第182話 中道

 流石の雨女も不意打ちの上に網が相手では躱しようがなかった。網が雨女の上に覆い被さりスパークするのが見えた。

「きゃあっ」

 雨女は地面に倒れた。体術は凄くても、体の強度自体は普通の少女のようだ。

 雨女がぴくぴく痙攣している中近くの家の塀の扉が内から開かれた。そして網の元を持った男達二人が出てきて雨女に近寄っていく。

 くそっ家の塀の裏に隠れていたのか、死角になっていて分からなかった。

 今日この時間この場所で仕掛けるのを決めたのは俺、つまり成り行きで合谷を追いかけてここまで来たフォンとは違って、俺は入念な事前調査と準備することが出来る圧倒的に有利なホーム戦だった。俺はここでの勝負に賭けて町中の要所要所に監視カメラやセンサーを仕掛けておいた。その上で様子が肉眼で見れて臨場感を感じられる場所に柔軟且つ高速に移動出来るように小型電動式折り畳みバイクを使用していた。更には、いざという時の為に静音性の高い偵察用ドローン三機を別途待機させている。

 それだけの事前準備をしていたというのに結局フォンの影を捕らえることすら出来なかった。少し疑心暗鬼になったようにいなかったんじゃない、ファンはいた。ファンは俺を嘲笑うようにここまでやった監視の目を回潜って一連の事態をどこからか観察し、必殺のタイミングで刺客を放った。

 完全に俺の上手を行っている。

 俺では勝てないというのか。

 いや違う。自分のミスを相手が手が出せない格上だったと言い訳するな。

 これは俺の油断だ。フォンは大友の方を奪回するだろうと其方の周りには気を遣っていたが、雨女の方を奪取に来るとは思ってなかった。確かに賭の内容は、合谷達を襲う犯人の確保なのだから正しいといえば正しいが、この状況で大友を奪いに来た獅子神の方で無く未だ合谷とも大友とも接触していない雨女に狙いを定めないだろうと思い、本当は来ていないのではないかと心の片隅で思っていた俺の油断と怠慢。

 フォンはいる。フォンはどこからか見ている。同じ土俵に乗っている。

 それが分かっただけでも大収穫で、ここからが巻き返し。

 一体何処で事態を見ている? 俺が事前準備したよりも広い範囲をカバーする監視網を構築しているというのか? ドローンが飛んでいる様子はない、偵察衛星でも持っているというのか?

 俺は必死に暗視カメラを使って周りを観察する。

 

「へへっ可愛いじゃないか。後で少しくらいなら楽しんでもいいよな」

 前歯の幾つかが欠けた腹の出た中年が涎を垂らしながら雨女を見詰めている。

 雨女は陸に打ち上げられた魚みたいに柔らかくぐったりとしている。その純白の肌は魚の腹の白を連想し、妙に性的興奮を誘う。

「フォンさんに聞いてみるんだな。それよりもまずはフォンさんに指定された場所まで運ぶぞ。しくじったら消されるぞ」

 此方は神経質そうな会計士でもやっていそうな男で、落ち着かないのか頻りに眼鏡の位置を直している。

 どうにもちぐはぐなコンビで見るからに質の悪そう、本当にフォンの部下なのか?

「そっそうだな」

「お前足を持てよ」

「分かった」

 二人の男が一人が上半身一人が下半身を持って雨女を持ち上げ運び出す。そして近くの裏手に路駐していたワゴン車まで運んでいく。

「来たか。うまくいったようだな」

「ああ、さっさとずらかろう」

 車から顔を出した運転手はニット帽を被ったラップでもやっていそうな若者だった。後部座席を空けると二人は雨女を放り込み、途中で暴れないように拘束をし出す。

 ここが合流地点ではなく、ここから三人でどこかに運ぶようだ。


 どうする?

 後を追跡するべきなのだろうが、ここまで裏を搔かれたんだ俺のことも把握されている可能性がある。単独での追跡は危険か。

 獅子神達を呼び寄せるかと思った俺のスマフォが震えた。見ると八咫の文に工藤からの緊急のメッセージが入っている。

『近くの警察署に通報があって、女性が誘拐されたということで検問が引かれることになった。何をしているか知らないが、問題があるようなら直ぐに逃げろ』

 なんだと! そんな通報一本で検問が引かれるか? やはり警察の上の方に協力者がいるということなのか?

 だがよく考えると、獅子神達もワゴン、雨女を誘拐したグループもワゴン、獅子神達も女性を拉致、雨女を誘拐したグループも少女を拉致。類似性がありまくり、どちらか一方だけを対象にするのは難しいだろう。つまり両方捕まる可能性がある。

 検問の網を抜ける穴でもあるというのか?

 まさか、どちらも捕まえさせるとか、なっ。いや笑って流すべき思いつきじゃない、悪くない。

 自分の部下も潰すが、俺も部下を潰される。そしてフォンの部下が見た目通りの使い捨てなら、有効的すぎる。俺と大友雨女争奪戦を繰り広げるより、一旦警察に捕まえさせてしまう。大友と雨女、二人とも形の上では被害者だ、どちらも解放されるのは当然のこと。解放される過程で自分の手元へ来るように少し細工、家まで送ると言いつつ自分の手元に運ばせるとか、してしまえばいい。警察の上の方に協力者がいれば、そう難しいことじゃない。

 またしても向こうが上手だというのか、それともまたしても俺の被害妄想。

 だがもし被害妄想じゃないのなら。このまま流れに乗って捕まえさせて、警察内部の怪しい動きを突き止めればフォンに辿り着けるかもしれない。

 一見相手の策を逆手に取った名案。だがこの程度のことフォンなら想定内のことじゃないのか? 俺を欺く何かしらの手段を用意していると思った方がいいのか?

 だがこれもフォンが俺の正体を見抜いていることが前提。

 見抜かれている?

 そこまで恐ろしい敵か?

 いやそもそも見抜いているなら、こんな事しないでさっさと影に潜めばいい。

 やはり、ばれていない。なら策は有効か?

 駄目だ。思考の無限ループに陥る。答えを出せる根拠がなさ過ぎる。

 思考が空回りしている中、敵の策に乗るのは危険か? 一発逆転の妄想に取り付かれてないか?

 くそっ司令官として失格だが、こうなったら脳筋となって敵の策を片端から潰していく、戦略的敗北を戦術的勝利で覆してやるか。

 荒々しさに惹かれる策。だが戦術的勝利の積み重ねが戦略的勝利に結びつかないことなどよくある。

 今回の件で言えば、フォンの策を片っ端から潰した結果、フォンが逃げてしまったら努力は全て水の泡、作戦は失敗となる。

 そういった意味では、戦術的に全て負けてもフォンを引っ張り出せたのなら勝利だ。

 どうする?

 ・

 ・

 ・

 凡人は凡人らしく、中道を行くのが似合っているか。

 俺は獅子神に直ぐさま逃げるように指示を出した。フォローは出来ない、上司として獅子神なら何とか切り抜けると信じるしかない。

 そして俺。

 やっぱり俺は体を張る現場の人間なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る