第175話 役者は揃った

 工事中のビルのあちこちから閃光が瞬く。

 遅すぎても早すぎても狙撃される。閃光を合図に俺は命懸けのスタートダッシュをした。

「ぎゃあ、目がああああ~」

「眩しい」

 合谷達の湧き上がる悲鳴、今ならフォンの顔を拝めるかとチラッと視線を走らせたが、流石手強いとっくに閃光の影に退避していた。

 ならばもう未練は無い。閃光と同時に湧き上がり一階部分を覆い隠していく煙に紛れて消えていく。

 スナイパーの目が復活すれば逃げる術はなくなる。煙が晴れるまでの間に俺は安全圏まで逃げ切らなくて成らない。

 それがリスクを排除したベストな選択。


 時間にすれば二~三分後には煙が薄れていき、一階部分に取り残されている合谷達の姿が表れてくる。

「けほっごほっ、鏡剪の奴何処に行った?」

「とっくにここから逃げているでしょ。彼奴これだけの仕込みをしていのか、何処まで抜け目がない奴なんだ」

 咳き込みながら辺りを見渡す合谷に辺秀が答える。

「へっへ、まんまと逃げられたのか、フォンも実はたいし・・・」

「合谷君」

「はい」

 突如四方を囲む闇から響く声に合谷の背筋が伸びる。

「鏡剪君に伝えておいてくれたまえ、勝負は受けたと」

「はい」

「一週間後、彼には私の靴でも舐めて貰うか」

「ありがとうございます」

 それはつまり一週間後には自分を取り巻くトラブルが解決するということ、合谷は安堵の気持ちに今ばかりは偽りない感謝を込めて礼を言う。

「うむ、私は私の仕事を果たすだけのことだ。

 だから合谷君も忘れずに一週間後トラブル対応費として500万用意しておいてくれたまえ」

「へっ?」

 一週間でもマンションに引き籠もれば全ての問題が片付くと思っていた合谷にとってこの言葉は青天の霹靂だった。

「何かね?」

「いやだって鏡剪を紹介したじゃないですか」

「ああ、それについては感謝している。久しぶりに刺激される案件で私も胸が躍るよ。

 だが、それと今回のトラブル処理に何の関係が?」

「・・・」

 どうやら合谷は鏡剪を生け贄に差し出す代わりに依頼料を免除して貰おうと思っていたようだが、明確な契約をしなかったようだ。悪魔がそんな隙を見逃すはずがなく、結果合谷は鏡剪の信頼を裏切っただけという損だけを積み重ねた。

 やはりフォンは関わる人間を地獄に連れて行く。

「では私も失礼する」

 闇から放たれていた圧倒的な気配が今度こそ消えた。帰ったようだ。


「ちきしょうっ」

 合谷は闇からの圧力から解放されるやいなや足下にあったバケツを蹴り飛ばす。

「落ち着けよ」

「これが落ちついてられるかっ!!! 

 500万だぞ500万、そんな金何処にある」

「結構今まで稼いだんじゃ」

 柄作が尋ねる。

「先行投資で車や高いカメラを買っただろ。

 こうなったら今週やるぞ」

「それは辞めた方がいいんじゃないか、狙われているんだぞ」

 辺秀が無難な提案をして合谷を止めようとする。

「俺を狙う奴らはフォンが片付けてくれる。

 それよりも金を用意できなかったらどんな目に合うか」

 合谷の顔には恐怖がありありと浮かんでいた。

「そうだな」

「柄作は獲物を直ぐにピックアップしろ」

「分かったよ」

「よしっ。さっきの光で警察が来るかも知れない、さっさとずらかるぞ」

「おう」

 騒がしかった合谷達が慌ただしく立ち去りだすと二階に潜んでいたスパイナーがむくりと動き出す。スナイパーは合谷達が向かった方とは反対側の外周に設置されている仮階段を使って降りて行く。その様子は合谷達と対象に落ち着いていて足音一つ立てず背景に溶け込むようだった。仮に今警察が踏み込んだとしても合谷達に目が行ってスナイパーの存在には気付かないだろう。

 気配を消した上に万が一の為に合谷達を囮に使うしたたかさ。

 そんなスナイパーも、その姿を闇から殺意も悪意もなく淡々と見詰める気配には気付かなかったようだ。

 折れた心じゃ明日は来ない。

 鷹の心こそが明日を掴む。

 俺は逃げ切らず踏み止まった。

 ここはリスク側に天秤を傾けてでも、手繰り寄せた糸は離すべきじゃない。

 闇から滲み出るように俺も動き出し、スナイパーの後を付けだした。


 銃を入れたギターケースを担いで歩いているスナイパーの背が見えるギリギリの距離に離れて尾行している。それでも俺は気配を隠し切れず鋭い者なら俺の下手な尾行など気付くだろう。だが都合が良いことに誰が通報したのかパトカーのサイレンが鳴り響き、俺の気配を掻き消してくれる。スナイパーの方もパトカーに出くわさないように気を取られているのが分かる。

 寝ていた住民には不安にさせて申し訳ないが実に喜ばしい、もっと盛大に鳴らして欲しいくらいだ。

 だが浮かれるわけにはいかない。今は珍しく幸運が重なっているだけ、こんな下手な尾行を続けていればいずれは気付かれる。所詮俺は素人で闇に潜むのはうまいかも知れないが、能動的に後を付けるのは勝手が違う。いずれこの技術も磨く必要があるが、今は実地訓練をしてしくじるわけにはいかない。素直にプロに任せる。

 俺はスマフォでグループ連絡用に自分で作り上げた専用アプリ「八咫の文」で工藤達にメッセージを送る。

『尾行中、○○方面に向かっている。引き継ぎを頼む』

 連絡を送った後数分、何とか悟られず見失わず尾行スマフォしていた俺のスマフォにメッセージが届く。

『対象を確認。引き継ぐ』

 蜘蛛巣状に配置され待ち構えていた一人からだった。ここからは彼を起点に尾行の包囲網が形成されていくだろう。

 ならば素人の俺はフェイドアウト、俺はゆっくりと立ち止まる。

「ふう」

 スナイパーの気配が十分に消えてから俺は一息付いた。

 ハードな一日だったが、それなりに舞台と演者は揃った。

 フォン、スナイパー、合谷達、雨女。

 工藤、叢雲、犬鉄。

 あとはそれをどう踊らせて感動のフィナーレまで持っていくかが、演出家の腕の見せ所であり、俺の仕事だ。

 陰謀渦巻く頭脳戦こそ俺の本領であり、根性論の肉体戦は本来は俺の仕事じゃないというところを、観客に見せ付けてやらないとな。

 取り敢えずは明日の報告を楽しみにしつつ俺は近くに取っていたホテルに向かって歩き出すのであった。

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