第85話 退魔官として

 窓一つ無い部屋は飾り気など全くないが、どういう心理的効果が施されているのか汗が滲み出るほどの圧迫感を与えてくる。

 100人は入れそうな部屋の中央にぽつんと一人立たされ、前を見れば偉そうな奴らが雁首揃えてこちらを睨んでいる。向かって左から神経質そうな眼鏡、斑はげの腹が出た初老の男、如何にも無理を押し通しそうな体育会系の中年、そしてこの場での紅一点、セミロングの理知的な美人と四人。

 そして左右には聴衆なのか参考人なのか、今回の件で関わった警官達や初対面の人間など様々な人々がぐるっと包囲するように席に着いている。ぱっと見だが時雨さん達はいないようだ。

 査問というか裁判、吊し上げのリンチのような雰囲気に包まれている。

「これより果無 迫退魔官の査問を行う」

ざわめきが静まり、空気が張り詰める。

 俺は先の戦いで死力を尽くして戦った。死線を彷徨い二日ほど意識不明になった。客観的に見ても頑張ったと言えるが、そんなものは切り捨てられ結果についてのみの責任を問われる。

「先のセクデスにより起こされた事件により、死者44名、負傷者5名、重傷者2名という犠牲者が出た。これは近年まれに見る大惨事である。

 本件はこの事件について二等退魔官 果無 迫の行動に問題が無かったか審問を行う」

 眼鏡を掛けた男が宣言をする。

 戦いが始まる。やってしまったことの責任から逃れるつもりはないが、責任を擦り付けられるつもりもない。

「まずは、その日の行動を確認していく。

 果無退魔官は成田空港に行ったそうだが、何の為にだ?」

 眼鏡の男が進行役のようだな。俺同様情でなく理屈で話を進めていくタイプとみた。この場で弁護に利用出来るとしたら、この男か。

「アランを迎えに行く為です」

「ふむ。そこまでは成田の監視カメラからも確認されている。

 では、何の為にアラン氏を迎えに行った?」

 聞いておいて、既に俺の行動の裏取りは完了済みか。俺を泳がせることなく、下手な嘘や誤魔化しは通用しないと早くもプレッシャーを掛けてきたか。

「前埜に頼まれアランの観光案内をする為です」

「その発言に虚偽はないな」

「ないです」

 どうせ前埜に聞いているんだろうに、念を押すか。ネチネチとしやがって。

「アラン氏がフランスのエージェントであることは確認されているが、次に彼が確認された時には取香川で死亡していた。君が殺害したのか?」

「違います」

「では誰が殺した?」

「彼は既に死んでいました」

「哲学の話か?」

 眼鏡の男が片眉をピクリと上げて問い糾す。

「いいえ。アランはセクデスの手により既に死亡。その後はセクデスの魔の力により操られ、迎えに来た私を殺害しようとしたので反撃はしました」

「そんなマンガのような都合の良い超能力を信じろというのか? ああっ」

 いきなり横から体育会系のオッサンが怒声で殴りかかってきた。その厳つい顔にどっしりとした体格、気の弱い奴ならこれで心折れてしまいそうだ。

「なら私の退魔官という役職は何の為にあるのでしょうか?

 それに、そこから信じないのなら、こんな査問を行う根底すら失うということ。即刻この査問会の解散を進言しますが」

 意外と俺が平然と切り返したことで、おっさんの顔から俺に対する若造と見くびる嘲りが消えた。かといってここで友好的になるわけでもなく、更に獰猛な顔付きに成り変わる。本腰を入れて俺の心をへし折ってやろうとする気概が伝わってくる。

「いいだろう、そこは流してやる。なら何の為にお前なんぞを殺害しようとした?」

 なんぞとは二等退魔官に対する態度じゃないな。俺が即席退魔官と知っているのか? それとも横柄なだけか。

「私を殺害しセクデスの操り人形と化し、日本の退魔士達の情報収集、もしくはその中心人物の殺害を狙ったものと推測されます」

「よく生き残れたな?」

 俺が生き残ったのが悪いような口調だな。なんで初対面で俺はこのオッサンに親の仇のように嫌われているんだ?

「フランスの退魔士ジャンヌの助力があり、何とか助かりました」

「なるほど、運だけは良いようだな。まあ本当に運が良いならな」

 体育会系は存分に含みのある口調で言う。

「その後川で車が燃えていると通報を受け様子を見に来た警官二人がセクデスに職質を行い、攻撃を受ける。

 そこにまるでヒーローかの如く颯爽と現れ警官を救いセクデスと戦ったそうだな」

 淡々としていた眼鏡が初めて比喩表現なんか使ってきた。

「おおむねそうです」

「都合が良いな。君はセクデスから逃げていたのだろう、なのに川に留まっていた。間違いないか」

「はい。川に留まりセクデス達の様子を伺っていました」

「その後警官達と協力してセクデスと戦闘を行ったが、セクデスはその場から逃亡。先程は命からがら逃げたが今度は撃退か。都合良く覚醒でもしたのか」

「いえ」

 なるほどね。都合良く覚醒をしていないのなら、都合良くなるような何かがあったと言いたい訳ね。

 体育会系も眼鏡も俺が裏切っていると疑っているのか。

 これが命を賭け戦った男に対する扱いか。人間社会などこんなものと割り切ってはいるが込み上がるやりきれない気持ちは消しきれない。

「現場にいた警官の証言では、君は何やら残った敵と取引をした様子だったとあるが、本当か?」

 ここか。これが本命か。この答えが俺が敵に寝返ったかどうかの試金石。

どうする? 誤魔化すか?

 いや、相手は粗探しのプロ。下手な誤魔化しは取り返しの付かない事態に陥る。

「本当です」

 正直に行くしか無い。後ろめたいことなど何もない、故に全てを正直に話し胸を張る。今はこれしかない。

「それはゆゆしき事実だぞ。

 仮にも退魔官ともあろう者が敵と取引したというのか。一体何を取引した?」

 眼鏡が鬼の首を取ったかのように切り込んで来る。

「セクデスは逃亡してしまい、残った敵は金で雇われただけの傭兵。私達にこれ以上戦う理由が乏しいので、手打ちにしようと申し出ただけです」

「きっ貴様、認めたなっ。国家に忠誠を誓い治安を守る公僕でありながら、法を犯す悪党共と取引をするとは何事だっ。

 犯罪者と取引をした以上を貴様も犯罪者だっ」

 体育会系が喜び勇んで俺を犯罪者と断言する。

「そこで死力を尽くして戦った場合、こちらにも被害が出る上にセクデスを易々と逃亡させてしまうことになります。金で雇われただけの受動的犯罪者と己の意思で死を振りまく能動的犯罪者。どちらを優先すべきが判断したまでです。

 貴方ならどっちを優先したというのですか」

 俺は眼鏡の男に鋭く切り込んだ。眼鏡は俺同様の理性派、俺と同じ結論になるはず。それを免罪符にしてここを切り抜ける。

「そんなのはな~両方捕まえるに決まっているだぞ。どっちかだと、そんな根性で公僕が勤まるか」

 眼鏡に詰問したのに体育会系が理もクソも無い精神論で割り込んでくる。損切りが出来ないで、無制限に戦線を拡大していった旧日本軍か。

「ですからそれは不可能と述べたはずです」

「屁理屈を述べるなっ若造がっ。この玉無しが、根性がなくてすいませんと謝ることも出来んのか」

 怒鳴り俺を睨み付けてくる。此奴の部下は可哀想だな。

 ここで殴りかかれば俺が悪者になる。

 論破しようにも理屈は通じない。

 こういう奴には。

「皆様がどう評価するか分かりませんが、現場の私はそう判断しました」

 俺は誰を見ることも無くそう宣言した。

「おい、土下座はどうした」

「もう質問はないのですか? 無ければ先に進めてください」

「貴様っ無視をするか」

「・・・」

「おいっ」

「・・・」

 俺は仏像の如くその場に静かに立っている。

「おまえ、そんな態度をして後で後悔することになるぞ」

「・・・」

「何とか言えっ」

 体育会系は机をバンッと叩いて威嚇する。

「・・・」

「もういい時間の無駄だ。青山君進めたまえ」

 初老の小太りが溜息と共に眼鏡こと青山に議事を進めるように言う。

「五津府さん」

 体育会系が叱られた犬のように五津府を見る。

「私もあまり時間を無駄に出来ない」

「分かりました」

 お偉さんは所詮学生の俺と違って時間の余裕はない。その黄金のように貴重な時間を無意味に消費させてやることが俺のこの場での武器。

「敵と取引をした後、君はセクデスの追跡を再開した。しかもN市の警察署の人員を動員してだ。間違いないな」

「間違いありません」

「なぜ、追跡を行った?」

「セクデスは放置するには危険すぎる男です。当然の判断かと」

「だが、一度は逃げ出した君がか? 退魔士なら兎も角、応援はN市の普通の警察官。ハッキリ言えば戦力不足。

君が不用意にセクデスの追跡を行ったから、あの事件が起きたと思わないかね?」

「思いません」

「言い逃れが出来ると思うなよ」

「その根拠は?」

 体育会系の台詞に被せるように青山が質問する。

「セクデスは自分にとっての脅威であるジャンヌをこの機会に仕留めたかった。仮に追撃をしなかったとしてもジャンヌを誘き出す為事件を起こしたでしょう。その場合、犠牲者数の桁が一つ二つは変わっていたと推測されます」

「随分とふかすじゃねえか」

「事実です。セクデスはヨーロッパにおいてA級犯罪者。かつて街一つ滅ぼした男です」

「君の話を聞いていると、まるで犠牲者が出るのは仕方が無かったと言っているように聞こえるが?」

 初めて俺に対して口を開いた五津府がねっとりと絡みついてくる質問をする。

 ここが分岐点。

 査問なんて受けるのは初めてだから今まではこれが普通なのかと思っていたが、ここまでの流れで確信できた。此奴等、この事件の全責任を俺に被せて幕引きする青写真を立ててるな。

 そう悟れば、見舞いすら来なかった時雨さん達、この場にいない前埜、全てがしっくりくる。俺は切り捨てられたか。

 確かに元々は俺は割り込んできた異物、いなくなっても元に戻るだけ。俺も仮に与えられた退魔官の肩書きを失い、元の大学生に戻るだけ。

 誰かが責任を取らなくてはならないのなら、俺ほど丸く収まる人物はいない。

 ここですいませんと泣き崩れて謝ってしまえば、楽になれる。

 そうすれば済し崩し的に、青山が理論的に、体育会系が暴論的に筋道を立て五津府という一番偉い奴が結論を出してくれる。

 それは俺が学生なら当然の選択。

 だがな、あの時俺は退魔官として立っていた。なら退魔官として戦う。

「その通りです」

「なんだとっ。貴様言い訳をするにしても限度があるぞ。

 貴様は被害を防げなかった。素直に認めたらどうだっ」

 こんなことが言えるほど俺に胆力があると思わなかったんだろう体育会系が慌てたように今の発言を封殺しようとしてくる。

「ふっ言い訳?

 むしろ尻ぬぐい、敗戦処理を見事にこなしたと評価しますが」

「誰の尻ぬぐいをしたと言いたいんだね?」

 五津府の目がギロリと俺の目を睨み付けてくる。その先を言う意味を分かっているのかと脅してくる。

「外務省、公安、そして偉そうに座っている皆様方」

「貴様っ」

 体育会系が俺を消し飛ばさんばかりに叫ぶ。

「本来ヨーロッパで名を馳せたセクデスが入国しようとすれば、水際で阻止すべく動くべきだったのですよ。なのに、廻率いるシン世廻の暗躍を許し、情報すら掴めず易々と入国を許す。

 退魔官として見事魔を討ち取った私にねちねちといびる前に、今言った機関のトップは当然既に責任を取っているのでしょうね」

 これは公式、記録される。言った台詞を引っ込めることは出来ない。

「それは君が責任を追及されるのとは別の話、誰かの過失があれば君の過失が許されるというものではない」

「並列なら兎も角直列、その過失がなければ私の過失を問われるようなことはなかった以上、聞く権利はあると思いますが」

「子供の正論だ」

「大人ならトカゲの尻尾斬りでなく自らが責任を取るべきでしょう」

「何が君をそこまで意固地にさせる。本来なら君は其処に立つべき人物じゃない無いはずだ」

 五津府は知っている、俺が即席の臨時の退魔官だと言うことを。知っていると分かった以上、俺が寝ている間に前埜と取引をして、俺が全責任を取ることで事件の幕引きをすることで決着が付いているちうことも推測できる。甘い前埜のことだ、俺が全責任を被って退魔官を解任される形を取る代わりに、退魔官に付いた経緯などは追求しないことで手を打ってくれたのであろう。おかげで未練も無い退魔官の地位を失うだけで、懲役などはなし。誰も損しない。

 だがな。

「私の指揮の下セクデスと戦い散っていった者達がいるのです。ここに立たされるべき人物でしょう」

 あの時俺は確かに退魔官だった。そこに虚実はない真実。ならその時に発生した責任も真実であり受け取るべきであり、決して保身の為放り投げて良いものじゃない。

「背負うというのか」

「背負う」

「なら良い。だが上の首が切られるとかは、君が関与することではない。

 君は君の責任を明確にしたまえ」

 五津府はこれ以上には興味が無いのか瞑想するかのように目を瞑る。

「では、続けさせて貰います。

午後四時、セクデスはカフェを爆破。これは店にあったプロパンガスとスマフォを利用した爆弾であることが判明している。

 だがセクデスが爆破を行う前に、果無退魔官は対象を発見するも放置していたという。

 なぜだ? 直ぐに確保すれば防げたかも知れないのだぞ」

 青山も理論的っぽく無茶を言う。

「セクデスに対抗する為狙撃隊の到着を待っていました」

「甘いんだよ。怖じ気づくからしてやられる」

 五津府は降りたがこの二人はまだまだ闘志満々だな。

「セクデスは認識領域において対象を一瞬で殺せる幻覚を使えます。数を頼りに接近戦を挑んでも犠牲者が出るだけです。

 我々凡人が対抗するには認識領域外から認識されることのない狙撃が一番有効です」

「だが現場には聖歌を歌えるジャンヌがいたはずだ。聖歌で魔を抑えつつ数で抑えられたはずだ」

「聖歌は確かに魔を抑えますが、直ぐに魔を消滅するようなものではないのです。その方法をとった場合、セクデスは確実にオープンテラスにいた客を人質に取ると予想されます。もっとも爆破の準備が整っていたようなので、そんなまどろっこしいことをせずに直ぐにカフェを爆破していたでしょうね。

 彼の怖いことは殺人に一切の躊躇いがなかったことです」

「先程の君の意見だが、ならなぜカフェの爆破が起きた後警官隊を突入させた。君の意見なら無駄なのだろう」

「突入命令を出したのは私ではありません。竹虎警部です」

 右側の席の一部がざわつくのを感じた。

「責任転換だぞ。現場を押さえるのもお前の仕事だろうに。それとも何か部下が命令を聞いてくれないの~とママに泣きつくのか?」

「それで済むなら。

 ですが一つ訂正をさせてください」

「なんだ~。今度は誰の所為にするんだ?」

「犠牲を防げなかったのは私の責任ですが、彼等は無駄死にではありません。彼等のおかげで体勢を立て直す時間が稼げ、彼等がセクデスのサンプルを抑えていてくれたからこそ、私はセクデスの元まで辿り着けました。

 無駄という発言だけは取り消してください」

「ふっ澄ました顔をして随分と浪花節じゃないか。

 ならその犠牲を出した上でセクデスを倒し、やっとこ引っ張り出せた廻 一。なぜ最期見逃した。貴様がへたれて命乞いをしたことは分かっているんだぞっ」

「私が死にたくなかったからです」

 俺の心からの真なる気持ちを吐き出した。

「おまえっ」

「死は何よりも暗く何よりも深い、混沌ですらない無なのです。

 相打ち狙いの特攻は美談でしょうが、私は御免被ります」

「少しは根性があるかと思えばっ。貴様、それでも公僕か」

「命が掛かった場合の緊急避難は認められているはずです。

 それに取引に成功しあの場にいた者達の命が助かるのなら、なおのこと命を賭ける意味が無い」

「廻という組織犯罪者を討ち取れたかも知れないんだぞ」

「廻はそんなに甘くないですよ。相打ち覚悟くらいじゃ届かない。そんなんだからしてやられるんですよ」

「なんだとっ。貴様なら討ち取れるというのか」

「俺は生き残った。その結果どれほどの経験を得られた想像も出来ないのか。

 断言しよう、この場の誰よりも俺が一番廻に近い。

 特攻なんて愚か者のすることだ。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度、生き残る限り果て無く迫っていける」

「もうよい」

 五津府の鶴の一声が響いた。

「五津府さん」

「最期に聞きたい。果無 迫、お前は退魔官としての責務を果たすというのだな」

「果たす。

 俺の言葉は信用できないだろうが、廻との誓いは信じろ。

 俺が日和れば廻が俺を殺しに来る」

「ならこの査問は終わりだ。今日より一等退魔官として魔を祓え」

「異議あり」

 まとまりかけた場を乱す一喝。

 その声を上げたのは紛れ込んでいた聴衆席から飛び出してきた時雨さんだった。


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