第137話 妹と逃避行

「前を見て」

 センターまでもうすぐという所で運転する大原の声で前を見れば、木々の間から黒煙が立ち上っているのが見える。

 方角的にセンター、これでセンターが燃えていると判断するは早計、早計は白虎隊の悲劇を見れても分かる通り碌なことは無い。まだただの野焼きという可能性もある。

「くそっいつの間にか圏外になっているぞ」

 助手席に座っている影狩の言葉に俺も自分のスマフォを確認すれば圏外になっている。たまたまの基地局の事故と思うのは楽観過ぎか、たまたま俺が向かう時に基地局を破壊されたかジャミングされたと思うのは世界に対する疑心暗鬼か。

「ゲートが開いてるぞ」

 影狩が驚いている。センターまで後は直線、木々に邪魔されること無く開ける視線で段々とセンターの壁が大きく見えてくる中、確かに入口は閉ざされること無く開かれているのが分かる。ついでに言えば黒煙は間違いなくセンターの敷地内から上がっているのも分かる。

 楽観でも悲観でも無い、事実としてセンターは今何者かに攻撃を受けていると推測される。まさか俺を騙しての緊急火災訓練というオチはないだろう。

 だが不幸中の幸い、俺はあの鉄化場にいない。ここでUターンして引き返せば何のトラブルに巻き込まれない。幸い顔も知らない連中のため危険を犯して助けに行かなければならないと感じる心は壊れている。

 方針は決まって、さてどう角が立たないように話を持っていくか? 

 電波封鎖をされているということは応援を呼べないと言うことで、誰かが可及的速やかにここから離脱して応援を呼びに行かなくてはならない。

 ならば戦士で無く官僚、前の二人みたいに戦うことが職務で無い俺がその役を果たすことは自然の流れだろう。

 更に民間人の避難させなくてはならないという警官としての義務もある。

 以上から、電波が通じるところまで燦と共に行って応援を呼んでくると言えば、何の後腐れも職務上の問題も無く俺はここから逃走出来るだろう。

「どうする?」

「決まっているわ」

 俺が事後策を考えている間にも、前の二人も何やら相談しているようで影狩の問い掛けに大原がきっぱりと答えを返す。

 だが、何をどうする積もりでも、まずは車を止めての状況の確認の一択しかないだろう。こいつらは尉官、防衛大で戦術の基礎は叩き込まれている。素人じゃ無いんだ、間違っても何も考えずに突入なんて判断はしないだろ。俺はそのタイミングで応援を呼びに行くことを提案するのが自然の流れだろう。

 此奴等は仲間を見捨てる後ろめたさを感じなくて済み、俺は危険から逃げられる。Win-Winの条件、揉めること無く提案は受け入れられるだろ。

「しっかり捕まっていて」

「だよね~」

 俺には何を言っているか理解出来ない指示に影狩が諦め気味に答え、最近研ぎ澄まされてきた嫌な予感がビンビンとする。

「おっおいっ何をするつもりだ」

 俺の問い掛けに答えるより早く大原がアクセルを踏み込むGに俺は後部座席に押し込まれた。

「待てよ。冗談だろ、普通ここは車を止めて状況確認だろ」

「上手くすれば敵の背後を取れる。そのまま戦闘になる覚悟を決めておいて」

「無駄なのよね~香貫花ちゃんて血の気が多いいのよ」

「兵は奇策なり」

 それは愚将の妄言だ。過去そういった奇策を好んだ武将がどれだけ自滅していったか。お前等防衛大学で何を学んできた。

「好きにしていいが、まずは俺を降ろせ」

 確かに上手くいけば敵の背後に強襲出来るかも知れないが、下手をすれば敵包囲の中に飛び込むかも知れないんだぞ、そんな半丁博打みたいな作戦に俺を巻き込むな。

 なりふり構ってられなくなった俺は命令する。

「そんな暇はありません。こと戦闘に限っていえば現場の指示に従って貰います」

 俺も会議室じゃ無くて現場にいるんだぞ。

大原は聞き入れる様子も無く会話している間にも速度を上げてゲートに飛び込み、飛び込むとほぼ同時に壁に激突でもしたかのような衝撃を受け車は止まった。

「クソが」

 辛うじて意識を失わなかった俺はシートベルトを外して車の外に出て見てしまう。

極楽浄土にして地獄、地獄にして極楽浄土という奇妙な光景を見てしまった。

「こっこれは!?」

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