第129話 女達の評価
「はあはあ、なんとか戻って来れた~」
息も絶え耐えにユリが運動公園のジョギングコースにへたり込みながらしみじみと言う。
ここは夜の運動公園、月光が楚々と降り注ぐ。
静かで静寂で透徹に美しい夜、醜い嫉妬の感情など溢れはしない。
ただ少女の慟哭が響く。
「どうして? 捨て駒にするんじゃなかったの?
私を助けて自分が身代わりになるなんて、あんたには似合わないよ」
へたり込み涙する火凜、火凜にとって果無は一歩距離を置かれどうしても親しみを持てなかった相手。
だからこそ逆に割り切って抱かれてもいいと思えた相手。
少しでも親しみを感じている相手だったら恥ずかしくて火凜には出来ない。
だからこそ死ねと言われても裏切られたとは微塵も思わなかった。
無駄はしない男、気休めで封印出来るとは言わない男と信じられた。だからこそ自ら手で敵討ちが出来ると奮い立った。後腐れ無く燃え尽きるつもりだった。
なのにこんなことされるなんて、失ったから親愛を感じるなんて最悪すぎる。
この渦巻く気持ちを何にぶつければいいの?
「まだだっ」
火凜は叫んだ。
火凜は情が深い女、その命を賭けて親友の敵討ちを果たすほど深く、もはや業と言ってもいい。
涙を拭って立ち上がり歩き出す。
その顔は嘆くものでも諦めたものでもない、やることがあると決めた顔。
「ユリ」
「なっなに」
へたり込むユリに火凜が厳しい表情で呼び掛ける。
「早く応援を呼ぼう。まだ間に合う」
「う~ん、どうかな。もう無理じゃない。完全に呑み込まれていたじゃん」
ユリはあっけらかんと言う。
ユリとしては火凜を助け出すことには成功し、民間人の被害を出すという最悪の失態を回避出来たことで気が抜けてしまっている。
退魔官? まあ不幸なよくある事故。今までの退魔官同様に殉職しただけ。まあそれすら隠蔽され、果無はまあ死体がないので行方不明、後日何らかの拍子に死体が見つかれば自殺とでも処理され親族関係者に通知されるだろう。
よくある話である。この業界、伊達に高給取りじゃない。
「でも死んだとは限らない。早く応援を呼ぼう」
「ええ~めんどくさい。あんまり夜更かしするのはお肌に悪いのよ」
そもそもユリにとって他人のために自分の命を犠牲にする行為が理解出来ない気持ち悪い。自分の命は自分のもの、自分が死んだら世界も終わり。自分を失うなんて微塵も考えられない。
自分が助かるため火凜に死ねと躊躇うことなく命令する果無には、内心の秘密だけど少し感心した。なのにあの掌を返したような自己犠牲、格好いい~と何かドラマを見ているような感動以上は感じない。そして違和感を感じる。今までの印象からすれば、あの行為を見てさえ何か裏があるんじゃないかと考えてしまう。
「ユリ、あんまり巫山戯ると私怒るよ」
「うっ。分かったよ。めんごめんご、ジョーダンですって。
今応援呼ぶね。でも私あんまり旋律士の知り合いいないのよね~」
まあ助けられたら恩が売れるかくらいの気持ちでのそのそと動き出す。
「早くっ」
「ひゃい」
怒鳴られユリは慌てながらスマフォを取り出そうとする。
「叫んだりして、女の子二人が深夜にこんなところで何やっているのよ」
二人が声の方を見れば如何にも高そうなカシミアコートを着て完全防寒装備の賀田 弓流がいた。
「弓流さん」
火凜の声のトーンが上がる。
「誰この人? 凄い美人」
「彼奴が、彼奴が、私を助けて・・・」
意外にも火凜は弓流を慕っていたのか緊張が緩み一度は拭った涙が再び溢れそうになる。
「まあ見れば事情はだいたい分かるわ。
彼もほんと碌でなしね、こんな可愛い子を泣かせるなんて」
弓流はその豊かな胸で柔らかく火凜を抱きしめてあげる。
「はっ早く応援を呼ばないと」
「ん~落ち着いて慌てたってしょうが無いわ」
「でも」
「安心して彼奴は貴方が最初に感じたように碌でなしの男よ。
助かる算段がなければ平気で貴方を切り捨てる男よ」
ある意味ユリと同じ評価である。
「えっ」
「つまり、彼奴は何か思惑があったのよ。だから泣き止みなさい、可愛い顔が台無しよ」
そう言いつつ弓流は火凜の涙をハンカチで拭いてあげ、おでこにキスをする。
「ちょっちょと弓流さん今はそんな場合じゃ」
「さてと」
弓流は火凜から離れると、バックからビー玉の大の珠を出す。珠の中には何かが入っているのか文様が浮かび上がって月光に輝いている。
「ひい、ふう、みい・・・」
弓流は自分を中心に珠を弾いては地面に落としていく。落ちた珠はコロコロランダムに四方に転がっていく。
「なにそれ?」
様子を見ていたユリが興味深そうに尋ねるが、珠の動きに集中する弓流は答えない。そしてある程度地面に珠が散らばると動きを止めた。
そして胸から赤く輝く珠を一つ取り出すと念を込めるように持つ。
「響け運命を司る珠よ」
弓流はその一つを呪文と共に弾く。
上に弾かれ上昇した珠はやがて動きが止まり落下する。
そして先に落ちていた珠に当たって弾き飛ばす。
カンッカンッと弾かれた珠が他の珠に当たって連鎖していき硬化質な澄んだ音を響かせていく。
まるで管楽器のように音が響いて音の流れとなり、その旋律を弓流は聞き入る。
そして段々と静かになっていき、再び静寂になる。
「ねえ、なんなのよそれ」
「占いよ」
軽く言うが違う。これは弓流の魔人としての能力超感覚計算。
今のは水晶の珠の旋律を空間に響かせることで空間の情報を習得、そして分析を行い。
流れを掴む。
「どうです?」
火凜が占いの結果を固唾を呑みながら尋ねる。
「そこね」
弓流は何も無い空間の一点を指差し告げるのであった。
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