第176話 レンタルオフィス

 パステルカラーのモダンなテーブルに人間工学を追究したチェアーが配備され、ゆったりと体を預けて何時間でも議論が可能。

 完全防音で隣の部屋の声が漏れてくることも漏れてしまうこともなく、心置きなく声を出して議論が可能。

 冷暖房完備で快適な環境が保たれ、最近の会議では必須のプロジェクターは当然設置され豊富な資料で議論可能。

 まさに至れり尽くせりのレンタルオフィスの会議室には、俺、工藤、犬鉄、叢雲がいた。

 警察署の会議室でなくわざわざ金も掛かる外部の会議室を使っているのは、警察では何処にフォンの目が光っているか分からないからだ。その点数ある近場のレンタルオフィスからランダムに選んだここなら、このメンバーに裏切り者でも居ない限り情報が漏れることはない。

 情報流出を極力抑える為に事件が解決する日まで経費請求が出来ないので完全な自腹で痛い出費だが、それだけの価値はある。料金のカンパをメンバーに求めたときには、やり過ぎじゃないかと言われたがフォンを間近で感じた俺からすればこれ位しなければ安心できない。

「珈琲です」

 大原が各人の前に珈琲を置いていく。今の彼女は青系のタイトスカートの制服を着ている。鍛えてきびきび無駄なく動く様は、出来るOLになっている。世にいる成金スケベ社長が見れば、是非秘書に欲しいとヘッドハンティングされそうだ。

「ありがとう」

「どう致しまして、社長」

 彼女と影狩は現在自衛隊からの民間出向という形で俺がでっち上げた会社「八咫鏡」の社員ということになっている。対魔用の特殊部隊のエリートだったのに、部隊はあっさりと壊滅させられ生き残った二人は責任を取らされ左遷させられた。

 それでも大原は洗脳されていたとはいえ俺を撃った負い目があるのか、腐らず意外と尽くしてくれる。不可抗力だったのだし、彼女はあの戦いで恋人を失っている。流石の俺でも少し同情してしまい、どうにかならないかと桐生所長に相談した。だが、どうも自衛隊のお偉さん肝いりのプロジェクトだったらしく、それがあっさりと壊滅してお偉さんの面子は潰れてしまい怒り狂っているらしい。その人物が失脚でもしない限り、戻れる目は無いそうだ。

 長期に部下の面倒なんか見てられない俺は今度は如月さんに相談して公安九十九課に転属させることは出来ないかと相談した。そしたら影狩達の部隊は元々は公安九十九課に対抗して作られた組織らしく、向こうが絶対に了承しないとのことだった。

 結局面倒を見るのは俺と成った。盥回しされた彼女達も可哀想だが、盥回しを押しつけられた十分に貧乏籤だ。最後の情けか紐は付けておきたいのか基本給は自衛隊持ちらしいが諸々の経費は俺が面倒を見なくてはならないらしい。

 残業代に始まり、出張費、制服代、武器、二人の居場所を作る為のオフィス代、怪我すれば労災などなどと支払われる給料以上のコストが人には掛かかるのは常識。そんな費用どうやって工面しろというんだよ。俺は半官半民の本業学生だぞ。

 ブラックに使い自主退職して貰うしか無いのか?

「どうかしました?」

 大原が心配したように聞いてくる。まさか再出発したばかりの彼女にリストラしようかと考えていたとは幾ら俺でも言えない。

「いや少し考えをまとめていただけだ。

 よし始めよう、みんな席に着いてくれ」

 談笑をしていたメンバーが姿勢を正して席に座る。大原は何も言わずに俺の背後に直立不動で立つ。別にいいのに外部の人間が居る前では俺を立ててくる。そんなに尽くして貰えると、益々心苦しい。

「まずは俺から昨日の報告をする・・・・

 ・

 ・

 ・」

「あんた、よく生きていたわね。犬鉄も大概だと思っていたけど、あんたも相当ね」

 俺の報告が終わった後の叢雲の忌憚ない第一声だった。俺は一応年上だし今回の仕事に際してはボスに当たるはずなんだが、この年頃は本当に怖いものなしだな。やりにくい。

「フォンか。聞いたこと無いな。犬鉄はどうだ?」

「俺もない」

 俺の報告を聞き終わった工藤が犬鉄に尋ねる。二人ほどのベテラン捜査官が聞いたことの無い通り名か。最近頭角を現してきた人物なのか。

「だが、出会った感触はそこらのチンピラじゃない。あれほどの悪党が今まで全く噂にならないということは考えにくいんだが」

 名には力が宿る。全くの無名から徐々に名が売れていくことで名に信頼と力が宿っていき大きな仕事が出来るようになってくる。

 フォンとていきなり誕生したわけじゃないだろう、やはり下積み時代があり実績を積んで名に力が宿っていったはず。

「地元産ではなく外来種。もしくはフォンという名は全くのフェイク」

 俺の問い掛けに犬鉄が推測を言う。

「なるほど、それは思いつきもしなかったな。

 前者なら、あれほどの男だ、此方に来たときに何かしらの抵抗があって噂になっているはずだ。そんな噂あったか?」

「俺は知らない」

「なら後者、あれだけのリスクを冒して俺は騙されただけか、笑えないな」

「ちょっと何いじけた事言っているのよ。しっかりしなさい、男でしょ」

 本気でデリカシー無くズカズカ来るな。だが俺を嘲笑しようという悪意は感じられない、清々しいピリ辛味だ。

「まだそうと決まったわけじゃない。あんまり考え過ぎるな。

 取り敢えずフォンの名に当たってみる」

 犬鉄は俺の肩をばんばん叩いて励ましてくる。何も言わない俺同様のドライな工藤と違ってフォローするのか、手柄に意地汚いという噂と違って意外と気さくなオッサンだな。

「励ましてくれるのは嬉しいが、フォンの名を無闇に探るのはまだ辞めてくれ」

 もしフォンが即興の名で下手に嗅ぎ回ってフォンの名を探っていることがフォンに知られたら、速攻で俺が出所だと断定されてしまう。

「分かっている。口が堅く信用できる情報屋にだけ当たってみる」

 どうする? 犬鉄が信用するというなら信用するか。

「分かった許可する。工藤警部補もこの名はまだ部下には伝えないでくれ」

「了解した」

「兎も角、報告の通りこの一週間が勝負になる。

 そこで此方の方からも仕掛けていく。まずは叢雲」

「へっ私?」

 完全に人ごとだと思っていたらしい叢雲が虚を突かれたような返事をする。

 悪いが、旋律士の定番通り最後のおいしいところだけ活躍させるつもりはない。今回は前座の泥臭い仕事をタップリとやって貰う。

「お前は今回の犯人命名「雨女」の顔を俺以外に見た貴重な存在だ。そこで叢雲には雨女の捜査を頼みたい」

「わたしが~? 私そんなことやったことないわよ。どうやるのよ」

 ふう~犬鉄め。相棒とか言いつつ相当甘やかしているな。俺も案外甘えていけば、なんだかんだで力になってくれるのかも知れないな。これはいい思いつきだ。

「お前にだって友達は居るだろ」

「そっそりゃいるわよ」

 なぜ若干焦り気味なんだ?

「見た感じ雨女とお前は同世代だ。ならお前のJKネットワートを使えば見つかる可能性は高い。案外同じ高校かも知れないぞ」

 理論的には、「知り合いを6人以上介していくと、世界の誰にでもつながることができる」らしいからな。

「っででも」

 まだ渋るか、そんなに自分に自信が無いのか。そういうタイプには見えないんだがな。

「果無警部、そういう捜査は我々の方が向いているんじゃ」

「駄目だ。確かにこれが雨女事件だったらそうする。だが獲物が違う。お前達正規の捜査官が動けば獲物であるフォンに気付かれる可能性がある。ここは非正規戦力で行くしか無い」

「しゃあねえ、俺が手伝ってやるよ」

「恩着せがましい」

 犬鉄が得意気な顔で叢雲を見ながら言い、叢雲の顔も雲が晴れたようになる。

 へえへえ、仲がいいことで。

「それも駄目だ」

 決して二人の仲を僻んでのことじゃない。

「おいっ」

「色々理由はあるが、あんたと叢雲の二人で捜査したら悪目立ちしすぎる。幾ら直接の捜査では無いとはいえ、フォンに察知される危険がある。

 それに何より、犬鉄さんには別の仕事を頼みたい」

「だが此奴一人じゃ無理だぞ」

 それはあんたが甘やかしてきたからだろ。まあ今回ばかりのはこっちでツケを払ってやろう。

「大原」

「はっ」

 今まで一言も漏らさず直立不動で控えていた大原びしっと敬礼をして答える。

「叢雲をサポートしてやってくれ」

「分かりました」

「大丈夫なのか?」

 工藤が確認してくる。

「大原なら、頑張れば女子大・・・イテッ」

 足踏まれた。

「普通にしていれば女子大生に見えて、叢雲と一緒でもそんなに不自然じゃない。更に警察でもないから完全にフォンの監視外だ。

 何より彼女は優秀だ、これ以上の適任は居まい」

 出来る上司は部下を褒めることも忘れない。

「期待に応えて見せます」

 大原が何を思ったかテーブルの下俺の脇腹をこちょこちょ突いてくる。褒められて照れている?

「では次に、昨日の成果を聞かせてくれないか工藤警部補」

「分かった。

 尾行は成功した。尾行対象の塒は掴んだ」

「上出来だ」

 こちらは年下の上司に褒められても表情一つ崩さない。可愛くないが、俺に褒められてニッコリするオッサンも見たくないので良しとする。

「それ以上の監視は一旦中止にしているが、スナイパーが女性だということは判明した」

「女だったのか」

 その瞬間俺の中カチッとギミックが噛み合うのを感じた。

「どうする? 彼女のことを調べるか?」

「当然だ、今のところ唯一フォンに直接繫がる糸だからな。

 だが、それは犬鉄さんにやって貰う」

「俺が? いいのか?」

「何度も言うが正規の警察官が動けば察知される恐れがある。その点独立捜査官である犬鉄警部は非正規に近い、フォンもそこまではマークはしていないだろ」

「分かった」

「方法は任せますが、警察の力は一切使用禁止です」

「なに」

「いち一般人として捜査を行って下さい。つまり私立探偵もしくはフリーライターにでもなった気でお願いします。必要なら偽の名刺も用意させますから」

 我ながらの無茶振りに自然と丁寧語になる。

「なかなかの難題を言ってくれる」

 犬鉄は渋い顔に成るが、それでも昔の職人気質で出来ません断りますとは言わない。俺なら絶対に渋ってごねて交換条件を出すな。

「頼りにしてますよ、犬鉄さん。貴方が協力を申し出てくれて本当に助かります」

 早速甘えてみたが、心からの気持ちでもある。犬鉄が居なかったら、俺自身が調査をするか諦めるしかなかった。

 おかげで俺は仕込みに専念できる。

「気持ち悪いが、まあ仕事は果たす。何よりフォンみたいな奴を野放しに出来ないからな」

 工藤からの話では正義感は強いが頭は相当切れるらしい。手柄ほしさに暴走する心配はあるまい。

「工藤警部補は今のところ動かないで待機でお願いします。何かあったら直ぐに動いて貰いますので、できるだけ体は空けておいて下さい」

 心苦しいが工藤警部補達にはこう言うほかない。

「分かった。

 それで、果無警部はどうするです?」

「出来る上司らしく、デスクで部下の吉報を待ちますよ」

「ご冗談を」

「まあな。俺はこれから鏡剪となって色々と動く、表の貴方は知らない方が身の為だ」

「そのようですな」

「裏の俺ならいいのか」

「勿論。あなたには表の人間の分まで色々と働いて貰いますよ」

 こうして会議は無駄なく実に有意義に終わったのであった。

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