第106話 隠し球
「卯場は放っておけばほどなく勝手に落ちぶれていく」
誰も聞いてもいないのに急に語り出したぞこの女。しかも、自分がサゲ○ンであることをさらりと肯定している。
「でも意外と踏ん張るのよね~」
心底うんざりしたような溜息、こんないい女がこんな溜息を吐いたら男なら何とかしてやりたくなってしまう、そんな見事な溜息をする。
「その言い方ですと、卯場を狙ったように聞こえるのですが何か恨みでもあったのですか?」
見事に釣られて手を出してしまうのはご愛敬として、そこか?質問する箇所はそこなのか?
常識人だと思っていたんだが、それとも賀田の醸し出す雰囲気に飲まれたのか西村がサゲ○ンなんてオカルトを素直に信じて賀田に尋ねる。
「何も」
賀田はあっさりと言う。
「ただ彼が獲物だっただけ」
か弱い女が獲物なんて言うかよ。この分じゃ、隠した爪も秘めた毒も持っていそうだな。
「獲物?」
「そっ私はサゲ○ンなんてつまらない女じゃ無いわよ。
私はね~寝た男の運気の流れを自分に引き寄せることが出来るの」
賀田は流し目で見つつ西村の顎下を猫をあやすように指先でさする。
「それじゃあ」
西村鼻の下が伸びている、その顔写メにとって彼女に送ってやりたくなる。
「私はね。一夜の天国の対価に運気を貰うだけよ」
風水運気なんて占い好きの少女じゃ有るまいし信じはしない、信じはしないが賭け事なんかをしていれば、確かに流れを感じる時がある。だがそれはオカルトで無く、細々とした群象の向きが揃う時なのだろうと俺は思っている。
大きな事を為そうという男なら流れが向いた時にこそ勝負に出る。だがもしその時に流れが変わってしまったら、よほど舵を巧みに操らなければ転覆する。そして大きな事を為そうとする男ほど敵は多く大きく、見逃して貰えるほど甘くも優しくも無い。
「でもね、いつもならもう私に流れが完全に傾くはずなのに、未だ流れが卯場と私の間で拮抗しているわ。
何かあるのよ。卯場にも流れを引き寄せる何かがあるのよ。それさえ分かれば、流れを完全に引き寄せることが出来る。
それが何か突き止めたいの、どう協力してくれない? 報酬は弾むわよ」
「もっもち・・・」
「そんな怪しい話に乗れるかっ」
俺が割って入った。これ以上怪しい戯れ言に耳を傾かせるわけにはいかない。
色香に惑いやがって、カシ一つだからな西村。
「そもそも、そんな自分の命にも関わる秘密をなぜ俺達に打ち明けた?」
そんな力を持った女が本当にいて、世に知れたら。絶対に利用しようとする輩が殺到する。力を持つということはそういうことなのだ。そんなことちょいと頭の良い奴なら直ぐに分かる。
賀田 弓流。見れば体も良いが、頭も体に栄養がいってしまったと揶揄されるような出来じゃ無い。むしろ雌狐と称してやれるほどに切れる。
なら何でそんな話をする? 決まっている、俺達を嵌めるための餌だ。
全てが虚偽に決まっている。
だが一方で、そういう魔人がいるのかも知れない可能性を否定出来ない。
なまじ魔に触れてしまったが故に理性で否定し切れない。
しかし、賀田 弓流がサゲ○ンの魔人だとして、それを俺達に言う必要は全くない。どうせ騙すなら、泣いてか弱い女でも装った方がよっぽど成功率が高い。愛人になるのを強要されたとか、性奴隷にされそうになったとかetcetc.
つまり賀田 弓流が魔人と告白した意図が分からない。
普通ならな。
ある一点を仮定するならスジが通る意図が読み解ける。
つまり、俺が退魔官、音羽が旋律士と知った上でなら。
魔人はこの上ない餌となる。
これが若さか故の無謀か、俺達のことを知りこの女を差し向けた黒幕を探りたくなる。逆に利用して嵌め返してやりたくなる。
勘繰り過ぎかも知れないが、席を立つにはまだ早い。まずは出会ったばかりの俺達になぜ運命を賭ける気になったのか、その壮大なるストーリーに期待しよう。
「女の勘よ」
「勘!?」
「流れを引き寄せる力にだけに頼っていたら、直ぐに行き詰まるわ。だから、流れを見極め流れを整える力も鍛えてきたの。
貴方」
賀田はいきなり俺を指差した。
「貴方は逆流の上を跳ねて往く男」
巫山戯るなっと反論するより、ストンと賀田の言葉が腑に落ちた。
「私と卯場の間拮抗した流れに刺激を与えられるのは貴方だけよ。
報酬は一千万、卯場ほどの男が持つ運気を手に入れられればそのくらい手に入るわ」
「ぶほっ」
聞いていた西村が酒を噴き出した。
「金には興味が無い」
ことはないが、この場での正解じゃ無い。あるんだろ、俺を引きつけて病まない隠し球が、焦らさず早く魅せてみろ。
「あら見た目通りストイックなのね」
「そうでもないぜ、初回提示でもう一桁違っていたら心が動いたかもな」
「じゃあ、私はどう? 天国に導いてあげるわよ、どうせ貴方を理解する人には出会えてないんでしょ。一時とはいえ私が孤独を癒やしてあげるわよ」
金の次は女の柔肌、男を誑かす定番コースだな。
悪いが粘膜の接触程度で癒やされる孤独じゃ無い、孤独に麻痺して孤独を感じない。
「代わりに運を奪われるんじゃ割に合わないな」
「大丈夫。あなたに私が引き込める流れは全くないわ。
逆に言えば私が抱いても大丈夫な男、好きに抱けるわよ」
この女は知っている、テーブルに乗り開いた胸元から柔らかい双丘を俺の視界に差し込んでくるサブリミナル効果。
「そりゃどうも。
だからといって抱く気はない、これでも恋人がいるんでね」
「そうっそ意外」
おい、何でそこで素で驚く、そこまで目を丸くする。素の顔が意外と可愛い。
まあいい、ここまでの流れは賀田にとっては想定通りだろ。そろそろ出すんだろ、そろそろ焦らしプレイは我慢の限界。
さあ、ここで俺が飛びつく物を提示しろ。
「なら運はどう?」
「運?」
「卯場の没落を辛うじて繋ぎ止めているもの、それを上げるわ。
私はとってはそんなものいらないけど、貴方にとっては喉から手が出るほど欲しいじゃ無いの?」
流石、雌狐此方の急所を的確に突いていくる。
心が動いたぜ。
運が貰える物か理解しかねるが、もう少しこの茶番に付き合う気にはなった。
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