第152話 確定しない

「どったの。はれ、いつの間にかアッシー達しかいない」

 俺の様子に気付いた水波が遅ればせながら周りをきょろきょろ見て呟く。全く事態の深刻さを理解してない脳天気さが羨ましい。俺もこうなら人生もっと楽しかったかもな。

 上を見れば、頂上が霞むほどに伸び上がるエスカレータに誰もいず。

 下を見れば、地の底の闇に呑まれていくエスカレーターに誰もいない。

 迂闊にも気付かないうちにユガミの作り出す認識の狭間に取り込まれたか。

 そして最も悔しいことに、このギャルの言うことの方が正しかった訳で俺の休暇は強制的に終了となった。

「?」

 思わず水波の顔を睨んだが水波は睨まれた訳が分からんとした顔を返す。

 此奴にさえ関わらなければ、なぜ俺は折角の休みだらだら寝過ごさなかった。時間の無駄は出来ないとばかりにいつも通りに起きたばっかりに、せめてもっとゆっくり朝食を取るとか、ネットを見るとか・・・。

 此奴に会わないで済む分岐は無限にあった、だが俺は此奴に会うたった一つの分岐を選び続け、此奴に会ってしまった。ならばこれは偶然でなく必然、俺が選んだと言うより此奴に手繰り寄せられた結果なのかもな。

 なら仕方ない、ここを生き残り、休日返上で働いた分の賃金を請求するのみ。

 気持ちを切り替え思考を退魔官に切り替える。

 この次は何が来る?

 この階段が歯と成って顎門が閉じられ噛み砕こうとしてくるか。

 この階段が巻き上がって全身に絡みつき雑巾の如く血を絞り出されるか。

 過度の予測は柔軟性を失わせるが、超人的な反射神経を持たない俺はあらゆる場合を想定して対応をシミュレートしておかなければ咄嗟に動けない。それでいて、ユガミには此方の思考の斜め上をいかれて出し抜かれる。だがそれでいい。予想出来なかったたった一つの事態なら俺でも対処できる。二つも三つも不測の事態が起きたらパニックだ、生存率を少しでも上げるため頭の回転は停止させない。

 頭はフル回転、体は力を抜いて自然体にて構え非常時にもっとも応用が利く武器銃を取り出そうと懐に手を入れる。窮地で頼るのが最新鋭の科学兵器でなく使い古された枯れた技術の銃とは帝都大学理系としては悔しいところだが、枯れるほどに使われるには理由があるとも言える。

 俺はコートから銃を引き出す。

「くっ」

 ガンホルダーから解き放たれた銃はずっしりと重く完治していない手首に痛みが走る。

 連射が無理どころか狙いをちゃんと合わせられるかすら怪しい状況に痛みだけで無く顰む俺の顔の横から気楽な顔が抜き出てくる。

「おもちゃ出してどうする的な?」

「本物だよ」

 そもそもこの状況でおもちゃ出してどうするんだよ。

「犯罪的な」

 水波が引き気味に言う。

「合法だよ」

「やっぱり陰陽師的な~」

 何で陰陽師が銃をもってんだよ。そこで俺が警察関係者だと思わないのは、此奴の思考能力が足りないのか、俺が全くそう見えないのか。

 両方かも知れないが疲れる、疲れるから相手しないで俺も俺のペースで話を進める。

「そんなことより気を付けろ。どこから襲ってくるか分からないぞ」

 此奴も空手の心得があるようだし、自分の身は自分で守って貰おう。悪いが俺に誰かを守る力は無い。

「ねえ」

 今までと口調が違う少ししんみりと俺に尋ねてくる。

「なんだ」

「ガワッチもこれに巻き込まれたのかな。

 それじゃ・・・」

「監視カメラを確認しないと断定できないな」

 俺は水波にその先を言わさない、強い口調で断ち切る。

 こいつは見た目ギャルだが俺なんかより情に厚い女だ。ここで親友が殺されたなどと想像したら落ち込んで使い物にならなくなる。逆に怒りに逆上されても状況を悪化されるだけ。この状況下でお荷物もトラブルメーカーもご免だ。

 それに嘘は言ってない、確定していない以上可能性は無限にある。

 例えば・・・。

「単にお前が嫌われている可能性もまだある」

 先程の蒸し返し、やっぱり此奴に黙って家出しただけ。

「酷い」

「今は自分が助かることを考えろ」

 落ち込むのも仇に燃えるのも助かった後なら俺は何も言わない関与しない。

「その銃で倒してくれないの?」

「はっ銃で倒せれば世話ないぜ。

 俺達の役目はここを生きて脱出して怪異の存在を知らせることだ」

 市民を守ることが退魔官の仕事じゃない。

 結果的に市民を守ることが退魔官の仕事。

 似ているようで大きく違う。

 退魔官は生きて魔の情報を持ち帰ることこそ至上なり。

 例え市民を結果的に見捨てることになっても生きて情報を持ち帰ることで、旋律士が動き魔は退治され結果的に市民の被害は減る。下手に情に囚われて情報を持ち帰ることなく死んでしまえば、魔は潜み続け被害は広がり続ける。

 情でなく条理で判断するが退魔官なり。

 そうで無ければ認識の狭間に潜む魔を誰が白日にする。

「そうすればお前の言う陰陽師が退治してくれるさ」

 陰陽師なんて言ったら時雨は怒るだろうけど、世間的に旋律士なんて認知度低いからしょうがない。このマスメディアの世界において広報活動が足りないなのが悪い。

「アッシー連絡先知らないけど」

「そうか」

 まあ教えてないからな。




「普通ここで教えてくれるてきな~」

「それは俺が死んでお前が助かるということだろ、絶対にそんなフラグは立てない。

 もし万が一そうなったら自分の頭で何とか連絡を付けろ、お前なら出来る」

「むちゃぶり」

 そう言うが実際此奴の行動力なら時雨も見つけ出しそうで怖い。

 しかし水波と馬鹿話をしているがいっこうに次のリアクションがない。

 ただ上に運ばれるだけ。

 もしかして一番上にゲームのラスボスみたいに待ち構えているとでもいうのか?

 だとしたらそれに付き合う必要は無く、下に逃げるのが正解なのだろうが・・・・

 見下ろす先は地平線の彼方に消えるかの如く遙か遠く、それにユガミがそんなに甘いとも思えない。

 そうは言っても見上げれば消失点は天空の星々の如く小さく遙か上。

 一体何処まで登っていくんだと思いつつ腕時計を見る。特別製で時間は元より方位高度湿度温度簡単なメールや電話も掛けられる。スマフォでいいじゃないかと言われそうだが、魔との戦いの最中片手が自由になっているのは意味が大きい。

 時計を見ればいつの間にか高度が500メートルを超えていた。とっくに天空のエスカレーターの高さを超えていた訳か。

 このまま登ればどうなるか? 先を見るにまだまだ上に上がっていく、下手をすれば富士山だって超える高さかも知れない。この格好で富士登山が自殺行為なのはよく知っている。ラスボスに会うどころか途中で凍死かよ。

 これ以上の様子見は命取りだな。

 さてどうする?

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