第149話 存在に耐えられない軽さ

 何言ってんだこの女?

「どったの早くいこ。いい声で啼かしてあげるから」

 戸惑う俺にギャルはにひひひと笑いかけてくる。

 改めて思う何言ってんだこの女?

「待て何でそういう話になる」

 高まる緊張に俺とこのギャルはここでストリートファイトをするはずじゃなかったのか? 

 なぜにホテル?

 ホテルの一室でも借りて一戦交えるのか?

 それならそれで納得できる。目撃者がいない状況は此方も願ったりだ。

 そうであってくれ。

「はあ、何言ってんのあんた?

 抱ければ言うこと聞いてくれるんでしょ」

 ギャルは首を傾げその細く整えられた眉を八の字にして言う。

 流石にここまで言われればホテルに行く意味が確定する。

「それはお前の男友達のことで俺のことじゃない」

 ギャルの躰目当ての男共を揶揄して、俺は躰なんぞに釣られないという意味だったんだが、ギャルは躰目当ての男共を俺が羨ましがり俺にも抱かせろという風に取ったのか。

「手を出すって言ったじゃん」

「そういう意味の手を出すじゃない」

「はあ~? こんないい女を前にして「手を出す」をどんな勘違いをするんですか?」

「俺は殴ると思っていたが」

 俺はもう正直に言う。

「きゃははは、うける~。女殴ったら犯罪じゃん、DV系?」

 ギャルはお笑い系の番組でツボにはまったように笑う。

「そもそもお前が先に足刀で俺を脅したじゃないか」

 あれが決定的になって殴り合いをする雰囲気になった。

「あんなの愛嬌なんですけど~。

 そもそも当ててないんですけど~」

 でた。男の暴力は暴力で女の暴力は愛嬌と言い張るご都合回路。

 絶対に此奴は足刀を出した時点では俺の想像通りの手を出すの意味だったはず、それが何かが切っ掛けで意味がすり替わったんだ。そして意味がすり替わった瞬間から遡及して行動の意味づけも変えてきてるし。

 その都合の良い思考回路を有した頭をぶん殴りたいが、こんな公衆の面前で此方から殴ったらしゃれにならない。

 ぐっと我慢して問い糾す。

「いやお前泣かすって口でも脅していただろ」

 こういう女が泣かすって言ったら虐めたり迫害するってことだろ?

「だからベットの上でいい声で啼かしてあげるって、あんたも啼かせてみろってリクエストしたじゃん」

「そういう意味で言ったんじゃない」

 まるで政治家みたいな答弁になんだろうこの湧き上がる苛立ち、子供の様に地団駄を踏みたくなる。

「でもこれで誤解は解けたっしょ。キャッチボールは大事でバッチオッケー」

「ああ、お前の言っている意味は理解したよ」

 くどいようだが俺は絶対に誤解してない。だがもういい記憶を作り替えた此奴を幾ら問い詰めても時間の無駄だ。

「ならオッケー」

 ギャルは右手で○を付くってウィンクしてくるが、残念ながら根本的なところで誤解しているんだよな~。

「そもそも俺は抱けたら言うことを聞くとは言ってないぞ」

 いや違うな。これでは聞くという単語の解釈に齟齬がでる。

 耳で聞くだけなのか、行動するのか大きな違だ。普通なら交渉のテクニックで聞くと言って話を聞くだけで済ませてしまう手もあるが、後々面倒なる可能性が大なので誤解の無いように誠実に行こう。

「言い直す。

 お前を抱いてもお前の要求を承諾するとは言ってない」

 これで誤解は無いだろう。

「マジー、ここでネゴ的な」

 んっ? 俺がいつ交渉をした? 断っているんだ。

「う~ん、分かったじゃん」

「そうか」

 よく分からないが最終的に分かってくれたのならいい。

 これからデートコースの下見をしなければならないんだ、これ以上の時間の浪費はしたくない。これでバイバイさよならだ。

「じゃあ、まずホテルいこっか」

 視界がぐらっとして体中から力が抜けるのを感じた。

「どうしてそうなる?」

 振り出しじゃないか。ここまでのやり取りは何だったんだ?

「アッシーを抱く。話を聞く。そこまでオッケー」

「ああ」

「そしてお願いを聞いてくれたら、ワンモアアゲイン。

 どよ」

 軽い。軽いな~。

 俺がそういうことをこじらせて重く見ているのかも知れないが、それでも軽すぎない?

 今まで出会った女で一番軽い。大事な自分の躰を交渉の材料にするなら、成功報酬にするか最低でも仕事を引き受けるのを条件にするだろ。

 話を聞くだけで一回、軽い軽すぎないか?

「いいのか? それだと俺は何もしないでただ同然に一度はお前を抱けることに成るが?」

 そう。一度目は話を聞くだけで女が抱けるという、此方に有利すぎる契約。

 そういう契約こそ、どこかに落とし穴があるもの。もしかしたら狡猾にこのギャルは罠を仕掛けているのかも知れない。

 可能性は低いが美人局。たまたま道に見かけた俺を鴨と網を投げてきた。

「でも話は聞いてくれるんでしょ?」

「まあ、そうだが」

「なら、いーじゃん」

 軽い。罠なんか仕掛ける重さはない。

「それにアッシーはテクニシャン。一度啼かされたらアッシーのテクにメロメロ、離れなくなるって感じ」

 ははっそうですか。俺は重さで溺れるが此奴は軽さで溺れない。随分な御自信で。

 話は分かった。

 そもそもは足刀によるミスリードから始まった。

 手を出す。

 殴られ殴り返して手を出すなら、正当防衛でもこじつけで公務執行妨害だって言い訳は出来る。

 にゃんにゃんホテル的に手を出すなら。20代の俺が10代のギャルに手を出したら、疑う余地無く窮地に陥る。

 年的には釣り合っている。

 それでもだ。

 かつて似たような状況になった火凜とだったら純愛と見なされ執行猶予が付くかも知れないが、見た目ギャルまんまの此奴に手を出したら即日職権乱用淫行罪。

 もてそうも無い俺と見た目ギャルの此奴がホテルに入る構図は容易にそういうストーリーを描かせる。

 見た目ってやっぱ大事だな。

「どったの黙り込んじゃって?

 やっぱテクに自信ない系~。大丈夫、アッシー草食系も大好物。まぐろでもどんとこいって感じ。アッシーに身を委ねる」

 気の使い方が変じゃないか? いやこれも此奴なりの優しさなのか?

 俺は此奴に説教する気も生き方に干渉する気もない。

 ただ生き方が違うだけ。

 意外と抱かれてしまえば世界が変わってしまうかも知れない。

 っというかなんでこんな人生の根幹に触れるような事態になった?

 何処で道を違えた?

 もう一度逃げるか?

 駄目だな。逃げ切れるビジョンがもう浮かばない。

 重い俺じゃ軽い此奴を振り切れない。

 軽い此奴を重い俺が突き飛ばすか?

 今なら油断している顔面にジャブくらいなら叩き込める。

「ん?」

 顔を見詰められてギャルが小首を傾げる。

 女でも容赦なく殴れる俺だが、下手に会話を重ねすぎてしまった。流石に自分に愛嬌振りまいてくる状態の女を殴れない。

 バレなきゃいいじゃん。

 バレ無いバレ無い。

 どこからか囁く声が聞こえる。

 据え膳喰わぬは男の恥。

 差し出された善を喰わないとは男じゃない。

 男なり喰え。喰ってこそ男。喰わぬ後悔より喰って後悔しろ。

 どこからか叱咤する声が聞こえてくる。

 ここまで差し出されたら喰わねばならぬのか?

「さあ、行こ」

 ギャルは笑顔で誘う。その行為に邪気は無い、素直なんだな。

 そう俺も素直になろう。

「勘弁して下さい」

 俺は素直に心に従い深々と頭を下げるのであった。

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