第130話 希望の選択

「みんな一列に並んで」

 グランドに生徒達がずらっと横一列に並び、並ぶ先には白線が一直線に端まで伸びている。100メートルはある直線、普通ならグランド周りでコースを作るが、そんなインコースとアウトコースで差が出る差別はしない。平等平等公平。

「よーい、ドン」

 スタートの合図と共に生徒達は一斉に足を踏み出し、まるで軍隊の横陣突撃のように誰一人飛び出す者誰一人遅れる者もなく、みんな仲良くスピードどころか踏み出す足のタイミングさえ合わせて走って行く。

 ここでなら。

 こんな世界なら、みんなと同じに生きていける。

 自由と言いつつ同調圧力があり、合わせなければ空気が読めないと弾かれる。

 ここでなら、そんなことはない。

 なぜならそもそも自由がないから、合わせろと命令するから。

 命令に従っていればいいだけの簡単で分かり易い世界。

 下手に自由があるから人は悩む。

 人に自由意思など必要か?

 そんなものは幻想。

 生まれて植え付けられた後天的思想。

 無心こそが幸せの時。

 人は必要ならば蟻より蜂より機能生命体になれる。

 それでメシが食えて未来が保証される。

 悪くないかも知れないどころか、むしろユートピア。

 分かって合理的に判断出来る自明の理。

 なのに。 

 だがな、どうにも据わりが悪いと心がひずむ。

 ひずむ心がくすぐったくて笑い出しそうになる。

 記憶なんか無くても、歪んで固まった俺だけの魂が笑い出す。

 もはや甘い世界じゃ生きてけない。

 ハードボイルド気取るわけじゃないが、もはや甘い世界じゃ生きてる気がしない。

 独り自らにのみ由って立つ。

 それこそが俺の業と魂が叫ぶ。

「クワッッカッカッカッカッカッカッカ」

 業のままに俺は込み上げる笑いを吐き出した。

 皆が一歩踏み出す間に俺は二歩進み、皆が二歩進む間に俺は四歩進み、皆が四歩進む時には俺は気持ち悪さを振り切り全力で走っていた。

 スカッと爽やか、独りゴールテープを切る。

 そして俺は俺の姿を取り戻し、果無 迫を取り戻す。

「排除」

「排除」

「排除」

「排除」

 ゴールした俺を囲み灰色の生徒達が一斉に指差し排除コールをする。

 排除コールが心地いい。

 かっか、仲間仲間の仲良しコールされるより魂がビートで叩かれ弾む。

「はいはい、平等平等。みんな仲良くね。

 だかな~お前」

 俺は一人の生徒を指差す。

「他の奴より俺に嫉妬しているだろ、人一倍顔が歪んでいるぜ」

 指差された奴の排除の声が止む。

「あれ~あれあれあれ~みんな平等なのに人一倍嫉妬していいのかな。

 平等を乱すものは排除だろ」

 俺の問いに全員が口を紡んでしまう。

「そして、お前排除と言いつつ俺に興味なさそうな顔してるな~、意欲が人一倍無いぜ。

 そして、お前は自分が走りたいって顔しているぜ」

 俺は次々に個人個人を選び出し違いを指摘して、群衆から個人に解体していく。

 ここはシミュレーターみたいなもので都合の良いように作られた世界かも知れないが個々の人間に関してだけは取り込んだ人格に由来している。みんなこの世界で成長しそれぞれ独立している。ルーチンワークのモブじゃ無い、それぞれが完全平等の社会システムに従っていただけのこと。俺の場合は魂ごと取り込まれ記憶を無くした状態でこの世界を過ごしていたが、ここまでが茶番に付き合う限界だったようだ。

何でそんなめんどくさいことするかと言えば、この世界はシミュレータ。嫉妬が凝縮されていき臨界を越えて現実世界を侵食した時のための予行演習だから。だから出来るだけ生のデータが欲しく、俺も生かされた。

「さあさあさあ、どうすんだい? みんなバラバラ不平等、ここらで平等に全員排除するか?」

「屁理屈です。貴方を排除すれば全ては平等に戻ります」

 口を閉ざした生徒に変わり先生が一歩前に出て反論してくる。

「あれあれあれ~、排除する者と排除される者、それって区別じゃないか差別じゃないか」

「区別も差別も悪いことです。ですからみんな一緒にみんな同じになるのです」

「自分が言った言葉に責任持てよ。ならお前も排除されろ」

「いいえ、差別の区別も主観の問題。線を引くから別れるのです」

「だからその線を引からなければいいんだろ」

「今の人類には無理です。そこまでの領域には達していません。

 だからこそ。

 だからこそ、私が区別する者として立つことで、その他の皆さんは区別された者としてみんな同じになれるのです」

「神にでも成ったつもりかよ」

「いいえ原罪を背負う罪人です。

 敢えてこの身に罪を背負いましょう。

 真の絶対平等が達成される為、私は一人罪を背負い無限の俯瞰にて人類を区別します」

「ん~、それじゃあ完全平等とは言えないんじゃ無いか?」

「私がいなくなれば、人は直ぐに新たなる線を引くでしょう。

 それに人としては皆完全平等になります」

 まあ、区別する者が人じゃ無ければ成り立つわな。

 まあいいか、もう少し手間が掛かると思っていたが意外と簡単に釣れた。

「お前が意思だな」

 俺は指さし、坊主の灰色の服を着た教師を選別する宣言をした。

「何を・・・」

「全員が平等の世界において、お前だけが全員を平等にする意思を持っている。

 ってあそこまで言っておいて今更シラを切れるかよ」

「そうですね」

 諦めたかのような呟きと共に坊主の頭に金髪の髪が生えていき、灰色の服が純白に黒の縁取りの軍服のような服に変わっていく。

 罪を犯したものこそ神の愛を知り、嫉妬という醜い土壌からこそ美は生まれる。

 金髪を海のように靡かせ命を育てる豊穣の大地のような体、そして仏像のような微笑みを浮かべる美しき人がいた。

「私には分かります。貴方は差別される世界で辛い目に合ったんでしょう」

「まあな」

 俺は素直に答える。

「ですが、この世界、私の実現する世界、完全平等の世界なら差別されることなくみんな同じでいられるのですよ。

 穏やかに優しさに包まれて赤子のようにぬくぬくと一生を終える。

 何を恐れるのですか?」

「すまんな。俺はマゾなんだ、この業、この世界じゃ満たせねえ~」

 そんな優しい世界なんて、今更過ぎる。

「それは困りましたね。

 でも大丈夫です」

 優しい聖母のような笑みを俺に向けた。

「何が?

 まさかお前が女王様になってくれるとは言わないよな」

「一万年ほどこの世界で転生を繰り返せば、その業も洗い流されます。

 大丈夫、私は等しく平等に転生させます。いつしか魂さえも均して見せます」

 はっはっスケールが違うぜ。

 此奴にとっての排除はリセットであり、次頑張りましょうに過ぎないというのか。

「悪いな。俺のこの今生一回限りで人生を楽しみたいんだ」

「大丈夫です。私は等しく全ての人を見捨てません。

 貴方が何を言おうが排除です」

「まあ、そうだよな」

 此奴は人間のようでいてユガミが昇華して人の姿を取ったに過ぎない。昔で言う神であり、その思考、人間の理解の及ぶ所じゃない。

 安い材料じゃテーブルについて貰えない。これは此方も相打ち覚悟の切り札を使わないといけないか。

 生死ギリギリのラインでなら人間とユガミでも価値観は共有出来る。

 っと思ったところで世界が震えた。

「なっなんだ? 地震」

 精神世界に近いこの世界で地震が起きるのか?

「なっなにがいったい」

 んっ! 彼奴も驚いている。つまりこれはこの世界の主である彼奴ですら予想外のこと。

 つまり外部からの干渉であり、そんなことが出来るのは旋律士しかいない。

 はてさて、俺が倒され六本木が如月さんの所へ逃げ込んだとして、応援が来るのが早い気がするが、思ったより時間は経っているのかも知れないな。

 全くいいタイミングでのサポート、銅等級以上の誰だか知らないが一杯くらいは奢ってやりたくなるぜ。

「くっく、お困りのようだな」

「これはお前が仕組んだことか」

「まあな。お前散々偉そうなこと言っていたが、このままじゃその大願果たすことなく消滅させられるな」

「なにっ」

「お前の本体とも言うべき嫉妬は自分へと向けられたまま外には向けられない封印されたも同じ状態。そんなもの浄化するなんて朝飯前だろう」

「なら神にも等しいこの私自らが」

「強がりはよせ。

 お前はたまたま昇華した極一部の砂粒みたいなもんだろ。ここで現実世界へ干渉する前の予行演習をしているのが関の山。今のお前じゃ現実世界への干渉なんて碌に出来ないんだろ」

「お前同様この空間に誘い込めば」

「むりむり、お前は認識され過ぎた。この空間に入り込むことなく外からこの空間ごと浄化されるだけだ」

「そんな、私の完全平等社会実現の夢は」

「潰えるな」

 ついでに死んだと思われている俺もユガミと一緒に浄化される。あの六本木や何だかんだで組織の人間の如月さんがほぼ死んだと思われる俺の為に危険な救出作戦をするはずがなく。その証拠にこの空間に入り込むこと無く外から攻撃している。

 このままじゃ俺も消える。

 俺とユガミは命の危険に晒される同じまな板の上であり、つまり俺とユガミは対等とも言える。

 今この状況で無ければ俺の言葉は届かない。

「取引をしよう」

「取引?」

 今初めて俺の言葉にユガミが応えた。

「俺を解放しろ。その代わりお前を俺は受け入れてやる。俺の中で完全平等主義実現のため邁進すればいい」

「お前如きに私を受け入れられるはずが」

 まあ嫉妬の群衆全てを俺に受け入れることは無理だろう、出来たとしても幾ら俺でも俺の自我が磨り潰される。それは流石にノーサンキュー。

「だから、砂粒にも等しいお前だけだ。

 そのくらいなら俺でも受け入れられる」

「本体を失っては私は力を蓄えることが出来なくなる」

 本体が自らを嫉妬し続けることで濃縮されて生まれたのが完全平等。本体が無くなればもう濃縮されることはなくなり、臨界を越えて現実世界への侵食することは出来なくなる。

「だが意思があれば希望は残せるぜ」

 はっは、笑ってしまう。俺が化け物相手に希望を謳っているぜ。

「さあ、どうする?

 消滅か希望を残すか?

 さあ、さあ、選択をしろ」

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