第107話 勘違い

 俺が西村を引き連れてショットバーから出ると、待ち構えていたように見た目で分かる男達が群がり包囲してきた。

 その数5人、卯場はいないようだな。

 5人を前に逃げることも構えることも無く泰然と立つ俺、西村もパニックになること無く俺の斜め後ろでちゃんと立っている。

「兄ちゃん、はしゃぎすぎたな。ちょいと面貸せや」

 角刈りの男が俺の前に立ち俺を見下ろしてくる。モヒカン、逆モヒカン、スキンヘッド、斑ヘッドの中では此奴がまだ交渉できるような雰囲気を持つ、リーダーなのか?

「俺がここにいること何で分かった?」

 角刈り越しに周りを確認すれば、メイン通りから一本外れ元々少ない人通りが関わり合いを恐れてか蜘蛛の子を散らした後のように閑散としている。

 みんな賢いこと、そして都合が良い。

「ああ、卯場さんは顔が広いからな~あちこちに教えてくれシンパがいるんだ。この街で隠れられると思うなよ」

 俺の反抗心を折るつもりなのか口が軽い男だ。

「女はいいのか?」

 角刈りが俺達だけに意識を向けて、本来のターゲットである賀田が店の中にいるというのに突入する気配が無い。

「女は女で追っている。心配せんでも事務所でご対面させてやるよ」

 あの雌狐どういうトリックを使ったか自分が店に入る姿は隠したようで、シンパとやらも店にいることを知らないようだ。

 そうか? 案外雌狐自ら俺達を売ったというのが正解じゃ無いのか。否応なく俺達を渦中に放り込む。この方がスジが通るし、しっくりくる。

 まあ勘繰りは後回し、賽は投げられた以上突き進むのみ後退は無い。

「丁度良い、お前が卯場の所まで案内してくれるんだな」

「ああっ何調子扱いているの? お前は俺等の事務所まで連行されんだよ。

 立場分かってますか?」

 メンチを切って汚い顔を俺に近づけてくる。

 どうでもいいが、こんな無防備によく弱点を晒せるな。俺が恐怖で動けなくなっていると誤解しているのか?

 俺なら怖くてこんな真似できない。

 それともこんな事をされても対処できるだけの体術があるというのか?

 カチャッ。

 丁度よく突き出された顎先に銃口を突きつけ撃鉄を引き落とす。シリンダーが連動する機械音が死神の足跡のように響く。

「へっ。

 おっおいそれおもちゃだろ」

 必死に作る強気の顔からは脂汗が滝のように流れ落ち出す。

「試してみるか?

 その顎に当たる重厚な冷たさが偽物だと思うならな」

 5対1なら正当防衛、公務執行妨害でなんとか言い訳が立つ。まあ念のため、銃口の角度をハングアップさせて顎を吹き飛ばすだけにしておけば、査問会も乗り切れる。

「まっまて、なんでお前みたいな餓鬼がそんな物を」

 モヒカンはあっさりと両手を挙げた。撃たれたくは無いか、此奴が面子のためなら撃たれるのも辞さないネジが一本無い奴で無くて良かった。交渉がスムーズに進むし、汚い返り血で服が汚れることも無い。

「俺がこういった物を持つ意味を、その足りない頭でよく考えてみるんだな」

「まっまさか、お前も素人じゃないのか。どっどこの代紋だ?」

 そうそう、素人さんじゃ無いぜ。玄人も玄人、桜田紋を背負ってる国家暴力警察様よ。

「俺と揉めることの意味が分かったようだな」

「おっ俺は幹部だぞ。俺に手を出せば、せっ戦争になるぞ」

 よしよし。俺がヤクザと推測できるくらいには足りなく無く、俺が警察だと思い付くほどには足りない。警察なら全面降伏だが、俺がヤクザなら交渉余地があり、そこに俺が付け込める余地がある。

「アホかっお前等が先に俺の仲間に因縁付けてきたんだろうがっ」

 俺は後ろに立つ西村をチラッと見て怒鳴りつける。

 西村は警察の仲間では無いが俺の大学での仲間ではある。

 俺はここまで一切嘘は言っていない。査問会になろうとも断言できる。全ては向こうが勝手に勘違いしてのこと。

 西村をあまり矢面に出したくは無かったが、因縁の発端である以上いないわけにはいかない。酷な役だが、ここは西村に俺の手下Aっぽい役を全うして貰うしか無い。

「こっちにだって面子があるんだ。卯場に話を付けるしか無いんだよ。

 それとも本当に戦争をお望みか?」

「おっお前誰だよ。お前みたいな若造の幹部聞いたことが無い」

そりゃそうだろ。桜田紋を背負う新進気鋭のエースの一等退魔官は名前を売らない知られちゃいけな~いってね。俺みたいな仕事、名は売れて顔は知られないのがベスト。

「疑うのか? なら引き金引いてみようか。

 弾が出るか出ないかの、二分の一の半丁博打。悪かねえだろ」

 銃口を此奴の顎に3ミリほど更にめり込ませてやる。

「まっまあままま待ってくれ」

「だったら指が痙攣する前に、さっさと事務所に案内しろっ」

「わっ分かった、丁重に案内する。だから、その銃をしまってくれ」

「OK。案内頼むぜ」

 俺は銃をしまうと角刈りの肩をぽんぽんと労うように叩いてやる。


 繁華街から少し外れた一角にある中々立派な五階立てビル、貸し金やら不動産やらが1~2階を占め、3~4階が警備会社という態を取る兵隊の詰め所、5階が卯場のプライベートとなっている。

 俺と西村は三階にある応接間でズラリと兵隊に囲まれている中、卯場と対峙していた。

 ソファーに深く腰を下ろす俺の後ろでは西村が悟りを開いた修行僧のように無為無心で立っている。逃げ出さないだけでも大したもん、ついでに悟りが開けることを祈っておく。

「さてと内のもんに手を出した落とし前、どう付けて貰えるのかな?」

「お前何処の組の若造か知らないが、俺が誰だか知っていてその口を叩いているんだろうな?」

 流石トップを張るだけはありなかなかの胆力。ただの素人なら漏らしてしまっても可笑しくない。いや実際この部屋この椅子に座らされ、幾人もの人達の運命を破滅させていったのであろう。

「もちろん。

 うだつの上がらない代打ちのはずが、幸運のお守りでも拾ったのか」

 ここで卯場の顔色を伺うが、流石博徒この程度じゃ顔色を変えない。

「あれよこれよといつの間にか組を構えるまでになった、平成の成り上がり男」

 ここまでは賀田から聞きかじった情報で話している。

「ほう。なら俺が敵対する奴は悉く消し去ってきた男だということも知っているよな」

 睨んでくるが、あまり怖さを感じない。廻とかと比べれば格落ちなのは仕方ないとしてもだ、工藤や田口とかより格が落ちるのを感じる。

 やはり此奴何か借り物の力で成り上がっただけでなのか。

「俺を簡単に消せると思うなよ。

 そもそも、今のお前に俺を消せる力はあるかな?」

「なんだと」

「そう思うなら今すぐ俺を潰しに掛かればいい、そう思わないなら誠意を見せて貰おうじゃ無いか。

 さあさあ、どっちだ?」

 卯場は俺の迫力に押され黙り込む。

 いいぞ、この場を濁す言い訳を考え結論を先送りにする言い訳を考えろ。そして必死に考えた言い訳を俺ものらりくらりと躱していく。

 そうして稼ぐ無駄な時間こそが俺の目的、賀田との契約。

 あと一時間は稼いで見せますかね。

 俺は会話のシミュレーションをしつつ卯場の回答を待つのであった。

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