第160話 肝の位置が違う

 宇宙服というか極限環境対応スーツを影狩に手伝って貰い着込み終わった。

 これでバイザーを閉じてしまえば皮膚が溶ける高温も皮膚が砕ける低温も、体にカビが生えて腐りだす高湿や耳を壊す騒音・毒ガスなどを完全遮断、スーツ内部をニュートラルに維持する。体の感覚が封じ込められることになるが、高温などの外部環境の状況は各種センサーがモニターすることで装着者は数値的に把握、咄嗟の対応用に音なども集音装置を起動させればシアター並みの立体サウンドで聞くことが出来る。

「どうだ?」

 今はヘルメットのバイザーは開けてあるので影狩の声が直に聞こえる。

「そうだな」

 その場で飛んだりしてみるが意外と軽いが、あくまで意外。思ったより軽いと言うだけで動きはプールの中を歩いているようにぶくなる。ダイエットにはいいかもしれないが、無理をすれば直ぐに体力を奪われる。

「普通に動けるくらいだな。これで格闘とかは無理だ」

「まあ、そうだろうな。そいつで格闘したければゴリマッチョにでもならないとな」

 流石桐生所長製だけあって可動範囲が狭いわけじゃ無い、ただ動かす際の抵抗が強いだけで怪力があれば普通に動くことは出来るのだろう。

「まあいいさ、俺は戦う予定は無いからな。

 燦お前はどうだ?」

 同じく装着の終わった燦に尋ねる。

「問題ないわ。体慣らしにここにある機材私が運ぶね」

 燦はその場でバク転したりシャドーボクシングなどしてみせ、その動きは俺と違い切れがあった。普通の奴となら十分戦えそうだ。

「頼む」

 燦は近くに置いてあった酸素ボンベや水食料などの入ったボックス、普通でも運ぶのに難儀な重量物を軽々と持ち上げエスカレーターの方に運び込んでいく。

 まあ、問題なさそうだな。問題はこっちか。

「お前はどうだ?」

「いたたた、かみ髪が引っ張られる」

「ああ、やっぱり髪まとめましょう」

 六本木の悲鳴に大原が慌てて六本木の髪をマンガの中国人がするようなお団子を作ってまとめていく。

 置いていくかな。

 俺はゆっくりとエスカレータの方に歩いて行く。


 何とか転ばずに辿り着いたときには、燦により酸素ボンベ・水・食料の設置は終わっていた。

「いえ~い、綺麗にとってね~」

 いつの間にか俺に追い付いていた六本木は記録用のカメラに向かってポーズを決めていたりする。建前上天空のエスカレーターのPR用の動画を撮ることになっている、余計な勘繰りを避けるため後で適当にまとめて動画サイトに本当にアップする予定だ。その際の出演料は閲覧数に比例して天空のエスカレーターの運営より支払われると聞いて六本木は気合いが入って笑顔を振りまいている。顔を隠したがる俺と燦と正反対だ。

 彼奴マジでそっち方面で頑張った方が向いているんじゃ無いか?

「準備はいいかね」

「お願いします」

 桐生所長の問い掛けに俺は了承する。

 俺、燦、六本木とまるで宇宙船に乗る宇宙飛行士のような感じで背後に手を振りながらエスカレーターに足を踏み入れていく。そして停止していた天空のエスカレーターのスイッチが入り俺達は上昇を始める。


「へえ~なかなかいい眺めね、こんな奴じゃ無くて素敵な人と一緒だったらロマンティックだったんだろうな~」

 外の風景を眺めながら六本木が聞こえよがしに言う。

「大丈夫よ兄さん、燦はこんな風景が見れて楽しいわ」

 燦もまた外の風景を食い入るように見ながら言うが、それはフォローなのか? そこは兄さんと一緒に見れてと入れないと可笑しくないか。

「きししししし」

 そんな俺と燦の対応を見て六本木が嫌らしく笑う。

 まあいい。俺はここにデートに来たわけじゃない。仕事だ。もうすぐ監視カメラの死角に入り込む。ここで入口をしっかり認識して空間の狭間に入り込まなければ、この重い服を着てビルの屋上から下まで降りてこなければならなくなる。出来れば一回で終わらせたい。不安要素としては三人でいること、今までの被害者はカップルだけ。それがユガミがカップルだけを狙っているのか、ほとんどカップルが利用しているからなのかは不明。まあ、失敗したら次は六本木を抜いて挑戦しよう。

 天上を睨み監視カメラのレンズを覗き込む。レンズが見えている限り俺はカメラに認識されている。今ここには俺達以外には居ない、カメラさえ無くなれば俺達は誰にも認識されなくなる。

 俺は燦の手を握る。燦は余計なことに六本木の手を握る。

 三

 二

 一

 カメラのレンズが見えなくなった。

 ここだっ。




「ねえ、特に変わったところ無いけど失敗したの?」

「どうだかな」

 最初の内は普通の天空のエスカレーターと違いは無い。ただ他の観客が消えるだけだが今回は最初から居ない。俺はスーツの腕にセットされている端末のタッチパネルを押す。普通ならこれで桐生所長と連絡が取れるのだが何の反応も返ってこない。電波の途絶、空間の狭間に入り込んだとみていいようだ。いつか空間を超えて通信が出来る機器を桐生所長が開発するのを願いつつ、俺は電気を節約するためスイッチを切った。

「喜べ無事に入れたようだ」

「オッシャー」

 歓喜の声を上げた六本木がさっさとヘルメットを取ろうとしだした。

「何やってんだ?」

「何ってこの服を脱ぐのよ。こんな格好をさせるから身構えちゃったけど、普通に息できるじゃない。だったらこんな服脱いで、さっさと旋律奏でるわよ」

「馬鹿か」

「はあ~」

 思わず俺から零れた言葉に六本木は此方をスケバンのように睨み付けてくる。

「そんな簡単ならわざわざ燦を連れてきたりしない。ここでエスカレーターを多少破壊したところでユガミにダメージは無い。

 殺るなら、この空間全てを破壊するかこのユガミの中心部を破壊するしか無い。

 お前にこの空間全てを破壊できるのか?」

 六本木は見上げ霞むほど天に昇っていくエスカレーターの先を見て、振り返っていつの間にか地の先に沈んでいるエスカレーターの入口を見付けようとする。

「無理」

「なら大人しくしていろ。なに何もしなくても核の所には連れて行って貰える」

「どのくらいかかるの?」

「さあな。まあ一~二時間じゃ無いことは確かだ。本番に備えて寝ててもいいぞというか、俺は寝る。この機会に寝不足を解消する」

 それだけ言うと俺はその場に座り込み目を瞑った。ブラック環境を乗り越える秘訣は隙間時間があれば寝ること。

「あっきれた~良くユガミの真っ只中で寝れるわね。感心するわ」

「兄さんは普通の人と肝っ玉の位置が違います」

「それ褒めてるの?」

「そうでなければ魔人である私を側に置こうなんて思いません」

 それだけ言うと燦は俺の横に腰を下ろして寄り掛かってきた。

「ええ~ちょっと二人とも寝ちゃうの? これじゃ私が見張りしないと行けないじゃ無い、ねえちょっと聞いているの」

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