第185話 ものはモノ

「こんばんは、フォンさん」

 まだだ、まだ終わりじゃない。俺は努めて自然に街で偶然出会ったかの如く挨拶を返す。

『意外と落ち着いているようだが、ゲームオーバーだ』

「なんのことですか? 妨害をしちゃいけないてルールはなかったはずですよ」

 ここにいるのが鏡剪と思われているのなら、まだ終わりじゃない。

 裏の人間たる鏡剪が妨害イカサマをしない方が不自然。

 まして今回の勝負、妨害禁止とは取り決めてない。

 なら鏡剪がフォンの妨害をすべくここにいるのは至極当然のこと。

『別にそのことを咎めているつもりはない』

「なら何の用ですか。こっちは戯れ言に付き合っている暇は無いんですがね」

 フォン相手に通用するとは思えないが、もしかしたらの期待。何もしないよりはマシ。

 全てを煙に巻くため、逆ギレ気味に怒鳴り返す。

『なかなか肝が太い。そうで無くては潜入捜査などできないか』

「なんのことですか?」

 やはり警察上部に協力者がいる。俺の存在どこから漏れた? この事件が終わったらしっかり穴を塞ぐ、裏切り者には落とし前を付けさせてやる。

 それはそれとして俺の正体が分かっていたのなら、フォンはなぜ勝負に付き合っている? さっさと闇の底に引き籠もるか、俺にヒットマンでも差し向ければいい。

『あっ誤解をしないでくれたまえ、別にそのことも咎めるつもりはない』

「じゃあ何何ですか。凡人の俺にも分かるように教えて貰えませんかね」

 本当に何何だよ。俺が警官であることを咎めないならフォンが俺の何を問題にしているか本気で分からない。勝負に付き合っているのと何か関係あるのか?

 狂者の思考は凡人の俺には思いもよらないぜ。

『君には何か感じるものがあった』

「それはそれは。

 悪いが、俺に他人が不幸になっていく様を眺めて愉悦に浸る悪趣味はないぜ」

 ここは話を合わせておくのがベストなのに、あまりに湧き上がる嫌悪感に考えるより先にいらぬ口答えをしてしまった。

『ものはモノ』

「?」

 言葉遊びは同好の士とでもやってくれ。

『君にとって他人はモノに等しい。

 拒絶とも違う、徹底した我の追求、その為に知らず君は者は物、道具と見なしている』

 そう、なるほどね。

 得心がいった。

 フォンは他人に喜怒哀楽の心を求め俺は他人に能力役割を求める。

 俺とフォン、対極ならばこそ感じる共感。

 俺も心の底ではそれを感じとっていて、だからこそ俺はフォンを必要以上に警戒していたのか。

『現に今も私に辿り着く為なら、目の前で可憐な少女が陵辱されようが見捨てる、いやそういう役割を果たして貰うつもりだったんだろう?』

「・・・」

『沈黙は肯定と受け取らせて貰う。

 なのに君は何を思ったか合理を覆して愚かな選択をした。

 悲しい。

 私はそれが悲しいのだよ。

 もし君が目の前の少女が壊されることすら達観して、私のところまで辿り着けたのなら仲間に迎え入れる準備をしていたというのに。

 折角のパーティーの準備がおじゃんになったことを私は咎めているのだよ』

 なるほどね。俺がフォンを捕まえる為の罠を張っている間にフォンも俺を捕らえる為の罠を構築していた訳か。

 悲しいことに俺はフォン主催のオーディションに落選したようだ。

 雨女を切り捨てのこのこフォンのところまで行っていたら、絶対に逃げられない大歓迎を受けた訳か。拷問か洗脳か、はたまた脳手術でも受けるのか、仲間にされるために何をされたか想像したくもない。そういった意味では、情けは人の為ならず。俺は切り捨てようとした情に自分が救われたようだ。

「それは悪いことをしたな。今からでも場所を教えてくれれば参加してやってもいいぜ」

『それは遠慮しておこう。

 私も忙しい用件を伝えよう。私に下れ』

「俺を見切ったんじゃないのか?」

『下らない情を捨てきれないようだが、なかなか使いどころはある。

 犬としてなら飼ってやるぞ』

「ワンッとでも啼けばいいんですかね」

『そんな難しいことをやらせるつもりはない、そこの少女を犯せ』

「デバガメがご趣味で」

『別に君の仲間じゃないんだろ。それに君が犯さなくても別の者に犯させる。心が壊れるまで犯させる。なら君が一度犯したところで結果は変わらない。心理的ハードルは相当低いと思うが』

 低いハードルだろうが一度越えてしまえば、後は雪崩の如く止めどなく墜ちていくだけ。命じられるがままに、時雨だろうがキョウだろうが、見知らぬ通りがかりの少女だろうが犯せるようになる。

「悪いが俺はもっとメリハリがあるボディが好みで、こんな細い体じゃ起たないんだが」

『それは済まないことをした。だがそれくらいの試練は気合いで乗り越えて貰おう。

 それを持って忠誠の誓いとする』

「断ったら?」

『死より辛き絶望を与えよう。

 賢き選択をすることを祈る』

 それを最後にスマフォは切れた。

 そして悪意を感じて振り向けば、歯っ欠けがにやにやしながら此方に銃を突きつけていた。

「けっけっへ、残念だったな若造、粋がったところで所詮フォン様の掌の上なんだよ。

 だがそう悲観することもない、同じ闇に墜ちるなら絶望より堕落の方が楽しいぞ」

 歯から漏れる息が臭いから話し掛けないで貰いたく、臭い息から顔を背けたいが銃を突きつけられていてはそれも出来ない。

 歯っ欠けは銃を俺に突きつけつつ横に動いて雨女までの道を俺に開く。

 M字拘束されている雨女が俺の視界の正面に来る。どんな男だろうが拒むことの出来ない女としての尊厳を剥ぎ取られた醜態を晒しているのと反比例してその目は屈せず俺達をというか俺を睨み付けている。まるで俺が裏で糸を引いていたとでも言いたげだな。

 助けに来たのに理不尽、でもないか。俺は俺の我を貫いただけでのことで感謝される謂われもない。

 雨女と俺、互いに睨み合う。雨女が俺を睨み俺が雨女を睨み返せば、雨女は更に苛立ったように俺を睨み付け、一瞬視線を横に逸らした。

 ふんっと俺も体を視線に合わせて横にスライドさせてから歯っ欠けに再度向く。

「なるほど確かに俺は若造だったな。お前を見誤ったようだ」

 歯っ欠けは能力は無いかも知れないが、その腐りきった心根をフォンに見出されクズに紛れた監視役をしていた訳か。クズも使いようというわけだが、俺には出来ない。能力が無いと切り捨ててしまう。そういった意味ではフォンの方が俺より人間を熟知している。

 悔やむべくはニット帽でなく此奴をいの一番に潰すべきだった。

「名乗れよ」

「けっけ、戸籍なんかとっくに喪失しているさ。チョウバエ、それが俺がフォン様から頂いた名前よ」

 ゴミに湧く虫か、その名を誇りに出来るほどクズを極め、そうであるからフォンに重用されている。

「さあ、選べよ。女を犯すか死ぬか」

 嬉しくて仕方ないような顔でチョウバエは俺に問い掛ける。

「随分と嬉しそうだな」

「お前だって仲間が増えると嬉しいだろ?」

 こんなクズでも一人は寂しいのか。

 だが俺は異臭を放つ連中に混じって生きるくらいなら、清冽な孤高を選ぶ。

「俺は孤高の方がいい」

「なら死ね、なあっ」

 流石クズ引き金を引くのに決意も覚悟もなく躊躇いもない。だがその引き金が引かれるより早くその足の膝裏に肉団子が当たって体勢が仰け反った。

 チョウバエが自分に何が起きたか理解するより早く、俺は動く。先程汚いモノを見せ付けられた慰謝料代わりに、無防備に突き出される急所に一番間合いが広い技、跳び蹴りを叩き込む。

「うごっ」

 チョウバエが白目を剥いても追撃の手は緩めない。跳び蹴りの勢いのままに止まらずチョウバエの顔面にチョッピングライトを叩き込む。

 チョウバエは床に大の字に落ちて、その手から銃が離れる。

「スッキリしたぜ」

 馬鹿が調子に乗って目を離しすぎだ。屈しない女だぞ、目を離した途端牙を剥くに決まっている。まあ、会話でチョウバエの意識を俺に釘付けにしつつ、軽く体を動かして会計士の視線を遮ったりと俺のサポートが適切だった所為もあるがな。

「一応礼を言った方がいいのかな?」

 俺はしゃがんで雨女を拘束する麻縄を特殊コーティングしたナイフで切断していく。

「男からの礼なんていらないわ。

 それより何で私を助けたの?」

 よほど屈辱的な体勢だったのか、拘束を解かれるやいなや雨女は股を閉じてすくっと立ち上がり、その冷たい目で俺を見下ろしながら尋ねてくる。

「ヒーローは弱きを助けるもんだぜ」

 俺もナイフを仕舞い立ち上がる。

「笑えない冗談ね。あなたは合理的な男、私を助けて何の利があるのかしら?」

 まあないな。逆に退魔官として捕まえた方が手柄になる。

「随分な言い方だな。

 可愛い女の子とお近付きになるためなら男の子は頑張るもんさ」

 お前にかつての自分の姿が重なったなんて死んでも言えるか。

「ふう~結局貴方も下半身で生きる男と言う事ね」

 雨女は溜息と主に俺のあそこを一撫でして離れ、筋肉で締まり筋が真っ直ぐ伸びる芸術的な背中を見せ付けてくる。

「そりゃ仕方ないだろ」

 肩を竦めて道化を演じてみせる。

 良くもないが馬鹿な性欲魔人と思われていた方がいい。

「もてない童貞は必死ね。

 可哀想だから私で筆卸しさせてあげましょうか?」

 雨女は尻を突き上げつつ流し目で俺を誘いかけてくる。

「悪いが心に決めた人がいるんでね」

「なら一生童貞ね。ご愁傷様」

 一応助けてやったのにこの言われよう。流石俺、無条件で美少女に嫌われる。まあ、それでこそ平常運転、俺らしいけどな。

「まあ、俺のことを嫌ってもいいが、ここを脱出するまでは協力しろよ」

「10人といった所かしら」

 俺は何となく外からの悪意を感じ取っているだけだが、雨女はもっと詳細な情報を感じ取っているようだ。

「本来ならここで籠城したいところだが、お前の能力的に外で戦った方がいいんだろ?」

 籠城じゃ雨は降らない。

 あのフォンが普通に戦って俺に負けるような連中を後片付けに寄越すとは思えない。

 フォンを評価するなら、フォンが知らない雨女の力に賭けるしか無い。

「囮役よろしくね」

 流石嫌われている。俺の命が軽い軽い、紙より軽く言ってくれる。

「オーケー頼んだぜ。

 あっそうだ」

 俺は事態に付いていけないでキョトンとしている会計士に呼び掛けた。

「なっなんだ」

「死にたくなければそこで大人しくしていろ。お前はまだ戻れる。朝まで生き残れたら警察に自首しろ」

「自首、俺がか?」

「いやなら別にいいが、碌な死に方は出来ないぞ」

 俺は一応警告はするが別に説得はしない。此奴がどうなろうと興味は無い。

 後は我を貫く、戦うだけだ。

「ねえ」

「なんだ」

 外に飛び出ようと窓枠に手を掛けた俺を雨女は呼び止める。

「突撃する前に本当の名前を教えて」

「どうした惚れたのか?」

「馬鹿」

 ノータイムの真顔で返された。

「果無 迫」

「涼月 泪」

「君に似合う綺麗な名前だな」

 俺の素で出た言葉に雨女の頬が一瞬桃色に染まる。

 この程度の言葉で照れるなんて、意外と可愛いところあるんだな。

「じゃあ、頼むぜ」

 俺は窓を開けると外に飛び出すのであった。

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