようとアパートを出たんですけど、何か途中の記憶が無くて気が付いたら部屋のベットで寝ていたんです」

 下膳から聞いた話と同じだな。だからといってそれが真実だとは限らない。二人が共謀して口裏を合わせれば済むこと。下膳が白だとしても浜部がポニーテールの女を合コンに潜り込ませるための共犯者だという可能性だってまだある。

 疑えば底無く沈んでいくことが出来る。

「ふう~そんな今時の推理小説でも使わないようなことを言われて、はいそうですかと信じると思っているんですか? 警察舐めてます」

 深い溜息をついても怒ること無く淡々と話しつつ腰を下ろしていく。気付けばヤンキー座りをして浜部の顔にガン垂れている。

「嘘じゃ無いです。本当なんです」

 浜部の目に涙がにじんでいるのが見える。まあ浜部自身信じて貰えるとは思ってなかったから嘘をついたと考えれば可笑しいところはない。小心者の小市民らしい保身術と思えば微笑ましい。だがここで微笑んでいては商売にならない。

「では合コンに出席した他のメンバー全員が嘘をついていると言うのですね」

「そっそんなことは、でも私合コンには出席してないのです」

 合コンの人数は揃っていた。でも浜部は出席していない。その両方を満たすロジックなんて思い付きそうだが、意外と出てこない。推理小説とか読まない普通の人はこんなものなのか、追い詰めすぎて頭が回ってないのか。折角対策を練って論破する気満々だったのに少し拍子抜けだ。

「話しになりませんな。残念ですが私は貴方一人を信じて他のメンバー全員を疑うほど貴方を信じる根拠はありませんですし」

「私に抱かせろってことですか」

 何か蚊の泣くような声が聞こえてきた。

「信じて欲しければ抱かせろってことですかっ」

 少女の怒りが爆発したように怒鳴られた。

 そんなつもりは全くないのだが、今の話の流れからそうなるのか? 多少ワルっぽく演技していたとは俺はそんなにも悪徳刑事に見えるのか?

 確かに悪徳刑事が容疑者に黙っていてやるから分かっているなと弱みに付け込むのはロマンポルノの定番かも知れない。浜部の思考は反証を通り越してこっちに行き着いちゃったのか。脅しすぎた? でも一対一なら兎も角、後ろに真面目そうな女刑事役の大原がいるんだぞ。俺が大原のような美人と少女の二人を同時に弄べるような好色の大物悪徳刑事に見えるのか?見えたんだろうな。

 この流れは想定していなかったというか想定出来なかった。現実は俺の想像なんか軽く超えてくる。

 どうする? ここは乗っておくべきか?

「初心かと思えば意外と世渡りを知っている」

 アドリブで乗ってみた。俺はそれっぽくネクタイを緩めたりしてみる。

「大人しく付いてきて貰いましょうか?」

 何となくこのままホテルに連れて行くような雰囲気を出す俺が立ち上がるが浜部は黙ったまま座っている。

「今度は黙りですか。

 仕方ありませんが正式に逮捕状を取りましょうか?

 任意で来て貰った方が貴方の経歴に傷が付かなくていいと思った思いやりなのですがね」

 何となくお前の人生潰してやろうかという雰囲気を演出してみる。

 背後にいる大原がドン引きしているのが見なくても分かる。それでも台無しにはしないのはギリギリの所で俺を信頼しているからか?

「分かりました。少し準備させて下さい」

「余計な真似はするなよ」

 逃走を試みることもなく数分後、人生を諦め切ったような浜部は大人しく付いてきて外に駐めておいた車に乗る。

 ここまでの一連の流れを見れば、波柴の息の掛かった悪徳刑事が少女を脅して連行していったように見える。この後少女が悪徳刑事達に弄ばれるロマンポルノのような展開が待っているのが容易に想像される。

 自分の所為で浜部が捕まったぞ、どうするポニーテールの女?

 この挑発に今夜の合コンでどう答える?

 そして浜部が全くの無実だった場合にはどうやって埋め合わせをしよう。土下座でもすれば許してくれるんだろうか?


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