第194話 派閥 その1

「よく来てくれた。まあ座りたまえ」

 本庁にある五津府の部屋に来た俺と如月さん。成金みたいな恰幅をしているわけには部屋の趣味はなかなかいい。見るものが見れば分かる高級品ばかりで、来る者の感性次第で質素な部屋にもシックにまとめた部屋にも見える。

「はっ」

 一分の隙も無い敬礼をする如月さんと見よう見まねの敬礼をする俺。派閥の長として敬い付き従っているのが分かり、流れで所属した俺との雲泥の差が分かる。

 俺に忠誠は無いが、俺が退魔官になるのに五津府の後押しがあったのは事実で恩義、カリは多少ある。腹の底が見えない怖い存在だと思うが、別に飲みを強要し太鼓持ちで判断する体育会系じゃないのがポイントが高い。有能無能で評価されるビジネスライクなドライな関係は好むところ。如月さんが従うだけはあり、それなりの権力実力もある。鞍替えしたところでこれ以上のボスに出会える保障があるわけで無し。流されているようで多少気に入らないが流れに乗っていると思えば悪くない。合理で判断して今は五津府をボスとして従うことにしている。

 五津府に促され俺と如月さんは五津府の対面のソファーに座る。

「この映像をまず見てくれ」

 五津府が壁に掛けられた大型モニターの電源を入れる。


 そこには病院の大部屋にまとめて寝かされている若者達がいた。彼等は全員拘束具を着せられベットに括り付けられている。

 そして

「うっう、ゆるしてゆるちゅて~」

「辞めて辞めてから狩らないでっ」

「ごめんなしゃいごめんなしゃい」

「うがーーーうぎゃーーーーーーーーーーーー」

「くるなくるなくるなーーーーーーーーー」

 誰も彼も悪夢に魘され絶叫を上げ悪魔払いでもされているように拘束具を引き千切らんばかりに暴れようとしている。かなり体力を消耗しているようで全員の頬は痩け骸骨みたいな顔付きになっている。

 この光景一言で形容するなら地獄、亡者が地獄の責め苦を受けているようだった。


 もう十分だろうと五津府がモニターを消す。

「医者は匙を投げた。精々死なないように栄養補給に点滴を打つことくらいしか出来ないそうだ」

「魔ですか?」

 如月さんがお約束のような質問をする。

 まあ普通の麻薬事件だったら俺が呼ばれることは無いだろう。もしごく普通の麻薬事件なら丁重にお断りするだけで、便利に使おうとしたボスへの忠誠ポイントが減る。

「断定は出来ない。まだ未知の薬品や催眠術の可能性もある」

 断定しないのは権謀術数の政治の世界を渡り歩いてきた男の慎重さか。ほぼ魔であることは確定なんだろうな。

「それを踏まえた上でこの資料を読んで欲しい」

 五津府が数枚にまとめられたレポートを出してくる。

「これは?」

「被害者達の身辺調査を行った結果だ」

「拝見させて貰います」

 如月さんがレポートを二部受け取り、一部を俺に渡してくる。

 ざっと読む限り、彼等は大学生、そして同じサークルのメンバーとのこと。このサークルは旅行やらテニスやら飲み会だかを楽しむのが目的のよくあるサークルだが、どうも色々と問題があるらしい。そしてその問題を解決なのか揉み消しているのが、このサークルの部長の親であり警察幹部である波柴 義秀らしいとある。

 これが五津府が直属の部下に調べさせたレポートの内容だった。らしいとかが多いのが気になるところだな。五津府の直属の部下が無能で無ければ圧力。そこから読み取れるのは、この波柴は五津府とは別派閥であり中立的より敵対的関係にあるようということか。

 ここは触れない方がいいのであろうか?

「読み終わったようだな。この事前情報を踏まえた上で回答が聞きたい。

 波柴さんからこの事件の調査依頼が来ている、受けるかね?」

 子供の敵討ち、思いっきり私怨だな。それにこのレポートから読み取れることは、此奴等がやんちゃした結果の報いを受けているだけのこと。放っておいてもいいような気がする。特に今は忙しい、こんな事件に労力を割きたくない。

 だがこれは一兵卒の意見。派閥の長としてはどうだろうか? 

 当然他派閥へ貸しを作れる上に、上手くすれば他派閥の弱みも握れる。いいことだらけだが、そんなこと波柴も分かっているだろうに、なぜ敵対派閥の五津府に頼んだんだ?

 下手をすれば息子の不祥事を敵対派閥に知られることになる。秘密保持するためにも自分の子分にでもやらせればいいだろうに。そういった複雑怪奇な派閥の力関係は俺には分からん。ここは沈黙が金だろうな。

「命令ならば従うまでです」

 如月さんはいつもの俺をからかうおねーさん顔で無く真面目な顔で模範解答する。付いていくと決めた派閥の長の頼み事ならそう答えるしかないが、俺はそこまで素直には成れない。

 尻尾を無条件で振る犬と舐められるのも困る。だが派閥の長に嫌われるのも今後の支障になる。

 人間関係は兎角難しい。今は沈黙沈黙あるべしだな。

「そういう事が聞きたいわけでは無い。

 果無君はどうかな忌憚なく言いたまえ」

 沈黙作戦は早くも崩れた。

 上司が無礼講と言って無礼講が許されるのか?

 まあ難しい問題だが、五津府は命令なら命令と言う男だと思う。つまり此方に選択の余地があると思っていいのか。それとも部下のやる気を尊重するポーズを取る男なのか。

 考えても分からんなら、自分の都合を優先させてみるか。

「私には今抱えている仕事があります」

「うむ聞いているよ。フォンの事件だったかな。あまり一般の事件への関与は感心しないな」

「いえ、雨女事件です。立派な魔人関連の仕事です」

 俺はあくまで雨女事件として、雨女を捕まえる為に雨女が狙っているフォンに近付いたと報告をしている。

「そうだったか。年を取ると忘れぽっくてな。それで?」

 この狸が。俺が工藤に頼まれて雨女を出汁にしてフォンの首を狙ったことを見抜いて、さらっと恫喝してきやがる。

「結構な費用を費やしています。このまま回収不能となると今後の事件への支障が出ます」

 成果が無ければ費用は認めない。成果があればそれなりの報酬を出す。公務員というよりゲームの冒険者のようなシステムを作ったのは上である五津府達だ。理解を示さないわけにはいかないよな。

 まあ尤も雨女事件の費用は諦めている。ごねて出せとは言わない。だから諦めてないフォンの隠し財産探索の邪魔はしないで欲しい。

「なるほど。ならば今までかかった費用をまとめておきなさい。この事件が解決した暁には私の承認で経費を認めよう。

 これで問題が一つ解決だ」

 くそっ軽く言いやがって、頭を悩ませている俺が馬鹿みたいじゃないか。警察幹部になればあの程度の費用は右から左に動かせるというのか。しかし此方にはどうしても申請出来ない費用もある。例えばドローン一機分の値段とか。申請したら使用用途を問われ、会計士のことを報告せざる得なくなる。流石にあの直感を理解して貰えるとは思えないし、かといって簡単に諦められる費用でも無い。

「しかし新規に取りかかる運転資金がありません」

 にんじんをぶら下げようとしてしくじったな。成功報酬では今現在の資金が無いことに変わりが無い。実際に新たに旋律士を雇うには一流は心ともなく、失った装備も揃え切ることが出来ない。

「投資だ。前借りを認めよう。

 他には?」

 畜生が。これを断ると言うことは、自分は無能でこの仕事を達成することができませんと宣言するに等しいことになる。

 悔しいがスポンサーには勝てないのか。

「個人的には気乗りしない案件ですが、これを敢えて受けるメリットは?」

 意趣返しとばかりにご褒美をねだってみる。組織人として失格の駄々だな。

「私は君のそういうところが気に入っている。

 まずは気乗りしない理由を聞こう」

「ぼかしてありますが、此奴等はクズですね。おおかた被害者から復讐された自業自得でしょう」

「雨女事件もそうだったと記憶しているが」

 全然年取って記憶力衰えてねえじゃねえか。

「それは仕事を受けて調査を開始して分かったこと。今回のように最初から提示されるのとは違うといいますか、敢えて提示したのは五津府さんですが」

 事実は最初から知っていたが、報告書にはそう記載しておいたのならそれが事実。

「なるほど。納得出来る筋は通っている。

 情報開示の件は、私の誠意と受け取って欲しい。私は部下を騙して仕事を受けさすようなことは好まない」

 好まないか、つまりいざとなればやるということか。

 まあ俺はこの時点で上司を騙している。お相子と言うことだ。

「意外と優しいのですね」

「それは誤解だよ。自分を守る為だ。上の者ほど恨みには気を付けないといけない。君も上に行く身だ覚えておきたまえ」

「そこまで言って下さったのなら私ももう一段正直に言います。

 政治的に利用されるのは好みません」

 派閥抗争なんてくだらないことに俺の大事な人生の時間を費やしたくない。そういう事は上に立つ者同士でやってくれ。

「誤解があるようだが、君は私に雇われているわけでは無い。警察という組織に属している。基本要請があるば動かざる得ない。

 正統な理由が無い限りな」

 五津府も仕方なくなのか? だからあんな資料を先に読ませた。取り合えず打診したというポーズが取っただけなのか。

「別案件で忙しいのは正統な理由になりませんか?」

「なるな」

「それでは」

「だが正論が通るとは限らないのが人間組織だ」

 まあそれが通る世界ならブラック企業など存在しない。下に否の選択は無いのが普通だろう。今回のように聞いてくる方が異常だ。

「だが貴方なら通せるでしょう」

「そうだな」

「後分からないのですが、私程度の男なら向こうにだっているでしょう? そんなに警察は人材に不足しているのですか」

 退治は兎も角、事件の調査能力という点においては俺はそんなに優秀な部類では無い。今までの事件、犬も歩けば棒に当たるで探し当てのがほとんどだ。どっかの名探偵のように椅子に座って情報を聞いて推理したわけじゃ無い。

 探し当てたのなら金を出してどっかの旋律士を雇えばいい。金があれば何の問題も無い。

「退魔官は今のところ君だけだ、今後増やそうとの動きもあるがね。

 それに魔関連の仕事はやはり命に関わる危険が伴う」

 なるほど、その説明で分かった。

 波柴にしてみれば自派の有能な部下を危険に晒して万が一にも失っては五津府に有利になる。ならば逆転の発想で敵対派閥が持つ希少且つ有能な部下を使い潰してやろうという妙案な訳か。成功したらしたで良し、使い潰れても敵対派閥の力を削れる。退魔官が俺一人しかいないことを逆手に取った実にいい策だ。

 息子の不祥事については、もはや五津府にすら嗅ぎ付けられ隠すは不可能と見切りを付けた思えば筋が通る。きっと隠せないなら握り潰そうと暗躍しているのであろう。寧ろ配下の有能な人材は其方に当てたいのかも知れない。

 以上の推論から五津府としては俺がゴネて断った方がお得なんだな。なら部下として泥を被るため俺の口からハッキリと断ってやるか。

「君に命じる。今回の事件を調査しろ。いざとなれば私がケツを持つ」

 俺の思惑とは裏腹、先手を打たれたかのようにハッキリ断る前に五津府に命じられてしまった。これでは部下としてもう断ることは出来ない。

「メリットだが、君も警察というものを知るいい機会になる。これからのキャリアにきっと役に立つ」

「嫌気が差すだけかも知れませんよ」

「それでもだ。上を目指すのなら避けていられないぞ。

 上等退魔官。上に登れば使える権力も見える景色が変わるぞ」

 なるほどね。成功の暁には上等退魔官の道が開ける訳ね。その誘惑は簡単には抗えないというか、やはり上等退魔官になるなら地道な実績以外にそういう実績もいる訳ね。

「途中経過の報告は如月さんに行えばいいのでしょうか? それとも直の方がよろしいでしょうか?」

「如月君に言ってくれ。だがいざとなれば私に頼ってもいいぞ」

「それは心強いです。

 了解しました。

 果無 迫 一等退魔官。受命します」

「うむ。如月君、すまないが波柴さんの所までは君が面倒見てやってくれ」

「分かりました」

 結局俺は五津府の掌の上で気持ちよく踊っただけだったな。

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