第186話 依頼

 薄く広がる雲が月を隠し、街灯すら届かない。

 窓から漏れる光だけが辺りを照らす。

 工場が放置されてからどのくらい経つのか、敷地内の木は伸び放題に伸び地面にはぼうぼうと草が伸びている。

 その草を踏み締め薄いグレーの清掃着姿の男達10人ほどが俺を包囲する。

 都会は眠らない。二十四時間対応で道路工事から深夜の引っ越し、清掃作業を請け負ってくれる業者は存在し、寧ろ深夜にこそ求められている。通りがかりの通行人が目撃しても工場の跡地に買い手が付いて、早速清掃作業に来たと思ってしまうだろう。 

 そうなら俺も助かるんだが、男達が手に手に持っている枝切り鋏、スコップ、鎌、スプレー、箒、ホースなどなど、どれも紛れもない庭の手入れや清掃に使用する道具のはずなのだが、どうにも凶悪な凶器に見えてしまう。

「こんな遅くにお仕事とはご苦労様だな。邪魔にならないように直ぐに立ち去るから道を空けてくれないか」

 俺は取り敢えず一番前に出ている初老の男に話し掛けてみる。

「若いのに礼儀正しいですな。私は山田清掃会社主任 山田と言います。 

 深夜ですが、ここにいる人間を綺麗に片付けて欲しいと依頼されまして参上しました」

 問答無用で襲い掛かってきたり脅されたりするようなことはなく意外と丁寧な対応に流しそうになるが、人間を綺麗に片付けるとは意味を考えるほどに怖くなる。

「深夜だというのに大変だな。そんな仕事断ったらどうだ」

「いやいや選り好みをしていられるほど余裕がありませんで」

「なんなら俺が倍の報酬を出そうか」

 流れるような会話に乗って買収を提案する。

 所詮金と暴力で生きる者達、金で済むなら話は早くてスマートに済む。まあフリーの旋律士などを雇うための大事な活動資金が減ってしまうのは痛いことは痛いんだが、命と釣り合うほどではない。それにいざとなったら獅子神などの一流のプロには無理だろうが、ユリなら土下座でもして泣き落としをすれば後払いでも雇わせてくれるだろ。

「いえいえ、そんなことをしていたら信用を失って仕事が来なくなってしまいます」

 山田は良く出来た営業のようにやんわりと俺の提案を断る。

 道を外れた連中くせに意識高い奴ほど信用に拘る。だったら裏になんか来ないで表でまじめにやっていろと言いたくなる。お前等金と暴力と女に酔いしれるアウトサイダーだろうが報酬を倍提示されたらちっとは心が動けよ。

「それと提案を断っておいて恐縮ですが、其方のお嬢さんを依頼人のところに連れていかなくてはならないので、大人しく此方に渡して貰えませんか?」

「渡せば身の安全は保証されるのか?」

 今更ながらかも知れず。だったら最初から手を出すなと思うかも知れない。

 だが最初から諦めるのと人事を尽くして見切るのでは過程が違う。

 まあ社会人なら結果が同じなら意味ないと言われるかも知れないが、己の心には納得させられる。

「意外な返答ですが、貴方への処理は変わりません。

 ですが、彼女への・・・」

「来れば、ちょいと肉付きが悪いが全員で優しく可愛がってやる。来なかったら手荒に可愛がってやる。どうせなら優しくされた方がいいだろ、それとも乱暴にされた方が燃えるタイプか」

 山田が溜息をついている横で高枝鋏を持っているオッサンが下脾た顔で楽しそうに会話に割り込んでくる。筋骨逞しい強面のオッサンにそんな事を言われて素直に投降する女がいるのか? いるんだろうな~心が折れた女ならせめて痛い思いはしたくないと負け犬思考がせめてを選択させる。

「そんな事したらあんたの言う顧客の信頼を失うんじゃないのか?」

「運送中の処理は任されてますので」

 しれっと山田は言う。つまり生きていれば連行中何をしても構わない、それも報酬の内ということか。狩らせた獲物の一部を報酬にする、なるほどこういう報酬のやり方もあるのか勉強になる。

「っだそうだ、好きな方を選べてよかったな」

 俺は猫のように音も無くいつの間にか傍にいた涼月に言う。

「馬鹿」

 あんな格好をされても心が折れない涼月は当然の如く冷たく切って捨てる。

 冗談だろ、少しくらいはウェットな大人の切り返しが欲しかっただけ。だからそんな本気で虫螻を見るような目で俺を見ないでくれ、心が痛む。失言でした。

「最後の確認だが頼まれたのは俺だけとかこっちのお嬢さんだけとか無いのか?」

「依頼はこの敷地内にいる全員です」

「そうか」

 可哀想に会計士達は元々ここで始末される予定だったのか。そうやってフォンは自分に容易には辿り着けないように糸を切っていく。

 だがお前は知らない、糸を手繰り寄せるだけが手じゃない。

「他に言い残すことはないですか」

「随分と優しいが、それも依頼主からのリクエストか?」

 追い詰められた獲物の命乞い、フォンが好みそうな演目だな。

「ノーコメントです」

「まあ、待ってもらえるならありがたい。

 涼月」

「呼び捨て?」

「ほらよ」

 俺はレオタードが生み出す涼月の胸の双丘の隙間に一万円札をねじ込んだ。

「きゅあ、何するのよ」

「なに、プロだから依頼が無いと仕事をしないと思ってな。

 依頼だ。此奴等に罪の重さを自覚させてやれ」

 これでこれから此奴等との戦いから生じる罪も罰も俺が背負い、代わりに誰でもない俺の戦いになる。

「私、男の人の依頼は受けないんだけど」

 胸から一万円札を指で摘まんで引き抜き冷たい横目で俺を見ながら言う。

「男女平等にいけよ。何も虐げられる弱者は女だけじゃないぜ」

 男も女も関係ない、弱い奴は弱いし強い奴は強い。悪も正義も男女平等。

「男なら自分で何とかしなさい」

 今の時代女からこんな台詞を言われるとは思わなかった。

「今時の娘さんの割には以外と古風な考えなんだな」

「今風も古風も関係ありません。

 これは貰っておいてあげるから、私に貴方の真価を見せてみなさい」

 なんか一万円払った依頼人どころか参加費払ってオーディションを受ける気分だな。

 受かったらどんな役を貰えるのやら。

「ならばお見せしましょう。果無 迫の大勝負。

 姫の目に叶いましたらご寵愛あれ」

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